マーシャル  お仕事

 Pre9の指導要領が8th gradeのそれに決まりました。それが決まったことにより授業の組み立てはやりやすくなるはずです。

今朝のミーティングで教育省の方は『8th gradeの内容を教えて欲しい。もし8thのレベルを教えて生徒がつまずいたら、よりベーシックなレベルに下げるやり方はどうか』と提言されました。

 昨日の記事に重複しますが、私はPre9の子供たちに「8th gradeを詰め込むのは無理なのでは?」と考えていますから「えぇっ!そのやり方で進めていくときっと終わらないなぁ…。」と思ったのです。それならばいっそのこと「低い学年のベーシックな内容を1つ1つ教え終えた一年後、Pre9の生徒用試験を準備し、それに受かった子は9th or 10thへ」というのがよいのではないか、と考えていました。
 去年の子達の顔を思い浮かべ、言ってしまいたいのを我慢しました。確かに教えれば伸びるこもいっぱいいたから。指導要領がしっかりあり、教えられる先生がいれば、何割かは取り残されるかも知れない。でも多くの子が広く浅く知識を(もしかしたら)えられるかも知れない。
 「机上の空論だけれど、今はこれに乗るしかない。」と考えました。
 
 世の中には時勢というものがある。
 きっと今じゃない。
 これが今のこの国のやり方かもしれない。

だけれど、誰がこの教育省の意向を先生たちに徹底させるのか。今日あの場でいくら話し合っても、私の活動先であるMIHS(国内で一番生徒数の多い高校)の現地の先生さへきていない。かれらがPre9をもつ可能性が非常に高い。離島の先生はどうかな? 決めるのはいいけれど問題は山済み。

 だから上の2つのことを聞いてみた。そしたら教育省の方から「それは教育省の仕事だから気に掛けなくてもだいじょうぶよ…」という返事がかえってきた。



この国の数学事情に明るい39年間マーシャルで教師をしている、初代ピースコーのアリー(60歳?)の表情も、私の言葉を聴いて暗くなりました。それから一言二言…、

 「一つのことで全ての問題が解けるわけじゃないんだよ…。」

といっていました。
「教育省がレターの一枚でも出せば少しは違うんじゃない?」
「彼らはたった最後のMISATの結果だけで落ちるかあがるかきまるんだよ。」
「先生たちに”激励という名の嚇し”の一言でも教育省からあっていいんじゃない?」
「Pre9のことを話し合うのに必要だから今日先生にきてもらったんでしょ?その人たちにテキストを決めてもらって、じゃあきめたことを徹底させるにはどうしたらいいかの意見さへ彼らに求めないの?」

そこで話し合っても結果が反映されることはない、とみんな知っていたのかしら。せめては形から。

徹底されずに教育された生徒のうちの何割かは、MISATを受けて落ちていくのかしら。そして何割かは教育されてあがっていく。

アリーはきっと全部知ってて黙っていたんだろう。そのほんの一部を私が指摘した。

私はアリーを傷つけたのかもしれない。

きっとそんなことを繰り返してしまうのが今の私なんだ。


子供のころは白と黒だけだった。だけれど大人になるにつれて灰色のことの方がが多くなっていく。

だれかがそんなこと言ってた。

どうして最初からそうじゃなかったのかな。いや、きっとそこは親に感謝すべきなんだ。なんでかわからないけれどそんな気がする。

周りを傷つけて、私も傷ついて成長していくしかできないのかな。


苦しいっていうのは自分と向き合うことだから。なにがあるから苦しいとかじゃない。

最近この言葉を思い出します。ありがとうございます。

最後まで読んでくださって、ありがとう
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