ぱりっ!  お仕事

水曜の夜行バスで名古屋を出発し、明朝6時半ごろ新宿に到着しました。

ほぼ初めての夜行バス。
リクライニング・足あて・ブランケット・エア枕つきで5500円。
条件は最高? ですよね。

そのあと地下で朝ごはんを食べ、カフェで待機。
まだ全然なれない携帯検索で府中駅までの路線と所要時間をチェック。
お化粧は少しでも人の少ない府中駅ですることにし、新宿駅から早々と退散。

なれないバス移動に加え、人の往来に緊張がピークに。

わたしは緊張がピークに達すると、神経が冴えてしまうのです。
ミスをすまい、成功するのだ、との昂揚感が気持ちいい。

はい。変態です。

何とか時間通りに大学へ到着し、いざ研究室へ。

最初にお話をしてくださったのが、准教授。割りにお若く、変わり者な雰囲気が漂う方でした。

さて、どう話していったものやら。
しかし教授とは会えんのやろうか、はぁそれは残念やでここまで来て。

と安堵と疑問がぐるぐる。
そして目の前の先生。どう話していこう?

わたしのいいところ。
誰が相手でも、「大丈夫」と思えること。

それは「絶対に分かり合える」という気持ちともつながっている。

そして悪いところ。
その態度がときどき失礼にうつる。


なんでもいいよ、細かいことでも聞いてください。

といわれても、特に何も考えてこなかった。
きかなあかん質問・手に入れといたほうがいい情報っていうのははっきりしてる。
だけれどそういうことは聞きにくいことばっかり。

そして、わたしが一番重点を置いてたこと。
わたしがさせてもらう質問に、先生方がどんな考えをどんな風に返してくださるか。

専門性
社会性
人間性

専門性なんて、遠く及ばん。それはこれからお世話になっていくところ。

社会性。院を受けるというので気がかりだったのが、「わたしがすることはどうやって社会に結びついていくんだろうか」ということ。日本で働いた経験のないことは、私にとってコンプレックスになりえた。だからわたしはマーシャルでの2年間を自分のキャリアとして受け入れた。
日本での2年間と比べれば、屁の河童だろうことは予想がつく。
しかし日本で2年間働いたとしても、わたしは胃炎になって復活して悩みながら続けたやろうて。


こうやってぎらぎらして自分の自信を守ろうとするのも、もう何年のうちやと思う。
そうでありたい。

話が横道にそれたけれど、わたしが知りたかったのは「論文を書いてそれでどうなるの?社会にどう広まっていくの?」という疑問へのヒントを先生が持っている人なのかそうではないのということ。
具体的にいえば、NGOやNPOまたは農業従事者団体との交友など外への矢印が出されているか。
それについては、クリアやとおもう。研究室自体が放任の体制をとりつつも、指導はマメに入れてくれるらしい。捕まえないと、話ができないほど先生たちは忙しいらしいけれど。

人脈は、自分で研究を進めていくうちにできていく。そうやって見えてくるもの、できてくるネットワークがある。マーシャルでのときと一緒や。なんも変わらん。それに加えて、先生が行かれる調査についていったらいい。そのうちに広がっていく


人間性。わたしと会ってくださった日は、学部のオープンキャンパスで朝からばたばたした日やった。
アポ取りのメールも毎回きちんと返してくださった。
ご自分が時間に遅れるというので、准教授の先生に時間を作って待っていてくださった。
一人の外部(農工大学部生ではない)からの受験生のために、教授・准教授・Dr卒業の女性で対応してくださった。
迷っていた「何をテーマに院にのぞむか」についてみえみえのヒントを下さった。


ぼさっとしとったらいかん。
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