2008/3/27

春の中からのメール!  ほのぼの日記

     ☆先ほど遠くの大切な友達から
      こんな素敵なメールが届きました。

      毎日、忙しくしている私に読ませたいと

      谷川俊太郎の詩『生きる』と
      長谷川宏の文章『生かされてあること』が
      書かれていました。

      彼は一文字一文字打ちながら
      私に「頑張れ、頑張れ」と囁いてくれたのでしょう。

      いつもバタバタとしかメールしない私に
      この温かい想いに
      少し目頭を熱くしてしまいました。

        「ありがとう、頑張るからね。」    

     ☆『生きる』
    生かす
    六月の百合の花が私を生かす
    死んだ魚が生かす
    雨に濡れた仔犬が
    その日の夕焼が私を生かす
    生かす
    忘れられぬ記憶が生かす 死神が私を生かす
    生かす
    ふとふりむいた一つの顔が私を生かす
    愛は盲目の蛇
    ねじれた臍の緒
    赤錆びた鎖
    仔犬の腕
         (谷川俊太郎)

       ☆『生かされてあること』
   生きていることと生かされてあること。
   二つの感覚がいつも同居しているのが人生だ。

   一人では生きられない、人間は社会的動物だ、
   といったことばが、そこから出てくる。

   外の世界にむかって、あるいは自分自身にむかって、
   積極的に力をおよぼそうとするとき、
   人は「生きていること」を実感する。

   反対に、外からの力が自分におよび、
   それが自分をゆたかにしてくれると納得できるとき、
   「生かされてある」と実感する。

   歳をとることは、「生きている」という実感が少しずつ
   「生かされてある」という実感にとって
   かわられることかもしれない。

   人といっしょに、物といっしょに生きていること。

   そのことが自然に受けいれられるようであれば、
   いい歳のとりかたをしているのだ。
   ・・・
   とすると、「生かされてある」を本当に信じられる人は、
   やはりしあわせな人といってよい。

   物が、人びとが、世界が
   自分とともにあることを信じられるのだから。

   自分が物や人びとや世界とともに
   あることを信じられるのだから。
                     (長谷川 宏)
      ☆<埼玉の空>
       クリックすると元のサイズで表示します

      ☆<今朝はオレンジ色>
       クリックすると元のサイズで表示します

      ☆<クロッカス>
       クリックすると元のサイズで表示します

       クリックすると元のサイズで表示します

      ☆<昨日の山桜>
    クリックすると元のサイズで表示します
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ