2006/1/17
吐く息も真っ白な 一月の夜明け前に
自然の怒りとも 捉えられる声が
1995年1月17日 阪神大震災発生。
神戸の街も今では震災前の人口水準に戻り
街並も震災の傷跡が癒えた様に様変わりしたケド
ぎょうさんのヒトが亡くなったっちゅうコトや
ぎょうさんの建物が潰れたっちゅう事実を
決して忘れたらアカン!
偶然にも今日、耐震強度偽装問題で
某氏の証人喚問が国会で行なわれた。
家を買う。
それは人生でも、そうそうないビッグイベントである。
「やっとここまでこれた。」
「さぁ、これからがんばるぞ!」
っちゅういろんな"思い""決意"を籠めて辿り着いたと思う。
そんなキモチをアザ笑う様に詐欺まがいの商売をして
バレたら、うやむやなコトを言うて逃げたり
最初は詭弁かましてカッコ付けたのに、なんともカッコ悪い。
阪神大震災だけやない。
新潟の地震や、インド洋の大津波とか
天災っちゅうモンが、人間が測り知れん
"自然の脅威"っちゅうモンをまざまざと見せつけられてるのに
売り手はコスト優先の商売をしたり
買い手は上っ面だけ見て、値段で買いモンしたりする。
もういっぺん、"あの日"を思い出さんとならん。
もちろんワシも含めてね。
それと、あの時の助け合いの精神。
"分かち合うコト"
ワシも出来るんかなぁ。
水瓶の中に欲しいだけの 水が満ち溢れていれば
奪い合うコトも無いだろう 分かち合うココロが無くとも
だけど 友よそれで それで自由になれたかい
水瓶の中の少しばかりの水を 分かち合って生きよう!
河島英五"水瓶の唄"

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投稿者: GAMMY-SOSA
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