2006/1/20
1月20日 親父の命日である。
この13年間、我がなりに我武者羅に生きて来たつもりではあるケド
実際には、なかなか胸を張れる生き方が出来ん。
ワシは今36歳。親父は36歳の時に独立して商売を始めてる。
「ひとつでも取り柄になる様なコトをやりたい!」
そない思て来たケド… なかなかねぇ。
36歳で小学校6年と3年の子供が居った、親父と
36歳で独身、実家在住のワシ。
これは"負け"を歴然としたモンである。
それドコロか、あるコトを考えたら
ものごっつう情けなくなった。
考えてみたら、今までに付き合ったコに"親父さん"を
ちゃんと紹介されたコトがあんまり無い。
いっぺんだけ、家に送って行った時に
断って帰ろうとするワシに、メシを食べて行く様にせがまれて
ご一緒させて貰たコトはあった。
そこで、当時の仕事(個人経営の事務用品店の"従業員")について
キビシイ意見を言われコトがあった。
そんなコトもあって、どっちかっちゅうたら
相手の家族に会うコトを嫌ってたっちゅうのもあった。
せやけども、我がが付き合ってる男である
胸を張って紹介するコトも出来んっちゅうコトは
そんだけのヤツやったっちゅうコトである。
ホンマに情けない。
親父の若い頃っちゅうのは、いろんなヒトの証言では
そうとうムチャクチャやったらしい。
おかんが言うには"マンガになる"っちゅうコトらしい。
悪例1
タクシーでミナミから鶴橋に帰る時に
3〜4人でタクシーに乗車、下車時に手動でドアを開けて
散らばってそのまま逃走したまま解散。
(当時のタクシーは手動ドアやったそうな。)
悪例2
無免許で乗用車に定員オーバーで乗車し
踏み切りに突っ込み、チンチン電車に激突。
(幸いなコトにケガ人は無かったらしい。)
悪例3
酒屋の配送のクルマから
一升瓶(もちろん中は入ってマス)を拝借し
それを屋台の呑み屋に持ち込んで半値で売却。
(もう時効でしょう…苦笑)
そんなコトをしてたヤツでも所帯を持てたのである。
世の中不思議なモンである。
ワシから見て親父に対して
スゴいっちゅうか、感謝っちゅうか表現しにくいケド
思うコトがある。
親父は"親父"っちゅうヒトのカオを知らん。
生まれた頃には戦争に行ってて
ものゴコロついた頃には、戦死して居らんかったそうである。
そんな親父が手探りしながらも"親父"であり続けたコト。
ワシに万にひとつでも"親父"になれる可能性があった時に
ワシはちゃんと"親父"になれるんやろうか?

0
投稿者: GAMMY-SOSA
詳細ページ -
コメント(2) |
トラックバック(0)
1 | 《前のページ | 次のページ》