雨の夜の焚き火  林とこころ

北海道のわが雑木林に、九州から古い山仲間がやってきて小屋に泊まった。九州にはない、やさしい林の広がりを、彼はこころから楽しんでくれた。

でももっとも喜んだのは、どうやら存分な焚き火だったろう。それも雨の中で。これを可能にしたのは増築したベランダの屋根だった。

焚き火の前で、人は寡黙なる。いや、言葉すくなというより、あわててものを語らないというべきか。相手が語り終わるのをゆっくり耳で確かめてから、その話題を引き取る。まるで魂で語るように、本当の自分と日常の自分が重なる。

「焚き火は落ち着く」。彼はそう書き残して小屋を去った。クリックすると元のサイズで表示します

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蚊が来襲するきのこ取りで思ったこと  林とこころ

ようやく北海道にナラタケ(ボリボリと呼んでいます)が出始めました。まだハシリだけど、朝晩の温度が低くなってきたのでこれから期待できるかもしれない。と、土曜日、手入れしている雑木林でいくつかのボリボリをみつけ、お味噌汁用にいただきました。家内も娘も絶賛。ああ、よかった。

それにしても、いやあ、ものすごい蚊。午後から林を見に来られたお客さん20人ほどもゆっくりお話をするのももどかしいくらい蚊がやってきて、わたしの顔、手、指、首はボコボコ。小雨がぱらついたせいでしょうか。面白いことに、フットパスを歩いて戻って数人が輪を作って雑談をする、その中心部にどっと押し寄せる蚊たち。明らかに二酸化炭素によってきていると思われます。そういえば、ボリボリ取りは蚊との戦いであった思い出は意外と多かった。そして蚊の多いときほど収穫も多かった‥。汗どろどろの服と蚊と、石突をとるなどキノコを食べる前の後始末。旬のものを頂くには、それなりの前さばきが要ります。それは、自然とともに暮らすための通行手形のようなものかな。

「都会派、自然派」、そんな分け方はもう一般的ではないけれど、あんまり自然派のネタと言うのは出てこないなと思いつつ、なぜかな、と考えてみる。まず日本人の7割ほどはもう都市に住んでいるのであり、都市と言うのも自然の中にあるわけではないのは自明。むしろ、林を切り刻んで拡大しているから、都市の縁の山沿いにだけ辛うじて広い緑が始まる訳で、そこはマチの核から何10kmも離れている。そうなると、身近なきのこ取りなどは、自然度の高い、せいぜい中小都市あたりがいいところかな。そうでないと、人の方が多くて収穫はおぼつかないし、第一、現場が著しく遠くなり土地勘もなし、したがってやっぱり取れない。面白くない。

でも都会はネタが豊富。人生の悩みまでなぜか都会風味に味がついており、今風だ。魅力的な色、味、ファッション、音、アート、そして人。それらの魅力の一部と週末のあぜの草刈り、林の手入れなどが渾然と入り混じるような生活はないものか。軸足は自然系においたままなら、あわただしい日々もクリエイティブに頑張れる気がする。このイメージはもう古い懐かしいものだけど、やっぱりこの辺に戻ってくる。

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