ヒグマはコナラのドングリを食べないのか  林とこころ

先週、小屋の北側300mの林道に、大きなヒグマのフンを見つけました。頭の中で「居る」と認識することと、間違いなく居る、この空間をかなり接近して共有している、と思うのは、鼻歌と覚悟という言葉で表せるほど異質なんですよね。フンの中身はかぼちゃの種とかとうもろこしが数粒みえたけど、ほとんどは何かの茎のようなカス。どうやらダイズではないかと踏んだ。

この結果にひとり随分とがっかりした。思うに、ヒグマは今年豊作にみえる苫東のコナラを一体どう考えているのか。山で凶作だというミズナラの代替として小さいとはいえ豊作のコナラをどうして食べていないのか。これが不思議、そこを知りたい!
*このことのコラム http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/aigo4-33.htm


(写真はヒグマのフンを見つけた小屋のそばの林道。紅葉はなかば)
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植物園を歩く  青年寄宿舎

閉鎖した青年寄宿舎の記念はがきを作るため、北大植物園(札幌)に写真撮影に行ってきました。北5条の道路をはさんで寄宿舎の南隣にあたる植物園は、学生の時よく出かけた公園だけど、今回はあれから恐らく30年ぶりではないか。昨年の夏の台風で、大被害を受けてしまったけれど、みんなに親しみ視線を浴びてきた大木と園路のバランスが実に美しいと再発見した。人々に愛でられた木々はいい表情をしている。

 この園路と言うかフットパスは、青年寄宿舎を作った宮部金吾先生が1900年ころに植物園を作る際、まず学生を歩かせ、人間工学的に動線を調べて設計したものだといいます。街中のオアシスとはこれです。

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マッサージのごほうびをあげる  身体

昨夜、10分700円の札幌は北大正門前のマッサージ屋さんへ。

マッサージはおそらく、15年ぶり。腰の重さを、矯正では
なく、刹那的にでも楽にしたくて。

でもこの踏み込みはためらうのです。まだまだ我慢できるのではないか、贅沢すぎるのではないか‥。

とりあえず20分。そして、「ああ、マッサージとは体へのごほうびなんだ」と得心。こういうことをしてあげてもいいのだ!とひそかに確信しまして、さらにもう10分の追加‥。

マッサージを担当してくれた若い女性は、腰の重さを治すなら、このリラクゼーション(つまりマッサージ)ではなく、カイロプラクティック(ここでやっている)でないと無理ですよ、とやんわりと言う。

でも、わたしはいいの。治す、ということでなくて体との付き合いを確かめるわけで、時々、重たいところと対話すれば満足。ときどき、このマッサージ屋さんで、ごほうびをあげたい。
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股関節が柔らかくなる  身体

大切な関心事でありましたわが股関節の硬さとその後。

(ちなみに、過日の雑誌「安心」の見出しに、股関節は万病を治す急所だと書いてあったようです。なるほど、さもありなん)

これが随分緩和されたのです。日常的に体をねじったり、
股割をしたりももちろんですが、朝のヨガのストレッチに
「前後の股割り」を入れたのが大きいのではないかと
思います。

人間の感覚と言うのは、感じ取る「気持ち」や「まなざし」が
ないとどんな美しい風景も言葉も、ストンと心にはいってきません。

肩こりとか、腰や背中の凝りも、それに近いのではないでしょうか?

その証拠に、わたしは前屈する時に、通常は痛くない箇所が、チャンネルをちょっと変えるとものすごい痛気持ちよい感覚が走ります。これが自分でコントロールできるんです。

肩甲骨の内側の凝り、腰周りも然り。この痛みにいちいち気づくことはいいような悪いようなものではあります。常に感じていたら辛いし、気づかないと悪化するし。気づいたらそのつど、癒せということでしょうか?

こんなこと、他の人には関係ないかっ。

でも、体は本当に不思議です。50前後から体はいたわりの対象であり、自ずと養生の意味に気づいていくもののようです。
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