わたしの股関節はパソコンに支配されている!  身体

股関節にはちょっとこだわりたいんですよね。体の中のパズルのような不思議感覚が股関節にこだわらせてきました。
わが、ぎこちない股関節感覚。脂切れのような不快感。どこからくるのか、ときたまの足のしびれ。

新たなカイロ(エジプトにあらず)の先生は簡単に言ってのけました。「要するにこの形で固まってるんですよね」。形とは胴体と太もも90度のこと。

なあんだ!と思いました。通勤のほぼ4時間、デスクワークの10時間がだいたいこの格好でいるからだ、と言われてしまえば思い当たることだらけ。わたしは花の苗作りに1時間あまり熱中しただけでも必ず翌日から激しい腰痛に悩まされたから。

そうかあ、このポーズか。実はこの姿勢から逃げるためにはトイレぐらいしかないのも事実。本当は時々たったりして腰をくるくる回したりして書類を見たりしたい(笑)

股関節の違和感←固まっているから→アタマの偏重→仕事をフットワークに分散? 

でも恐らく、固まった姿勢を要求するパソコンが最も悪いのだ。あれは寝そべってはできないもんなあ。

股関節はパソコン(と仕事)に厳しく支配されている!これが人体実験の結論だ。で、要するにこれからは、「逆えび」的なストレッチを組み入れ、「姿勢を(落ち着きなく)変え」、そしてあんまり「根詰めて座り仕事をしない!」 

これってあんまり集中するな、仕事するな、と言うことにかなり近い。はっきり言って。絶句。そうかあ。…
0

塩の底力  身体

昨日の山仕事では、朝からの雨で夕方からはみぞれになってしまいました。林に遠来のお客様が見えたので、外で焚き火をしていたのですが雨でベランダに逃げやがて薪ストーブの前に移動しました。ひとの子です。チョッと寒かったあ〜。

で、夜中の1時過ぎ。鼻の中の粘膜あたりがヒリヒリと痛んで目がさめ、ああ、鼻かぜを引いたと思いました。鼻から喉、そして気管支へ患部が移るのがわたしの風邪のパターン。ここで「よし」、と布団を抜け出たのが偉かった。日本海の黒松内で作られら天然塩「海のしっぽ」ひとつまみを30ccほどのぬるま湯に溶かし、片方の鼻へ流し込む。器具はないので、プラスチックのフィルムケースを使用。ムガーと鼻の粘膜は気持ちのいい痛みが走る。そして反対側も。患部に塩水が満遍なく染み渡ったところで、塩水でぬれた鼻の下の部分を拭いて何事もないように寝床に着いた。そして朝、治っていました。

「塩さえあれば薬は要らない」。古老が言っていた話をわたしはここぞという時に良く実践します。冬に始まる乾燥のための皮膚炎もこの「海のしっぽ」を使ったらおさまりました。かつてはウルシかぶれも他の天然塩で十分でした。非科学的な典型のように見られるフシもあるので大声では言いませんが、これはやって損はしません。しかも国民医療費の削減にも寄与します(笑))。

塩は、まっこと、偉大なものです。

写真は葉っぱの落ちた晩秋の雑木林。もうすぐ銀世界。風邪、用心。
クリックすると元のサイズで表示します
0

木を伐る仕事は祈りを欠かせない  林とこころ

いよいよ昨日から、チェンソーを使った冬の山仕事に入った。昨日はその足慣らしだからいつもの年と同じように現場近くのつたもり山林の山ノ神に寄ってお参りをした。気持ちのいい朝だ。

林と光線の具合はいつも神秘的な顔を見せるつたもり山林。時刻によってどんな風景を見せるか、長い付き合いからあらかた読めているわたしだが、小さな感動がいつもある。そこの素朴で小さな社はこの辺の森の守り神であり、この社で、どうしたわけか、とっても長い、素直な集中した祈りを捧げた。木を伐る仕事は祈りが欠かせない。

祈りの中身は、もちろん、これから始まる作業の安全祈願がその出だしだが、そのほか、すらすらと数々の望みの成就を祈るのだった。ちょっと便乗っぽいが、お許しを頂いていると思っている。

作業は順調に進み、体には元気がみなぎった。感性もしなやかになったのか、帰途、カーラジオのメロディーにおもわず涙腺がゆるんだ。それは中島みゆきの「時代」を若い男性歌手が歌ったものだった。
クリックすると元のサイズで表示します
0

開脚前屈の効果  身体

残尿感が強い。夜中に起きざるを得ない。老化である。
開脚前屈が泌尿器関係とか前立腺関係に効果があるといっていたのは、
吉本ばななの父である。

毎朝、開脚前屈をしている間に、おへそは優に床につくが、慢心していたら股関節が硬いと言われた。股関節も複雑なのだ。だから1,2ヶ月前から前後開脚も始めた。

残尿管の緩和に、2日前から、開脚前屈を念入りに5分ほどやっている。おへそをつけるのではなく、180度近く開脚したまま、前方に約45度傾斜した姿勢。実はこれが一番痛く、かつ、テレビを見ることもできるし長く出来る。

で、その効果は??  ありありであった。
0

青年寄宿舎、107年の幕閉じる  青年寄宿舎

昭和40年代の後半の学生のころ、4年間おせわになった、北大青年寄宿舎の閉舎記念式典が行なわれ、いよいよ、思い出の世界だけになっった。式典が行なわれた11月3日は、正午からメモリアルの除幕式が行なわれ(写真)、世代を超えて閉舎の記念をひとつの歴史の終わりとして静かに受け入れた。

折りしも、小雨が降りだして、来賓の広重前総長は涙雨だと表現した。時代の変遷、揺れ動く青春の日々、そして歴史と善意に育ててもらった事への感謝‥。消えていくものをイメージするのは人の死に似て切ない。

ホテルの式典は北大交響楽団の弦楽四重奏団に拍手を送りたい。入場時のディベロプメントは予想通りの出来だったし、都ぞ弥生は出だしで鳥肌がたった。知床旅情は編曲がとても繊細で涙が出そうだった。会場はものすごくうるさく、久々の歓談に盛り上がってしまったのを司会として抑えられなかったのが悔やまれるが、わたしはじっと演奏に聞き入り見守った。団員のNさんはじめ学生・院生のみなさん、とても良い演奏でした。合掌。
クリックすると元のサイズで表示します
0

最近のキーワードは「出会い」  林とこころ

先日54歳になったのを機会に最近の変化をふりかえってみた。ある方から、54歳が人生2万日に当たることを聞いたのが大きい理由。そう考えてみると、107年の歴史を持つ大学時代にお世話になった寄宿舎が閉じ、その記念式典でかつて寝食を共にした学友とほぼ30年ぶりに出会った。

 また、同じく学生の時の山のクラブが50周年を迎え、これもほぼ30年ぶりに何人かの岳友と再会した。どうも人との出会いに変化があるのだ。

 芋づる式にいろいろな人と知り合いになる。また、管理する雑木林に、色々な方の訪問を受ける。ホームページをみて精神的なお話をされる方、拙著をみてわたしの林とのかかわりに興味をもたれる方などからメールなどで便りもいただく。結局、お会いすることが多く、お会いしたことがまた、とてもラッキーに思える。本来、引っ込み思案と人見知りで引きこもりたいわたしとしては、随分な変化だと思うのだが、恐らくは出会いの数々が得がたい幸運なものだったことが、わたしをさらに出会いに対する「しり込み」を少なくし気を楽にしているらしい。

 ちょうど全てがつながり始める、という感じである。これはここ数年、ひょっとして50歳をこえてからずっとこうである。50歳を越えてから人生がとても楽になった。なんとも奇妙な幸福感ともいえる。これは林との付き合いの深まりの中で、引きこもりがちなわたしが他人を容易に受け入れられるようになったから、と言い換えることが出来るかもしれない。かように林との付き合いは示唆に富み、そして心身に対する洞察を促す。では、さらにその原因はなにか。

これはきっと、自分を受け入れるようになったから、といえるかもしれない。否定し続けてきた自分のあり様に対して、それでいい、懸命に生きている今のままでいいのだよ、という肯定のメッセージがどこからともなく生まれて、沁みこんで来る。それを素直に受け入れられるようになってきたからだ。自分をうけ入れるということの意味はとてつもなく大きい。

 なにが変わったのか。結局、自分が成長し変わったとしか言いようがない。人はいつまでも学び生長することができる。肉体については衰えとかげりを日々感じるにしても、こころの方は画期的に成長することができる。加齢による知恵の獲得、そして獲得の喜び。これは生きる意味に近い。

昨日の紅葉。これで雑木林は冬を迎える 
クリックすると元のサイズで表示します
0




AutoPage最新お知らせ