新緑のシャワー  林とこころ

少なくとも北海道では、生物暦は少し遅れ気味で進行中。
コナラの新緑は昨日あたりから本番になり、シラカバの
多い林などは一歩先を行っています。

そんな新緑をただただいっぱい見ることで、自分の生命という
のか、心というのかを、ジャブジャブ洗っているよう
な感じもしますね。心地よいシャワーを浴びている状態とも
すごく似ています。じゃぶじゃぶ、サワサワ、そよそよ。

一方で季節的に心が揺れる時期といいますけれど、早春の緑は
セラピストでありながら、時に劇薬でもある、ということ
でしょうか。

注)この季節感は北緯41〜42度あたりをベースにして
  います m(__)m

クリックすると元のサイズで表示します
0

薪割りの魅力  林とこころ

この冬に間伐した雑木林の丸太を小屋の前に小山ひとつ集め、週末の作業として薪割りを始めました。なんとなく、「薪はたっぷりある」余裕を
いつも感じていたいようです。

林になどまったく興味を示さない息子が、唯一、関心を示したのがこの
薪割り。ほかにも、嬉々としてやる人は少なくありません。
かくいうわたしも、実は、始めると止まらなくなります。

さて、その理由は
@どんどん片づいていく達成感
A単純な繰り返し
B出来不出来がある(コツがいる)
Cうまく割れたときに快感が走る
Dエネルギーを循環し地球にいいことをしている感覚

などかな、と思います。

また、割りながら、世の中の役に立つわけでもないこんなささやかな
仕事に、どうしてかくも充実感があるのか、と不思議です。きっと、
難しい、生きる意味など、まやかしなのかもしれない、という恐ろしい
予感さえ持たせます。

そして、たき火やストーブで味わう炎。これにもファンが一杯います。
もしかしたらこちらの方が数倍いるかも。ということになると、
これは物理的な裁断(薪割り)とか、エネルギーの一種、という
見える世界の話のうらに、別のシナリオというか必然が隠れているのだろうか…。
クリックすると元のサイズで表示します
0




AutoPage最新お知らせ