自然への感性  林とこころ

うっすらと雪化粧した雑木林で、今年2日目の山仕事をしました。

昼、打ち合わせどおり若い女性のお客さんが別々に見えて、笹道フット
パスを案内してから、薪ストーブを囲みました。

驚きました。疲れたときは林などに行く術をご存知でした。子供の時から
親に、林や川によくつれて行ってもらったらしい。

前々から、大人が子供にして上げられることの大事なひとつは、自然に
接する入り口を上手に見せてあげること。この方の家族は、そこを
うまく進んでこられた様子。

薪ストーブのまえで炎を見ながら語らいが進んで、気づくともう、わたしの好きな斜め光線。

おひとりが、窓越しの林に目をやり、そっと「あら、素敵な光!」。
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男の料理  家族

最近、わたしの料理に対する家族の評価が厳しい。

かつてのような感動がない
どこか手が抜いてる
パターン化してきた
味がピリッとしない
量だけが多い

ははあ。自分もほとんど同じこと、考えてた。

で、結論はハッキリしてきました。
料理にしっかり時間を割くこと。いつも、休日の夕刻はイライラ
していました。週一回の銭湯とダブルから…。(笑)

で、覚悟をきめ、今日は贅沢ではないが、思いを込めた料理を
進呈した。途端、

息子 「チャレンジブル!!」 
そして仕事から帰った家内は「○○みたい!」

この、気持ちひとつの切り替え。人生は変わり得る、と
思わせるに十分!でした。

料理は鏡でした。合掌。
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遠友山荘  林とこころ

小春日和の昨日、今年の林の手入れを開始しました。
パートナーである長老と林を見て回り段取りをして
午後からはひとりでフットパスの周辺で小手調べ。
それだけで今日は肩の筋肉痛です。イタタタ。

それにだるい。そして猛烈な二日酔いです。

東京などから学生時代の寄宿舎仲間が小屋を来訪したのです。青年寄宿舎の
関係者は初来訪です。ふたりは大好物の、ドイツとベルギーのビールをたっぷり持参でした。感謝。

その交友を事前にキャッチした熊本出身のドキュメンタリー映画作家の卵の学生さんふたりも合流。ふたりは青年寄宿舎の現状や、OBの交友風景を映像化したいというので、週の初めから札幌にきており色々取材していたところでした。

で、小屋は零度まで冷えたのに、夕方から静かに焚き火の前で
盛り上がりました。総勢5人の頭上は、満天の星でした。

ちなみに今回のシェフは海の人でしたから、まず、カニから。秋刀魚、イカ、ほっき、ホタテ、ししゃも、と進んで最後、ちょっとだけお肉。さすが徹底してました。

林の手入れ初日、体はくたくただけど、心身に気持ちよい余韻があります。

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閉じて一年  青年寄宿舎

100年以上続いてきた、北海道大学の青年寄宿舎が閉鎖されて丸一年。

先日、OBが集う閉舎後初めての親睦会が行なわれました。
参集した人々は、いずれも低額で規律と節度のある寄宿舎生活に、感謝している方々ばかりですが、集団で生活をともにすることによって、自由と義務のようなことを自然と体得し、自ずとコミュニケーションの能力が問われ培われた、と回顧します。

青年寄宿舎の定員は24人でした。順調に大学院や就職をしていった方々のわきで、南米移住を志す先輩、思索や哲学に身を捧げつつ、アルバイトを続ける苦学生、バイトはしないけど部屋にこもり続けた人、実に様々なキャラクターが、ざわざわ生きる寄宿舎。
ちなみわたしも仕送りを家からもらわない苦学生でした。

全国の古い寮というのはきっと大なり小なり似たような人間模様で推移してきたはずですが、恐らく共通していたのは、さまざまなキャラと付き合うこと、それによってたくまず「たくましさ」が創られることではないか、と思います。

人と付き合って、もまれ人に感動する(あるいは別れる)、人と付き合って愛し愛される、などなど。ここはやはり挑戦的でありたい…。

寮生活が、若い人にもう再現されないかもしれないけれど、これはコミュニティの
ひとつの訓練だ、とわたしは思っています。人と付き合って、「傷ついてもいいじゃないか、若いときの会話の傷は肥やしだ、そんなことにおびえる必要は全くない、もっと堂々と人と付き合い、自分をさらけ出し議論すればいい」…。

もしかすると、そういう集団の生活が再現される時代がまた来て欲しい、と考えるものです。そのためには、いろいろな価値を認める目線が人(と社会)に必要でしょう。

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