閉じて一年  青年寄宿舎

100年以上続いてきた、北海道大学の青年寄宿舎が閉鎖されて丸一年。

先日、OBが集う閉舎後初めての親睦会が行なわれました。
参集した人々は、いずれも低額で規律と節度のある寄宿舎生活に、感謝している方々ばかりですが、集団で生活をともにすることによって、自由と義務のようなことを自然と体得し、自ずとコミュニケーションの能力が問われ培われた、と回顧します。

青年寄宿舎の定員は24人でした。順調に大学院や就職をしていった方々のわきで、南米移住を志す先輩、思索や哲学に身を捧げつつ、アルバイトを続ける苦学生、バイトはしないけど部屋にこもり続けた人、実に様々なキャラクターが、ざわざわ生きる寄宿舎。
ちなみわたしも仕送りを家からもらわない苦学生でした。

全国の古い寮というのはきっと大なり小なり似たような人間模様で推移してきたはずですが、恐らく共通していたのは、さまざまなキャラと付き合うこと、それによってたくまず「たくましさ」が創られることではないか、と思います。

人と付き合って、もまれ人に感動する(あるいは別れる)、人と付き合って愛し愛される、などなど。ここはやはり挑戦的でありたい…。

寮生活が、若い人にもう再現されないかもしれないけれど、これはコミュニティの
ひとつの訓練だ、とわたしは思っています。人と付き合って、「傷ついてもいいじゃないか、若いときの会話の傷は肥やしだ、そんなことにおびえる必要は全くない、もっと堂々と人と付き合い、自分をさらけ出し議論すればいい」…。

もしかすると、そういう集団の生活が再現される時代がまた来て欲しい、と考えるものです。そのためには、いろいろな価値を認める目線が人(と社会)に必要でしょう。

クリックすると元のサイズで表示します
0




AutoPage最新お知らせ