コミュニティ願望  コミュニティ

きのうの夕方、洗濯物を取り入れようとしていたら、

「おじさ〜ん、こんにちはあ、○○で〜す」
ととても若い娘さんが、レンギョウの藪のすきまから声をかけています。

「おお、○○ちゃん、よくおじさんに声をかけてくれたねえ、
 ありがとう。今、何年生になったの?」
「中学1年です」
「ほお、おじさんは顔がちょっとわからなかった…。お父さんは
どうしてる?」
「今日は仕事にいってます」


なんのことはない会話なのに、中一の子がわたしに声をかけてくれた
そのことに喜びをじーんと感じるのです。自分からわたしに声を
かけてくれたのは、きっと初めてでしょう。「ほんとにありがとう」。

丁度昨日は例大祭の日で、こども御輿が町内を回っていました。
おじさんたちは、このこども御輿にもとても弱い…。なんでだろう、と
考えると、この御輿にはコミュニティの善意が凝縮していると
感じるからでなんでしょうね、きっと。(^J^)

それに、助け合うコミュニティを理想に思い描きつつ渇望もして
いるはず。

夕方はビアガーデンとカラオケ大会でした。変わった発音の歌だなあ、
とステージをみると、ギャ、アフリカン風の巨体の女性が、小さな声で
歌っていました。不思議な土地感覚でした(^_^;) オレハドコニキタ?クリックすると元のサイズで表示します
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青年寄宿舎のホームページ  青年寄宿舎

今日は天候が不安定だ、と踏んで、懸案になっていた
ホームページ作りを朝から一気にフィニッシュしました。
18年に閉じた北大青年寄宿舎の日誌データベースのHPです。

50台から80台までのOB15人程度ですすめた作業は恐らく
原稿用紙で3000枚を越えたあたりか。

壮大な骨折り、無駄骨をいとわず、2年で良くここまで来ました。
ふーっ。

手書きの難解な日誌を書き写すわけですが、仲間内では写経に近い、
と評判も聞かれました。わたしはもうやりたくない(-_-;)

トップに書きましたように、明治、大正、昭和の始めの学生の
息使いが伝わります。食料調達とレクでしょうか、ウサギ狩り
が何回も出てきますし、おみやげに生きた鶏なども頂戴します。

時の合言葉、control your appetites & passions
はこのごろはボーイズ…より身近に感じるようになりました。

ご覧あれかし。記念誌のグラビアから入られるといいかも。

http://seinen-kishukusha.com/
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樹木の育つ風景  土地の魂

かつて25年間お世話になった職場に顔をだしました。

そこではたった一人のガーデナーとしての設計などもしていました
ので、公園や沿道の並木や、社屋の周りなどの樹木のデザインと
育成は懐かしい思い入ればかり。霧や火山灰で木が育ちにくい
ところなので小さく植えて大きく育てる工夫が要るのでした。

苗木や潅木状態からぐんぐん育っていく様は、圧巻で、これは
草花にもちろん感じますが、長時間樹木に関わる人にだけもらえる
特別な視線かもしれません。

「おれはこの地に根づいたからね」

10年ほど前から樹木たちはそんなメッセージを出しています。
そんな、ひとつひとつの育ちぶりに感嘆しながら
こちらからもしばしあいさつをします。顔がみえるからです。 クリックすると元のサイズで表示します
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山椒の丘  林とこころ

今日は、地元の博物館大学講座の講師を頼まれており、
勇払原野の風土の話などをすることにしています。

それでどうしても、現在の身近なの緑の画像をパワーポイントに
挿入すべく、年末に手入れをした裏山にでかけました。大鎌と
デジカメをもってです。

驚きました。私設「希望が丘展望台」の背後で、年末、とげとげの木が
わたしの背中に触れていたもの、それは巨大なサンショウだった
のです。

葉っぱを一枚とってパンとたたくと芳香、実を歯で割ってみると
ツユが口中に。枝張りは8mほどあるでしょう。この丘の主です。

帰途、見回すと、この林はサンショウの山。20本ほど数えてやめました。
サンショウの群落に出会ったのです。ほんとうに驚きです。わずかな
エリアでこんなに多くのサンショウにあうことなんて滅多にありません。

これは丘と展望台の名前を代えねば。
名づけてきょうからは「山椒の丘展望台」です。

デモ、蚊ニヤラレタ (-_-;) クリックすると元のサイズで表示します
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