子供のころクスノキが相談相手だった  林とこころ

14日のバレンタインデーに郷里山形で若い人の婚礼があって帰省しました。90歳を超え歩くのも聞くのもままならなくなった、大分痛々しい母が年末からようやく施設に入ることになり、その激励と様子伺いもありました。老いた兄弟たちなどと飲みながら、この歳だから初めて聞く貧しく暗い頃の家の事情とかは、50年あまりの人生の無意識部分に光をあて酸素を送り込むような面がありました。

三日目の帰る朝、裏の畑から分家との境にある薬師さまに顔を出してみました。玄関からの直線距離などわずかなのですが、小屋をぐるりと回っていくちょっとした別世界です。植え込みや盆栽があるのが前庭だとすると、こちらは少しばかりおどろおどろしい裏庭。

薬師さまの石組みの脇にはクスノキがあり、わたしの幼少の頃、このクスノキは自分の癒やしの樹木だっったと回想しました。祖父母がおらず親には怒られるばかりでほったらかしにされた当時、どこかいつか物悲しい自分を慰めてくれるのがこのクスノキの役割だったようです。石組みからクスノキに乗り移ることができ、クスノキは小さなツリーハウスならぬツリーベンチのようでした。

老いて人生の後半、50台半ばにさしかかって、ようやく見えてくる幼児期に刷り込まれた潜在的な郷土感覚、ふるさと意識。クスノキは氏神様の住む里山的な象徴で、アイデンテティの中心部分がどうもこのあたりだと知りました。畑の土をみているとそれはやはり土地の神様である「産土(うぶすな)」のにおいがします。これらの神々に守られてわたしの北海道ライフはあるのだなあ、と今回の帰省は妙に懐古的な時間に仕立てあがりました。クリックすると元のサイズで表示します
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タクティールケアで親孝行  身体

昨夜はNPOの会議のあと、同席した医師とビールを飲みながら歓談。
森林と医療のことを語っている間に、今、スウェーデンに北海道の
医療関係者が「タクティールケア」を学びに行っているのだといいます。

手かざしとも指圧とも違い、軽くなでるだけ。皮膚の接触受容体を
刺激するのだそうで、認知症の方、あるいは幼児にも、つまり
だれでも効果がある療法のようです。

以下、HP http://jscijp-hp.hp1.allin1.jp/1190960930044/
から特に注目した部分を。

【活用例】
 * スウェーデンの保育所では、午睡前にタクティールケアを取り入れることで子供たちの間の信頼に満ちた環境を創り、それ以外にお互いを尊重することを目的としています。
 * スウェーデンの多くのデイケア、ナーシングホーム、グループホームで、ケアの一環として取り入れられています。
 * グループホームに入所しているアルツハイマーの男性は攻撃性がありましたが、タクティールを受けるうちに静かで調和的になりました。
 * 不穏状態にあった女性患者が、タクティールケアを受けている間は静かに眠ることが出来ました。

【受け手の感想】
* 困難な状況の中で、ちょっと贅沢をする気分
* これは私には、癒しの効果があった
* 終わったあとで穏やかな休息の感覚
* 肩の痛みが軽くなって、消えるような気がする
* 大事にされている感じ

2ヶ月前に特養に入居した母を見舞う際に、これをやってあげれば
よかったなあ、と残念に思いました。また、春にでも行ってみます。
これは親孝行に手頃な方法かもね。言葉ではなかなか言えないことも
これなら想いは上手に伝わるはず。
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日本人の濃すぎる関係  家族

香山リカさんの「親子という病」はなかなか考えされた力作でした。
どこかでだれかの家庭という病理、という言葉も見たことがありますが、推測するにかなり近似した意図の表現かと思われますね。思い込みに近い予定調和の幻想からさまざまの悲劇がある…。著作はそこをえぐります。

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…たとえばそれが亡くなった夫からのメッセージであれば、そこで気持ちの区切りをつけてまた新しい恋を探すきっかけにもなるのだが、親子関係の場合、「次」がないからだ。いったん、「和解できた」と思っても、またすぐに「じゃ、あのとき母さんはどうしてあんなこと、言ったのよ」と次の疑問が湧いてくる。そうなれば、「どれもこれもすべて、あなたの幸せのためです」といった大雑把な霊能者の言葉では、到底、なっとくできなくなってくる。そういう意味では、まさに、「死んでも治らない病、それが親子」ということになる。

では、どうすればいいのだろう。「親子関係は病であり、治癒は不可能だ」ともうあきらめて、誰もが粛々とこの病原菌に感染して、あとはじわじわと進行し、症状が重くなるのを受け入れながら、一生が終わるのを待つしかないのだろうか。先にも行ったように、子の病に関する限り、それしかない、としか言いようがない。

(酸欠状態の密室化した家庭での閉塞状況=中見出し take)

しかし、ここで考え方を少し変えてみよう。「親子という病」は致死的な病ではあるが、わたしたちは何もそれにだけかかずらわって一生を送らなくても良いのである。

この病を重症化させる要因のひとつに、家族を密室化し、そこに渦巻く感情がより濃くなるということがある。先にも述べたように、夫婦と未成熟な子供によって構成される核家族は、若いカップルが望んで実現された形態であると同時に、近代社会がそれを維持、発展させるために要請してできあがったスタイルである。しかし、それは家族ひとりひとりの役割を重いものとし、それぞれが「世界にふたりといない子の家の父親」「この世にたった一人の母親」など交換のきかない存在になりすぎたために、逆に感情のもつれ、ゆがみが生じる結果となった。

そうやって家庭がいったん息が詰まる場になると、有効な解決策も見出せないまま、「いっそのこと、全員を消滅させるしかない」といった極端な考えにまで発展してしまうことがある。…
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濃すぎる関係は息が詰まる。若者は家を出るように、古来、東西の習慣は言い伝えましたが、まさにそこに出くわします。そうして、濃すぎる関係の過熱に起因する悲劇から避難する。そのために、今必要なことは他人や社会に関心のフォーカスを向けることではないか…。

家族の関係のトラウマや、その解決に安易に逃げ込んだ狭義のスピリチャリティの反映を見てきた香山さんのえぐり方は、自殺しないで皆殺しに向かう連続する「病理=謎」にかなり肉薄した意欲作でした。
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山仕事仲間  林とこころ

札幌から、市民レベルの森づくり集団「札幌ウッディーズ」のスタッフが応援に来てくれました。腕の鳴る面々が来られるならせっかくだからと、U病院のエントランスにある「悪魔の空間」(ツルに絡まれた呻吟の空間)をリクエストしました。で、一時間あまり、女性とわたしを含む4人の、イヤシロチ化作業が無事、完了。病院のスタッフは果たしてこの劇的変化に気づいてくれるか、興味深深?森森?津々?心神? 作業後、苫東の雑木林のベランダで焚き火を前に歓談。山仕事をする間に達した感覚、ものすごい共通点があるのです。謙虚さも瞠目。これはじっくり書かせて欲しいな、と思っています。クリックすると元のサイズで表示します
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社会のすき間とNPO  コミュニティ

先日、NPOの基礎と設立の講習を二夜連続で受けてきました。

時代は、確実に変わってきました。さまざまな法律が次々と変わって、今やもっとも面倒な法人申請手続きはといえば、NPO法人だと言うことになっているようです。これはちょっと驚きました。

確かに営利法人は平成18年の会社法で一本化(資本金は一円でも可)、公益法人も昨年12月の公益法人制度改革によって一本化され、あとは学校法人、社会福祉法人、宗教法人などの特別法がありNPO法人もNPO法という特別法で規定される訳です。

で、それはともかく、社会のなかには人が自ら動かないと埋まらない「すき間」が多くあって、結局、市民は町内会やPTAなど何らかのサービスをいつのまにか始めているようです。

のみならず色々なジャンルで2人以上気持ちを同じくする人が集って動きはじめれば、それはもう立派なNPOと名乗ってもいいことになります。
(別に名乗る必要もありませんが)

こうしてみると、人はいつのまにか、生業の仕事とは別に、なんらかのNPO的な担い手になって社会を支えているということになります。

自分の場合をふり返ってみても、法人格をもつあるNPOの役員をやり、学生寮の旧財団組織の幹事を継続し、100人ほどの会員を擁する環境NPOの役員をし、そしてごく少人数のNPOの一つを専属的に運営していることになります。

あれま、いつのまにぃ…、です。なんの気負いもなくごく自然でした。子育ても終わり、物欲も納まり、時間も融通ができ、社会とのネットワークもまずまずできて、得意な分野でなにがしかの役に立てるのではないか…。世間への恩返しみたいに。

大それたことは何もできませんが、愚直に、こつこつと身の回りから少しでも良い方へ変えていく…。庶民のできることはその辺だ、と割り切るとずいぶん楽になります。人生の半分以上はもう確実に過ぎたのだし、と林住期のtakeは思うのでした。(笑い クリックすると元のサイズで表示します
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雑木林の隣の部屋  林とこころ

慣れ親しんだ雑木林で、よく泊まることはありますが、
今回はもっと近代的で清楚で風景が縁取りされた住居を
体験。

床暖房で羽毛布団のベッド、トイレは自動で開け閉めし、水も
流れてくれる全自動。

カーテンはしないで新月の闇に果てしなく続く広葉樹の林を見ながら
寝につき、明け方も風に揺れる林を見ながら起き、静かにストレッチ。

もちろん、まったく悪くないどころか、超快適。ただ、食後は寒風の
中に出て、数時間は林の中で過ごす。快適な文明がそこに保障されていれば、人は荒波に飛び出せるのか…。

かつて、アイスホッケーチームで一緒にプレイしたニュージーランドの
知人に、なぜ君たちはよく若い頃に外国で暮らすの?と聞いたとき、
彼は、帰っても心配がないから若いときは飛び出すんだ、ぬくぬくしたく
ないから、と言いました。

文明や安心をそうとらえるゆとりは、ちょっとわたしの憧れるところでも
あります。

それは今、ほとんど獲得されている、とみるかどうか、そこが実はとって
も微妙で大事なところです。まるで天国と地獄みたいに違ってしまう。 クリックすると元のサイズで表示します
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