子供のころクスノキが相談相手だった  林とこころ

14日のバレンタインデーに郷里山形で若い人の婚礼があって帰省しました。90歳を超え歩くのも聞くのもままならなくなった、大分痛々しい母が年末からようやく施設に入ることになり、その激励と様子伺いもありました。老いた兄弟たちなどと飲みながら、この歳だから初めて聞く貧しく暗い頃の家の事情とかは、50年あまりの人生の無意識部分に光をあて酸素を送り込むような面がありました。

三日目の帰る朝、裏の畑から分家との境にある薬師さまに顔を出してみました。玄関からの直線距離などわずかなのですが、小屋をぐるりと回っていくちょっとした別世界です。植え込みや盆栽があるのが前庭だとすると、こちらは少しばかりおどろおどろしい裏庭。

薬師さまの石組みの脇にはクスノキがあり、わたしの幼少の頃、このクスノキは自分の癒やしの樹木だっったと回想しました。祖父母がおらず親には怒られるばかりでほったらかしにされた当時、どこかいつか物悲しい自分を慰めてくれるのがこのクスノキの役割だったようです。石組みからクスノキに乗り移ることができ、クスノキは小さなツリーハウスならぬツリーベンチのようでした。

老いて人生の後半、50台半ばにさしかかって、ようやく見えてくる幼児期に刷り込まれた潜在的な郷土感覚、ふるさと意識。クスノキは氏神様の住む里山的な象徴で、アイデンテティの中心部分がどうもこのあたりだと知りました。畑の土をみているとそれはやはり土地の神様である「産土(うぶすな)」のにおいがします。これらの神々に守られてわたしの北海道ライフはあるのだなあ、と今回の帰省は妙に懐古的な時間に仕立てあがりました。クリックすると元のサイズで表示します
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