ラフカディオ・ハーンにおける旅  土地の魂

2月28日の日記(別のSNS)に「大学というもの」を書きましたが、その元になったのが北大で行われた観光創造フォーラム。4回目となった今回のフォーラムの基調講演は、退官するO教授(地域文化論)がとても興味深い最終講義(↑タイトル)をされました。先生のメモからもう一度その文脈をなぞってみます。副題は「観光創造を考えるためのひとつの原石として」。

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なぜラフカディオ・ハーン(LH)なのか

日本に帰化し小泉八雲となったLHは日本の文化地層の深い理解者とされますが、「彼は旅人中の旅人であった」。旅先で吸収した世界中の文化地層が渾然となって渦巻いているのは、今日のクレオール思想(一神教的な単一原理に変る文化の異種混交の思想)の先駆的体現者だった、とまず位置づけます。

そして彼は西洋的世界基準とは別の基準を提出したと。さらに彼は旅先で、必ず新たな世界を創造し、それまでとは異なる自己を創造している、そのLH的体験とはなにか。教授はそこに、北大の観光学高等研究センターが取り組んでいる観光創造の原石が豊かに眠っている、と始めます。(格調高いなあ、と感動)

LH的体験

ここからいきなり、わたしが最も関心を持つ核心部に入ります。教授によれば、LHは新たな土地に行くと、必ずその土地の養分を深部から吸い込んで、その土地の人間も気づかないでいた新たな世界を創造し、そのことを通して自己をも再創造していったといいます。LH的体験の特徴とは、次のふたつ。
@その土地の表面をなぞるのではなくその土地を一気に内部から受容しつつその実、内部へと受容される
ALHはその地の「土地の精」を直感し、それと共鳴し、交感し、(心身ともに)交わる
(土地の精とはその土地の魂、霊であり、そこの生の根源に宿る霊的な力、ゲニウス・ロキと呼ばれる。わたしは産土(うぶすな)と呼んできました。)

ちなみに教授は、土地の資源を探るのならば、それはジーニアスまで降りるべきだというような意味のことを言ったような気がします。実はこれが、わたしが数年、観光と風土を間にしてつきあってきた結論でもあったのです。そういう意味でいきなり核心部分だったのです。

話は戻ってLHの日本での体験の基層になっているのが、西インド諸島のマルチニックなんだそうです。大平先生は仏文?の先生でマルチニックは旧仏領。先生も言ったことがあるとかで画像を見せてもらいましたが、なんか、インドネシアのバリ島のようにも見えました。実はこのマルチニックは土地の精が豊穣に宿る世界有数の地である点で、日本とつながっているのだそうです。(どうです、アヤシイでしょう)

LHとマルチニック

マルチニック島はカリブの島嶼のリングの一角で広さは沖縄本島ほど、人口は40万人。17世紀にフランス領となり、当時、英仏西の攻撃で先住民は全滅、そののち、インドや中国など各地から移住がおこり大混血が開始。こうした歴史的文化的背景は、文化の<異種混交>を掲げる近年のクレオール思想の母胎になっているのだと。

LHにとってマルチニックでの体験は、彼の日本での体験の母胎であったと述べますが、その共通基盤というのは、「土地の精」「一神教的世界に代わる生のあり方」。人間が自然を支配し、神がその全体を支配する一神教的世界に対し、マルチニックや日本は、生命とは宇宙的流動的世界であり「すべてはつながっている」。そしてそれをつなげているのが「霊」だというのです。「つながる」は近年の重要なキーワードですが、つなげているのが霊だという表現には初めて出くわしました。しかし、何となくわかるような気がします。霊とは先祖のことだ、という表現に近いのですが、微妙なところです。

LHはそのつながりをよく知るためにギリシャ神話をはじめとする世界の民間伝承を調べ、マルチニックの民話、日本のアニミズムなどを探求したようです。そうして一神教世界からの脱出を図る、その行程がLHの旅だったと結論し、そうすることで西洋的世界基準のオルタナティブを提言したのだ、と。

そして、ここも興味深いのですがこのことでLHは当時の日本の西洋化を批判したのでした。そこで教授は一つの提案をします。「われわれとしては、これを、中国(東洋)文化圏とアニミズム的世界との習合・雑種(ハイブリッド)文化(=クレオール)であった日本の、さらなるクレオール化と考える方が生産的でないか」。

教授のメモの最後は、LHの文化観は、文化A、文化Bの間を生きる(それが人間)ことによって、AでもなくBでもなく、双方を内包しつつ、かつそれらとは別のCを生み出すこと、それがが創造だと考えていた、と結びます。それは単なる「混合」でなく「化合」だと。

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メモをなぞった走り書きに若干コメントと感想を入れましたのでこれ以上は書きませんが、この講義で提示して見せているのは、旅とは土地の精とのつながりであり、21世紀の観光とはクレオール的なわくぐみの組み替えを指すのだということのようです。

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