地球環境映画祭で勇払原野が  土地の魂

世界各国から寄せられた環境の今を体感する北海道初の映画祭、と
銘打っています。できれば2日がかりで見てみたい。
http://www.utonai.net/earth-vision/event.html

この最後(6/6)に、数年前に知り合った映像クリエーターの北川陽稔さんが、
『森と水の庭・ウトナイ』を初公開します。

そこに、わが苫東のささみちフットパスや小屋が出てきます。もちろん、
わたくしめも小屋のベランダでゆったりしゃべっているところが収録されて
いるはずです(^_^;) わたしたちの愛すべきB級自然「勇払原野」が
どう描かれているのでしょうか。

わたしも実はまだ見ておりません。今回は、こどものように結構楽しみです。(^_^)v
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美と祈りについて  土地の魂

面白い本を読みました。五十嵐敬喜著「美しい都市と祈り」(学芸出版社)。
著者は所有権、景観法などを専門とする大学の先生ですが、先生は日本と西洋の都市美に思いを馳せながら、ふと「祈りというものと美しいものとがどこかで通底している」と直感するのです。

この直感にわたしはなにか、あまり話されてこなかった真理が潜んでいるような気がしました。ここでいう美が、あくまで都市なのか、これをほかのものと置き換えても成り立つのかどうか、にも興味が湧きます。

そして、そのほか目をひいた記述、「日本でも本当は、国民は美しい都市に住みたいと欲している」「美しい開発こそが町を発展させる」「世界中の美しいと言われる都市、建物、絵画などの大半は宗教と関係している」…。

事例は女人禁制の高野山、平泉、天理市、沖縄の久高島、巣鴨のとげぬき地蔵、などでした。高野山、久高島、巣鴨はいずれ訪れてみたいという思いに駆られます。クリックすると元のサイズで表示します
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林とこころのつながりを探す野外活動  林とこころ

4回目の「こころの森フォーラム」を白老で開催します。

リクエストに応えたりしていつのまにか4回目。チラシのトップには
ねらいをこう書きました。

「「こころの森フォーラム」では、生活の身近な場所に多様で豊富な樹林を持っている苫小牧と白老で、もういちど、森の中に自分の大好きな居場所を探って、人と樹林のつながりを求めていきます。…」

そして、今回の内容は、↓

●わたしたちのこころと身体は、生まれてこのかた休んだことのない「呼吸」の仕方によっていい方へも悪い方へも傾きます。午前は、樹林の中でゆっくりその呼吸をしながら、自分の身体と樹林との気のつながりを試みます。そしてアイヌ民族のユーカラに流れるこころを聞いてみます。午後は、森の中にあるさまざまな造形を用いて行うセラピーを紹介してもらいアートを手がけてみます。


案内のパンフと申込みなど↓
http://www.forest-humanhealth.com/220523.pdf


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コシアブラご飯  

こんな名前の料理は、実はありません。(笑い

昨日、季節の山菜の双璧と言えるスドキ(シドケ、和名はモミジガサ)と
コシアブラの木の芽を採ったので夕方、ワインを飲みながら一年ぶりに
作ってみました。

いえ、なんてことはないのです。
炒めて醤油で味付けするもの。これを、炊き立てのご飯に
まぶすのです。そう、コシアブラの「ひつまぶし」。

コシアブラはあと数日が食べごろ。天ぷらはもちろん絶品ですが、
この「ひつまぶし」風、いけます。かねて、マイ・シェフに進呈したところ
絶賛され以後はシェフのレパートリーに入れたほど。

こうして毎年、同じものを食べ、書き、歳とる…(爆
(写真手前はスドキのおひたし)
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ハスカップが今、世界中から注目されている  北海道と自然

たまげた話もあるものです。

国内最大の群落をもつ勇払原野のハスカップが、ブルーベリーの次の、栽培ベリーとして欧米で注目を集めているようだということを知りました。

北大の果樹蔬菜園芸講座のS准教授のレポートをみると、上記の流れを受けて米サチュカチュワン州で本格的な栽培が始まっているほか、北大には欧州から問い合わせが来ているとのこと。機能性への注目ですが、
問題は甘さと収量を狙って選抜してきたために、機能性に関する品種が
捨てられてきた可能性(例えば苦いもの)があるよし。そこは、もう一度
苫東の保全活動がばっちし生きる、と先生は指摘。

20年前、勇払原野の苫東で、その調査を斡旋したのはわたしだった、とはまだ名乗ってはいないのですが、株もかなり農場に試験用に移植提供した覚えがあります。ほかにも結構便宜を図りました。それが今頃、こんな形でクローズアップされるとは…。

一方、「よいとまけ」というハスカップを使ったマイナーながら長命なブランド商品も奮闘していますがまだまだメジャーにはなりきっていません。

世の中不思議なめぐりあわせで、NPOがハスカップのサンクチュアリを
設けようと提案したせいでしょうか、NPOを設立する前後から、現場の
生き字引みたいに白羽の矢が向けられて、少しずつ奉仕するようにも
なってきました。

ま、お役に立てれば、と言う気持ちですが、不思議なめぐりあわせを感じます。クリックすると元のサイズで表示します
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ろうそくの夜、小鳥の目覚まし  北海道と自然

先週末はフィールドの用事が2日続いたので、独り小屋泊。
夜、焚き火にあたっても振るえが来るほど冷え込み、薪ストーブの暖の待つ
小屋へ戻りそのありがたさにひたりました。

そこには、わたしの大好きなシンプルなロウソク。
やっぱり、ロウソクの明かりはカメラを向けたくなります。

本格的な新緑まであと1週間、早朝5時は小鳥の声のシャワーでした。
センダイムシクイ、イカル、ツツドリ、アオジ、ヒヨドリ、アカゲラ、ウグイス、シジュウカラなど。

冥想テラスで石になったわたしにあわや、シジュウカラが乗りそうでした。
1m以内にやってきたときに聞こえる羽ばたきの音が聞こえたのです。
不覚にも目を開けた途端、去りました。非常に残念。

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地球環境映画祭@イコロの森  北海道と自然

アースビジョン IN 北海道が、5/16札幌上映に続き、6/5 & 6に
苫小牧市植苗のイコロの森で開催されます。

特に6日の午後は、森と水の勇払&ウトナイを特集した45分映画
「森と水の庭・ウトナイ」を上映、これおすすめです。
なぜなら、わたしが数分出るから(爆
プロモーションビデオにはその分がないのでわたしも今回初めて見ます。

トークセッションは、映像クリエイターの北川さんを中心に、イコロの鈴木さん、
自然ガイドの村井さん、それとわたし。

イングリッシュガーデンを見て、ランチを食べて午後は映画、というコースはいかが
でしょう。

アースビジョンは→http://www.earth-vision.jp/01whatsev-j.htm
イコロの上映会 →http://d.hatena.ne.jp/Best-of-EARTH-VISION/
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ロウソクの夜、小鳥の目覚まし  北海道と自然

フィールドの用事が2日続くので独り小屋泊。
夜、焚き火にあたっても振るえが来る頃、薪ストーブの暖の待つ
小屋へ戻りました。そこには、シンプルなロウソク。
やっぱり、ロウソクの明かりはカメラを向けたくなります。

本格的な新緑まであと1週間、早朝5時は小鳥の声のシャワーでした。
センダイムシクイ、イカル、ツツドリ、アオジ、ヒヨドリ、アカゲラ、ウグイス、シジュウカラなど。石になったわたしにあわや、シジュウカラが乗りそうでした。残念。

帰途、勇払の自然海岸に立ち寄り。
シラカバとドロノキが辛うじて新緑。クリックすると元のサイズで表示します
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わたしたちの空白と文明の乗り換え  コミュニティ

ちょっと興味深い本を読みましたので抄録してみたいと思います。広井良典著(ちくま新書)「コミュニティを問いなおす」、副題は「つながり・都市・日本社会の未来」。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜さっそく引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【日本における文明の乗り換えと普遍的価値の空白状況】
紀元前5世紀前後の「精神革命」を契機に、そうした「普遍的な思想」が地球上の各地域に広がっていき、その”リージョナルな住み分け”がなされたと述べたが、日本についてはどうか。日本は東アジアにおける「仏教・儒教圏」の辺境に位置することになり、そうした普遍的な思想と、ローカルな自然信仰(後に神道と呼ばれるようになるもの)を混合させていったことになる。(こうした在来信仰と外来の普遍的思想の混合というパターンはヨーロッパ、アジア等を含め世界の各地域において広く見られる)。

しかし明治期以降、欧米列強の進出に直面する中で、日本は西欧近代の思考枠組及び技術へのいわば「文明の乗り換え」を行った。しかしその基盤にある価値原理(キリスト教)は受容せず、かつ江戸期までの(仏教・儒教の)価値原理はおおかた捨象していったため、ここに”普遍的な価値の不在”という、目にみえにくい、しかし深刻な事態が生じたことになる(もちろん明治政府はそれを天皇を中心とするナショナリズム的な価値原理によって置換・統合しようとしたわけであるが)。

さらに第2次大戦の敗戦により、そうしたナショナリスティックな価値原理も否定されることになり、戦後の日本社会は文字通り”価値原理の空白”に置かれることになった。その結果、戦後の日本人にとって事実上”信仰”と呼べるような絶対的価値になったのは、他でもなく「経済成長」という目標であったといえるだろう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ここのあたりは、どこかで繰り返し聞いたり見たりしたオボエのあるストーリーかもしれません。そして、価値観の欠落という、なんとなく虚ろな思いをいだきつつ迷いながら歩んでいた、というのがわたしなど凡人の日々だったような気がします。

しかし、その虚ろな陰圧のおかげだったかはわかりませんが、野外体験のさなかに自分の中にアニミズム的なものへの反応資質がしっかり眠っていることに気づきました。おそらく、育った風土が心身に埋め込んだ原初的なモノだったのではないかと思われます。古い因習の中で育ってきたわたしには、このような体験は親しみもあるものでしたが、どうでしょう、世代が若くなるとこの遺伝子はしっかりと働くのでしょうか。

次に定常化が出てきます。定常化とはある発展のあと成熟期に入ってベクトルが横ばいする時代を指していて、今、その3回目の定常化にある、と指摘します。定常化の節目には必ず新しい価値軸が生まれてきた、と言います。さて、では、今回のキーワードはなにか。


〜〜〜〜〜〜〜ふたたび引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【コミュニティと時代構造】
(話を)まとめてみよう。…人間の歴史が3度の「拡大・成長」と「定常化」のサイクルを経てきたという議論を行ってきた。この場合、そもそも両者を分かつものは一体なんだろうか。また「コミュニティ」との関係はどうか。

つまるところ、狩猟段階−農耕段階−産業化段階それぞれの前半期をなす拡大・成長の時代とは「人間と自然」の関係が大きく変わる時代ーーーより明確には、人間が自然からエネルギーを引き出す様式が根本的に変化し、自然を”収奪”する度合いが増幅する時代ーーーであったと言える。

これに対し、各段階の後半期たる定常化の時代とは、資源制約の顕在化やある種の生産過剰の結果として、人々の主たる関心が「人間と人間」の関係あるいは「人」そのものに移り、自然の新たな収奪や物質的・量的拡大という方向ではなく、個人や文化の内的な発展あるいは質的深化とともに、「ケア」、そして(人と人との関係のありようという意味での)コミュニティというテーマが前面に出る時代となる。

同時にここでは、本章で述べてきたような新たな価値原理の追究が課題となる。これはわたしたちが生きるこの時代において、「コミュニティ」というテーマが大きく浮上するいわば第一の文脈であり、その”人類史的次元”とも呼べるものである。…
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

出てきたキーワードはコミュニティでした。コミュニティの使われ方は今日、地球をコミュニティと称するまでに変容しているので、意味合い・使われ方は従前とは異なってきますが、それはともかくとしてもわたしたちが慣れ親しんで日常の置かれた場(コミュニティ)と同じ言葉であることに、どこかホッとするところがあります。曲解になると思いますが、グローバルに巡り巡って、たどり着いた場所の重要な点がローカルだった、という理解をわたしはしておきたいと思います。

そう見てくると、今わたしが体験している「非貨幣的な価値」というものや、コモンズという概念が、別の顔を覗かせて見えてくるということもあります。




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市民が手入れするトドマツの公有林で  北海道と自然

石狩市の森林ボランティ「クマゲラ」さんが主催する、市民を対象としたイベント市民に呼んでいただき、小一時間講演しました。市民カレッジのようでした。あいにくの雨模様で、かつ、打ち合わせ不足のために、あのストレスを計測する簡易測定器「こころメーター(アミラーゼモニター)」を用意できなかったというアクシデントがあり、時間調整を要してしまったようでした。

わたしは自分がこの「こころメーター」を持参しかつ測定のための試験紙も自分で買って持ってくることになっているのを知ったのは、石狩市役所に着いたばかりの車の中で、連絡のメモを見直したときでした。がーん!

責任の半分はわたしにあり、取材先にも謝ったりしている間に、段々失敗と後悔の念が高まってきます。しかし、その後悔のためのストレスも、林に入っているうちになんとなく和らいできました。「林はすごい!」。結局、この朝のこのエピソードを冒頭に入れ、「測定を楽しみにこられた方には実に申し訳ないが、今朝のわたしのこの気分変化をちょっと数字に表す、というただそれだけのテストだったんです」などと、苦しい言い訳してやりすごしました。(^_^;)


タイトルは「里山の手入れと林の中のリラクゼーション」。しかし、話は飛び飛びし、タイトルに関した話はほんの一部だけになりました。ごめんなさいマシm(__)m 写真はグループの活動場所のトドマツ林。


補足・お願い

この現場で、会員のAさんがこのブログを見てくださっている、という話をお聞きしました。そこでわかったことは、ブログや掲示板が、本隊のホームページ(下)
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
の出店であることをご存知なかったようです。一年を通じた毎週の林の手入れはむしろ
本体の「雑木林だより」(下記)
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/zouki00.htm
に詳しいので、是非、そちらから覗いてみてください、とお願いしました。

そのページが↓になります。
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/aigo4-61.html

というわけで、この内容を掲示板にも載せておきます。クリックすると元のサイズで表示します
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癒しの風景とは  林とこころ

『21世紀はミリューセラピーの時代である。…(生きられる)風景が人を包み込み癒す積極的な治療媒体として、大きな力を持つ…』。

*ミリュー milieu  場、間、環境など意味の幅広い

先日、講演では折角の癒しの哲学をうかがい知ろうと集まった人たちを前に傲慢と思える自慢話を展開した風であまりいい印象をもてなかった方の、それでもとても気になるタイトルに惹かれ、つい安くない著作を購入して開いて見ました。(ヨーヤルネ

と、意外にもわたしが追いかけてきたテーマと同じような言葉が並んでいました。
驚きです。そして、風景を見てもらって行うアンケートは、おととしのこころの森フォーラムとある意味底通する手法でした。風土とその風景が心身に静かに与えているあるもの。まだまだ未開拓の分野だということを改めて思い知りました。

http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/210309joucho-report.pdf
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サクラ前線を迎えにいく  北海道と自然

昨日3日と今日、恵山から函館を経由して松前へ出て、そして江差、熊石、八雲を通って770kmのロングドライブをしました。ETC1000円を利用しての、わたしとしては画期的な省エネ&ローコストの旅。

恵山は、エゾツツジがほんの少々、松前には上陸したのがサクラならぬ梅前線で、100種前後、数万本のサクラのうち開花したのは数本でした。

しかし、マンを持して開花に備えているつぼみの「思い」は良く伝わってきます。交通整理のおじさんに聞いたら、勘では週末8日日曜がピークだとのこと。しかし、さすが、もう大賑わいであります。地元産のクロマグロのお店は列が出来ていました。

写真は、恵山岬の日の出。一帯はパワースポットのようです。クリックすると元のサイズで表示します
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薪の山の意味するもの  土地の魂

一冬、ボランティアの面々の林の手入れででてきた木材を、
昨日はNPOに入会した町内会など約10人で、林から出しました。

そして薪の小高い列。これは実はいろいろなものをつなぎます。
まず林の隣の新しい団地に住む新住人、町内の人、そして明治頃
開拓に来た3代目の土地持ち、そして、よそもののNPO、さらに
そこへ手伝いに来た札幌圏の老若男女。

つながりというもののを絵に描いたような構図。
善意とwin-winでつながっていく積極性の気持ちよさが
ここにあります。これもちょっとしたことで道を間違うのですが、
まあ、よくここまでつながりました。

薪の山はおよそ25コモン。薪欲しい人が山分けです。ざっと50ヶ月分
あるようです。
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額縁と絵の勝負  林とこころ

環境省OBのNさんがボタニカルアート展をイコロで開くというので
オープニングにお邪魔しましたのが29日の午後。

折りしも冷たい風雨が吹き荒れた日。観客はわたしが最初。

Nさんは、クラフトマンとしての異才をお持ちで、昨今は、むしろ
甲虫をモチーフにしてスプーンを加工した「鋼虫」シリーズで注目
されています。各々に架空の学名がつけられて笑います。

最新作は、絶滅器具種和名”カニセセリ”。これはカニの実をからから
引き出すあの細長いスプーン状のものでした。

植物画70点は、芸術の森の工房ですべて手作りしたという額縁に
収まっていましたが、その材質がいろいろでそれが楽しめてしまう
のです。

「額縁もすごいですねえ」と難しい褒め方になりますが(^_^;)、本人も
「はっきり言って、絵が負けるんですよ」と爆笑。

もっと詳しい写真は
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