和食の醍醐味  林とこころ

休みに、登別温泉に泊まりました。気に入りだった「ゆふらん」という
オーベルジュが2年ほど前に廃業したので、今回はさほど有名ではない宿に
してみました。

が、日曜なのに満室です。部屋は古い和室で、入った途端、一瞬、これは
選択をミスったか、と思いましたが、部屋食の料理で納得。
純和風の、見本的な腕でした。味、美しさ、量の適当さ、実に見事でした。

それでいて、翌朝、すっかりお腹が空いていて、何とも快調です。
どうしたんだろう、とふり返ってみると、揚げ物がほとんどなく、肉はゼロ、
素材のうまみだしに徹底していたことに気付きます。野菜、根菜も多い。

ああ、こういうことか、いや、これなんだ、となんだか外人になった
ような感動でした。(^_^;)

ちなみに、お造りの主役は鯛でした。そして、鮎の炊き込みご飯、
揚げ物はちっちゃい「蟹とホタテのすり身」だけ。

江戸時代、脂ののったトロは「下賤な食べ物」とした食の感覚、
いささか、わかるような気がしました。本当のウマミが演出されると
油の誘惑に十分勝てる。

「ためして合点」では、油ものに突き進まない方法として、日本古来の
ダシをきかせたウマミが(油の食欲亢進力と)拮抗する、みたいなことを
確かに言っていましたね(斜めでみてましたが・笑い

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画像は温泉の山の方にある大湯谷?
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木と人をつなぐ踊り  林とこころ

今月6日のフォーラムでは、ドロノキの大木にしめ縄を飾るセレモニーを
行ったのですが、そこにikuraさんという、創作舞踊の方が見えて、ぽつり、
「ドロノキの前で、躍らせてもらえないか」。

わたしは正直、ちょっとびっくりしましたが、瞬時で「わかりました」と
返事しておりました。

ikuraさんには、宮司の神事とは切り離して、神事が終わってから紹介し
パフォーマンスに入ってもらいました。

繰り返しますが不思議な踊りでした。巫女様のようでそうでもなく、やはり
自然と人の間に介在する妖精のような、あるいは、なかなかつながらない自然と
人のコーディネートにやってきた異星人のような、そんな役回りのようにも
見えました。

びっくりして腰が引けたかと思いきや、参加者は少しもびっくりしておらず、
新鮮で神聖な感じがしたという声が聞かれます。結果的にとてもパワフルな
神事だった、ということになりました。クリックすると元のサイズで表示します
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高齢者のメーリングリスト  コミュニティ

今、大学時代の寄宿舎の日誌をピックアップして編集し発刊する
準備をしている関係で、メーリングリストを作りました。いつのまにか、
もう5つほどを管理しています。

今回のは合計で60人ほどいらっしゃるんですが、ご高齢は80歳代。
でも、今日、おふたりから登録を辞退したいという依頼メールが
来ました。

文面は、「メールのやりとりくらいはいいのだけれど、もう
新しいことにはついて行けない」というものでした。

わたしは潔くOKして登録からはずしました。
かと思うと、やはり80代の方から、寄付したいから
早急に口座を開いて欲しい、と。

高齢社会のインターネット利用は、だんだん簡単になるとはいえ、
多様化して、多様化自体が難しさに見えてきます。

ということになると、「メールの交換」というもっともシンプルな
交信が生き残る可能性はあるのではないか、と思い始めました。
そ、シニアネット、みたいにです。
(スパムやウイルスの問題はおいといての話ですが)

メーリングリストは、その点ほぼ標準的なアイテムかなあ、と
思っていたのですが、今日の辞退メールはやや残念でした。

でも返事や意見をいただいたのは、とても有り難いことだと
思います。
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女性というジェンダー  社会

いつのまにか、女性の、コミュニティにおける特別な働きに関心を持っておりました。今年の夏、サロベツで、女性だけの座談会をしてもらったのもそんなねらいでした。(これは、間もなく職場の財団のHPにアップできます。)

こんなことを書けば怒られるかもしれませんが、わたしが
女性というジェンダーに特徴的だと思うようになった(=男性にあまりない)のは、
「おしゃべり」と「現実主義」でした。「おしゃべり」は、座談会で
Tさんが指摘されました。リアリズムはわたしの知人のマーケティングをしてきた年配の女性が指摘してくれました。わたしには、とても興味深い、まさに目からウロコです。

話は急に現実の発見事例の話しになります。(^_^;)

今日、家の床磨き(フローリングのワックスかけ)を家内としながら
女性というジェンダーの現実対応の一部を発見したような気がしました。床やクロスの汚れの作業をしている間に、彼女(家内)は、そこで発見した新しいシミや大きな汚れ、すき間のゴミと汚れに、時間を忘れて賢明に取り付く(取り組んでしまう=ヤレヤレ)のです。

男は、ま、そのうちもう一度手直しする機会もあるから、今日のところはひとつ、丸く治めて、予定の時刻までフローリングのワックスがけという目標を達成しようじゃないか、見たいな事をいうわけですね。(笑い そ、目標というものがあるじゃないですか、いつも(爆

かく言うわたしも、フローリングがそこそこピカピカになればOKぐらいに
思っているのですが、家内は問題を見つければ、そこにしっかりと食らいついて解決します。恐らく、古来、畑仕事をしているさなかでも、赤ん坊が泣けば、仕事をさておいてまず赤ん坊に乳を含ませる、そこに代表される
現実性。

遠回りをしているようで、そこにある課題をひとつひとつ片付けて行く
営み。女性たちは今これがコミュニティに向かっている、というのがわたしの近年の見方です。女性はすごいな、と思います。地域SNS「どっとねっと」の仲間でも
このような旗手がやはり何人もいらっしゃいます。(^_^)v それに、全国各地で展開されている地域の課題の担い手の多くは女性。

あ、男性ですか?男性は、なんというか、職場や家庭のきびしい「経済」にそれこそ緊張して向き合ってきました。目標に一直線です。それはそれとして、です。

女性のみなさんは、このあたり、どんな風にお考えななんでしょうね。聴いてみたい気が
いつもします。
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生まれてそのまま300年の森  北海道と自然

昨日は、シンボルツリーのしめ縄奉納、今日は北大苫小牧の研究林の
シカの食害から樹木を守る作業にNPOで参加。

その午後、研究林の計らいで、現在の研究概要をざっと紹介してもらったあとに、あの、
樹冠を測定するハイテククレーンに案内してもらいました。そこで見たものは…。

苫小牧の北西にある樽前山は1600年代と1700年代の中頃に大きな噴火をし、苫東のある勇払原野も研究林の一帯も火山レキを吹くも降下噴出物で覆われました。より山に近い研究林は
1〜2mの火山噴出物で覆われたようですから、過去の植生はいったん失われたと考えられています。

今日見たクレーンの一帯は、その後の植生をそのままにしてあるゾーンです。倒木あり、
若生えあり、朽ちる大木あり…。

わたしがいつもいる二次林と根本的に違う風景の核心、それは多様性でした。
実にさまざまな樹木が生え、際勢力でぐんぐんのし上がっていたミズナラの類や、
先駆的に生えてくるカバ類などはあまり見えません。

結局、300年間の再生のドラマが風景として眼前にある!これは感動の絵でした。
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アンケート結果  林とこころ

7月から9月まで、地域の人のつながりについて道内10地域に2000通のアンケートを出して約6割の回答を得ました。人口のわずか1000人の村から札幌の一角まで、随分幅広いのですが得られた回答を縦横斜めに分析していると、思いがけないいくつかの発見にはっとします。

それを裏付けるような肉声が、実は自由記述に盛られていました。今日、ようやくまとまった全編20pを読んでいてウルウルしてきました。日本人のハートがみえてくるのです。

「…今棲んでいるところはミドリに囲まれた植物が好きなわたしには離れがたく、ご近所の方々も新設で、冬の除雪も手伝ってくださるのでありがたく感謝しています。若いときは町内会のお世話もさせていただきましたが、今はお世話になるばかりです。…」 信頼とお互い様のこころ。これは右往左往、商店の定まらない政治とまったく別世界の、実生活というものがあります。予想していたこととはいえ、驚きました。
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シンボルツリーをめぐって  林とこころ

少しずつ町内会有志とNPOの協働作業が進むにつれ、シンボルになるものが欲しいね、
みたいなことになり、苫東地域で今最も太いこの大島山林のドロノキを選ぼうということに
自然となりました。そして、しめ縄はその目印のようなものと決めていました。なおかつ、そのしめ縄の取り付けの前に周辺の簡単な整理をしようと計画していました。

この片付け作業の始まる1週間前、木と話すことのできる方が偶然山林にみえ、どうもドロノキはご神木のようになるのをちょっと嫌がっている、とおっしゃいます。

わたしは、今の光景ですべてが見透かされたと直感しました。シンボルと呼ぶにはまだ
根元に腐った枝が埋もれ、ドロノキの枝はさまざまな樹木の先端や枝が触れていました。
また、アクセスの芝などもどうも「参道」とは大分違った、手入れのにおいの乏しいものだったかもしれません。それに、親しみをもって住民が大勢やってくる、という状況にもありません。

わたしたちは、いえ、少なくともわたしは、このメッセージを真摯に受け止め、翌週から予定していた作業にできるだけ反映させることにしました。

で、昨日。九州に住む、やはり樹木らと語る女性の方がわたしの誕生日にメッセージを
下さったのでこの経過をしたためると、しばらくしてみてくれたのでしょうか、
「ドロノキ よろこぶ」というタイトルのメッセージが届きました。ドロノキの形状も
克明に表現していてぴったりです。

わたしには、もちろん何も見えないのですが、少なくとも自分にできることは、
光景で直感されることどもを、経験知に照らし、技術とか手入れの営みとして表現する
ことだと思っています。風景を創る技術とは、ある意味、ケガレチをイヤシロチに
置き換えて行くことだといえます。

そして人々から見放された林や一帯は、ケガレチに変わって行く、という履歴を
見たような気がします。これは、大変、重たい決意が求められます。祀る、という
意味はそういう約束だったのだろうと思います。これは実に重たい話ですが、土地と人の
つながりというのは本来こういうことだったのではないか。生きた勉強をさせてもらいました。
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