雪道は少しでも楽したくなる、の巻  北海道と自然

冬のフィールドを歩いたことのある方は、大なり小なり気づいていますが、
雪の中の足跡は、人間と動物が共用するようになりますね。

積雪が深ければ深いほど、人は、シカの足跡に自分の足を重ねようと
するし、往々にして、逆もあります。一番歩きやすいところを選ぶせいも
あります。それは自ずと一致するから。

昨日の林では、人間が山仕事のために使うスノーシューやそりの
道が、完全に「シカ道」になっていました。シカに貸してやった感じ。

なぜこうなるのか。恐らくは、「積雪」がもたらす「負荷」。
人も動物も基本は「少しでも楽したい」。その究極が、歩くための
負荷が少しでも減るならそれがキツネの跡であろうが人の跡で
あろうが何でも使うぞ!…できれば象の足跡がいい!

そこへ出てきた人間の醜いエゴ、「シュプールの上を長靴で歩かない
でくれ」。

歩くスキーの愛好者から、長靴散歩の愛好者へのクレーム。いやはや、
人間はスケールが小さい。 クリックすると元のサイズで表示します
雑木林&庭づくり研究室
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NPO法人苫東環境コモンズ
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モンスターペアレントと海上保安官  社会

ワイドショー的な報道番組をめったに見ることはなかったのですが、たまたま、とても関心を持っていたふたつのインタビューが目に入りました。
これは逃げないで書いておかねば、と。(^_^;)

■教師がモンスターペアレントを訴え

モンスターマザーが応えていました。一方的に、ガンガン。これをみて突っ込みたい視聴者は多かったはず。

いつのまにか、教師が悪で父母が正義になってきてしまった昨今、やっと
正面から向き合った戦いが始まるのでしょうか。なんでも泣き寝入り
するのはやめてとんでもない親には学校と自治体ぐるみで抗戦すべき。
訴えるほうも相当なエネルギーが要ります。

身近な自治体でも、とんでもない市民のクレームに、真正面からプロとして対峙する姿をあまり見せてこなかった。市民、人権、個人情報、、、抗しがたいいくつかの言葉を盾にして思考停止になっていたのを、今、ひとひとつ、油を差していかなくては。市民の良識を復権とでもいうのでしょうか。

■海上保安官のインタビュー

本人が民報TVの取材に応じて、よどみなく理路整然と状況、心情、
判断を吐露。今までなら当然公開されたはずの映像が、アレヨアレヨという間に封じ込められていったことの不可思議さをリアルに話しました。非常に説得力のある正論を告げましたから、職を賭した覚悟が十分読み取れました。

おかしいのは、このインタビューを報道した新聞、これはちょっと茶化していた。TVのキャスターは、取り締まるべき保安官はこれでいいのか、と問題の本質をまったくはぐらかすようなコメントで締めくくっていました。領土を返せといえば、右翼と疑われる風潮も根強いですが、この溝はとっても深い…。

要するに、歴史を踏まえて正論をはく気迫はないのではないか。
北方領土も、元島民と根室周辺の漁業関係者のためにしかたなく国は交渉するんだ、みたいな図式も、問題を意図的に矮小化してみせます。要は面倒な事実関係の歴史的主張を国際法を踏まえた緊張のなかで繰り返し進めねばならず、これから逃げたいのでしょう。

で、結果的にダレもやる人がいない。マスコミも徹底して論駁できる勉強をしていないし、基本的に歴史認識はもう固まっている…。



今回の二つのインタビューは、なにかとても象徴的でした。底通するものが横たわっています。

国民が、日本の国益と誤謬に目を見張るニュースがこれほど立て続けに目の前にあらわになったのは、浅学にして記憶にありませんから、ついつい政治ネタになってしまいました。すいません。(^_^;) わたしたちに社会を変える力はあるのか、重たい重たい課題です。


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寛容なソーシャル・キャピタル  コミュニティ

先日アップしたサロベツ座談会http://www.hkk.or.jp/kenkyusho/file/report_20100719.pdfを包括するある研究会で、先日、別の座談会を行いました。昨年6月から9月まで、全道の1200人にアンケートした結果がまとまったのを機会に開いたものです。

そこででたキーワードの一つがこれ、「寛容な…」。地域の力になる「柔らかいこころの元手」がソーシャル・キャピタルと言えますが、これが北海道の各地の、コミュニティやある年代に、形をあまり見せないままでたっぷり残っている、というのがアンケートで見えています。

驚くことは、コミュニティに宿るらしい息苦しさ。特にいちど都会生活をした方などが、自由記述でずいぶんボヤキのように述べています。「田舎はすぐ噂になって大キライ」「つきあいが面倒くさい」などなど。

助け合いなど色々とイイコトもある地域のもう一つの一面といえるのでしょうか。たしかに他人との距離の取り方は微妙です。上手な距離感、これはある種、巧みなワザかもしれませんね。

ある女性の方は言います。
「でも、本州の地方ならもっともっと息苦しい(はず)」。
「そっかあ、北海道はその点、寛容なソーシャル・キャピタルがあるのかもしれませんよ」

そういえば、移住者の多い伊達市は宮城の伊達藩が集団で移住したのはご存じの通りですが、わたしが北海道に移り住んだざっと40年前、伊達衆はよそ者を受け入れない、というので有名でした。その点、近年の道内では、旅行者などには特に親切で「泊まっていきなさい」などと声をかけられる、と本州人は驚きます。

もともとコミュニティの強いきずなは、外的から身を守るのが起源だとすれば、開けっぴろげなソーシャル・キャピタルは、例え貧しくても実におおらかな、競争をあまり入り込ませない風土からきたのか、と思いますし、たしかに本州の多くの人が北海道の印象をこう語ります。でもある経営者は「北海道人はおおらかすぎてコスト意識がなさ過ぎる」などと言うのも聞きます。

先の座談会である女性参加者が「幸せ筋肉」と呼んでいるのも、ソーシャル・キャピタルのひとつに他なりませんが、これが感性豊かな女性にたくさん付いている、とわたしは観察しています。

ソーシャル・キャピタルという物差しみたいなものを使って、土地の良さ、癖、プラスマイナスを話し合って見るというのは、風土と精神を語るようでなかなか興味が尽きません。
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焚き火が合法的にできるシアワセ  林とこころ

焚き火も今や、届出制。
家庭ごみは燃やせないし、農業用ゴミなど当然もやせない。

その点、林の仕事などで、煙が立つ揚煙行為を、消防が受け付けてくれるのは
ありがたい。

地域の消防へ手続きをしたので、今週末から3月末までの土曜日、
わたしたちは何のとがめなく管理するフィールドの雑木林で、焚き火をします(^_^)v
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森づくりのプロとアマの棲み分け  林とこころ

大げさな表題になりましたが、今,苫東では、このことが現実に動いています。
ここをギリギリに突き詰めていく、そのことが、こういった経済環境下の
持続可能な環境保全だと、実は思います。

詳細は、http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
から「雑木林だより65」を覗いてみてください。(^_^)vクリックすると元のサイズで表示します

NPOがカバーするところと、プロが展開するエリアと手法は、自ずと違って
きます。
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焚き火と薪  林とこころ

薪と焚き火に共通するのは、『人をつなぐこと』ではないかと思います。

薪は一昨年来の、ある町内会とのお付き合いのなかから感じたこと。おそらく、
薪を使う、ということそのものが、いまやひとつの憧れのプロジェクトに
なっており、自分で使うわけでもないのに、薪作りを手伝う。薪は人を
つなぐ、と思うのです。

焚き火は大なり小なりみんなが経験あるのですが、わたしは若い頃、冬山を
歩く折に、水は雪を溶かして作るため、焚き火は欠かせませんでした。また、
何日も沢歩きをする際も、夜は焚き火を囲む。焚き火は、思い出をさらに
鮮明にし、パーティのつながりも強くした、ように思い出します。

ひょっとして、焚き火をともにした回数の多い人と、今も年賀状の付き合いが
多いとか、そんな相関もあるのでは、と思うほどです。

昨日から、山仕事は焚き火をすることにしました。お昼の暖です。が、それだけ
でなく、焚き火は山仕事の最大の楽しみです。

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還暦前の物故者  土地の魂

年前に郷里の小学校時代の同窓会の案内がありました。
欠席を告げ所用の会費だけは納めた私に、先日、集合写真と名簿が送られて来ました。

眺めているうちに物故者がやはり少なからずいることに気づきます。
そして物故者は、どちらかというと当時から優しく、あまり主張せず、控えめな子供だった、と思い起こします。

一方、生き残ったのは悪がきやでしゃばりな女の子たち、ということになります。がむしゃらであっても、兎に角エネルギーというのが効いている、という感じ。

ここで、人間は、生まれたときに何がしかの定めを背負って生きているのではないか、と思い知らされます。自分で勝手に生きているのではなく、なにものか、見えない力に生かされている。名簿を見て直感しました。

運命論ではありませんが、生かされる人の幸運と、途中で締めくくらざるを得ない人の不運。生きていられること、それだけで祝福されるべき、と自然と思うようになります。


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新雪に刻むシュプール  林とこころ

雪が少ない苫小牧でも、林の中は3,40cmはあるので、昨日は、
山仕事の前に、小屋に出向いて山スキーに履き替えました。

誰も歩いていない林の中や、牧場に、一番乗りでシュプールを
付けるのは、幸せなひとときだから。もちろん、それが
新雪のダウンヒルなら申し分ありませんが、ま、それは
過去のことにして、今は、平坦地でも大満足です。

これはやはりビジネスにもなるものですね。高村光太郎では
ありませんが、自分のあとに道ができます。

この頃の山仕事の現場は、この写真の採草地を隔てて、
林の好きな人の新しい住宅団地に直結しています。その魅力が
こたえられない、と団地の人は言います。

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細部に宿るもの  土地の魂

加藤真著『生命は細部に宿りたまう』を読みました。
画像の多い科学エッセーです。なるほど、入り江や原野や田んぼや森や岩清水の
湿った崖のミクロハビタットに数多の生き物がはいつくばっている。

神も細部に宿り給う。なんてことない川の薄暗がりなど。
そして、ローカルな世界にこそ真実がある、ローカルに軸足を置こう、と
提言しているのは哲学者・内山節氏でした。

グローバリゼーションの席巻する今、日本は意図的にいつのまにか浸透してしまった
ある教えによって、ローカルな、とるに足らないような、細部の、
しかし、日々積み上げないと維持できないような現場を捨てき合うことをしなくなった。

山仕事は、そんな日常、そんな瑣事ですが、民話のような、日本古来の深みが
転がっています。林は冥想だから、ということになります。
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新年の喜びを日の出に託して  土地の魂

新年明けましておめでとうございます。
2011年、二日目の日のではとても感動的なものでした。

早朝と新年。厳かさと清浄さで、心が洗われる思いです。
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