ICTにのる人、のらない人  コミュニティ

先日、フェースブックに登録してみました。勝手がわからないうちに
まずは動かしてみること、と割り切ってオフの時間に少しずつプロフィールを
拡大してみました。

そうすると、こちらが属性を明らかにする都度、ネットワークの関係者の
枠が広がり、わたしが関係するメールの関係者で登録している人たちが
自動的にどんどん現れ、友達の友達つながりで輪が拡大する。基本はそこに
あるだろうと思います。で、今、スポーツやアクティビティを加え、先ほどは
勤務先や出身高校まで入れてみました。

基本的に実名で開示するわけですから、その覚悟が入ります。


で、地域SNSもこれも基本的に、この壁(知らない人とコミュニケーションを
すること)が自分に向いていない、と判断する人は、足を踏み入れない世界かと
思います。わたしの周りでもたくさんおいでです。

おもえば、この壁は、低くないかもしれません。人は善意であるというつもりで、
挨拶を交わし答えてもいくのは、10年以上前にはあまり考えにくいことだった
と思います。きっとごく一部の限られた積極的な、社交を厭わない方々の
独壇場だった。

引っ込み思案なわたしが、今は地域SNSに本腰を入れて裏方として5年目の運営
に入り、そのほか、複数のホームページを管理しているのですが、個人的感想を
述べれば、あるマナーを守り、マナーにのっとったメッセージを発信している分には、
ICTはとても便利で快適、ためになる、と結論できます。

でも、やるやらないの分かれ目は解消できないと思います。ですから、いずれ、
フェースブックに交流のツールは奪われる、などという感じもわたしはしません。
わたしが交信している多くの人は、E-MAILで足りているひとであり、あるいは
地域SNSが好きな人、MLで十分という人など多様で、結局、一つのツールに
絞り込むことができない。

これって、最大公約数的なもの=e-mailあるいは携帯などが滅びないということ
ではないか。30年もしたらどうなるかは予想できませんが、すくなくとも、
コミュニカティブなこれらのツールに背を向けた日常も厳然としてある、というのは
重要だと思います。
雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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山仕事が哲学させる  林とこころ

日本森林保健学会の北海道セミナーが植苗病院であったので、
http://www.forest-humanhealth.com/hokkaido.pdf

苫東ウッディーズの山仕事は午前中、いつもの大島山林から植苗病院の保育支援に振り替えて、午後は、作業服を着替えて病院2階の学会のセミナーに総勢5人で参加。テーマは「森で子供が花開くために」。

予想以上の盛況で30名。森林が心身の健康、特にこころの成長や情操に欠かせない、ということを新たに発見された幼稚園園長先生、小学校の先生の報告を聞く。冒頭には、いち早く取り組んだというドイツなどの事例を東京農大の上原巌さんが基調報告されました。

教育、環境、コミュニティ、心の病、若者の独りへの恐怖性向、モンスターペアレントと
クレーマー社会…。子供たちの、いや大人も含めての話になるのですが、成長を阻んだり
ゆがめたりするいろいろな壁がある、と思いつつお聞きしました。

で、かつて欧州と日本の人々の森とのかかわりに関するアンケート結果では、どうも
日本人の法がドイツやフランスの市民よりも、かかわりがずっと薄いものが示されました。
極端に言えば、欧州では、森に行って悩み事を解決してくる、みたいな表現が出て
来ます。

また、あつフランスの学者は、大人が子供に対してやってあげるべきことはたったひとつ、
好きになるまで連れて行って挙げることだと結論付けました。


しかし、日本文化が森や里山の恵みに気づかなかったわけではなく、自然や林と付き合う精神風土があるところで寸断されているのだと思います。寸断した力はなにか。そこには教育の舵きり、教育へのバイアスがあると思う。この議論は難しいですが、日本が危機に至ったときなどに世論の成熟という形で乗り越えるべきことかもしれません。(それが今だ、という人と、いやいや、まだ先だと言う人がいるでしょうけど。)

それは「尊厳」というものの軽視と、言葉の自然保護への過度の傾斜が原因ではないかと思います。身近な自然の場に光りをあて子供を連れて行き、大木や神社や高い山を経験させ、祖父母ともよく付き合い、手仕事の気持ちよさを繰り返し体験する…。

 雑木林をプレイパークにしていくコモンズのささやかな営みは、その一部に関与するということになります。NPOはそんなミッションを秘めているわけですが、そんなこんなをイメージしながら、愚直に「やまご」に徹する。しかし、なんというんでしょう、
わたしたちの作業と懇談を聞いていれば、なんだか「哲学するヤマゴ」みたいな面があると
思うのですがいかがでしょう。山仕事が哲学させる、そんな感じ。クリックすると元のサイズで表示します
雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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ボランティア活動とリスクの覚悟  林とこころ

表のホームページにも書きましたが、先週の山仕事で間一髪の
危険な目にあいました。山仕事では普通、@チェンソーが持っている危険、
A重量があり倒れる立ち木を扱うことの危険、それとBその他スズメバチなど自然の
もたらす危険、そしてもうひとつC先日の銃猟事故のような人為的な危険が
あります。

先週のそれは1番目。で、ぎりぎり、自分の覚悟はどうかと言えば、危険が
@であれAであれ、自分の選択した作業で傷害をおったのだから、自分の
責任であり、自分の保険で治療するだけだと思っています。ひょっとしたら、
仕事を休職したり、やめたり、あるいは命を落とすことになるかもしれない…。
それでも、自分のしたいことをやって死んだのだから、本望だ、と。

つまり、そうならないように注意してやるけれど、起きたら仕方がない、と思っています。

が、世の訴訟はそうはならないで、誰か加害者を探していく。責任者に損害賠償を
求めていく。今回、現場の責任者はわたしだということになりますが、これが
別の方が責任者であってわたしが事故を起こしたとしたらどうか。わたしは
チェンソーを扱う以上、責任者は常に自分だ、と思う。そう思えない人は
チェンソーを扱うのはやめたほうが良いでしょう。しかし、それはわたしが
思っているだけではナンセンスであることははっきりしています。

また、もしわたしが責任者で、一緒の方が事故を起こした場合、どうなるかは
わかりません。責任は自己責任と申し合わせたつもりでも、知らなかったと
いわれればそれまでだからです。争うことになるかもしれません。

ということはお互いに「確認書」まで書き交わす必要があることになります。
今、ホームページの片隅に書いているようではいけない。アリバイにもならないかも。
これは早速ペーパーを用意してみよう。
今、作業しているメンバーはすでに承知のうえで、自分だけの保険も入っておられるから
問題はないのですが、念を入れて考えてみようと思います。

一方、ボランティア活動の保険は、毎回参加のつど、加入を原則にしているのですが、
何となく3名以上の場合にしているので先週の2人予定の場合は加入しなかった。
そんなムラも出てきます。むらっけは保険料の無駄を考えてのことですが、
二人でもかけるべきか、独りはどうか…。主催者が認めた場合、に該当するのか
しないのか、など。線引きは複数以上か、単独もありか…(マヨウ

2番目の危険はほかにもいつもあります。手首くらいの太さの枝が落ちてくることも
ありますし、係り木がなにかの拍子で倒れてくることもある。Bは可能性あり。
Cも。

甘かった点は、こうしてネット上でくどくど反省して、いずれ、現場の運営委員会で
議論(=立ち話)をしようと思います。運営する人を核にして、そこに
ぶら下がる人たちがでてくるのが組織。これを機会にこんな外堀も埋めねば。

以上、独り言でした。これは掲示板にも乗せよう。
(写真は先週「山仕事は楽しくやりがいに満ちるが…」)

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雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
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日本版コモンズ闘争のドキュメント映画「こつなぎ」  土地の魂

昨夜、ドキュメンタリー映画「こつなぎ」をみました。土門拳の静止画を動画にしたような生活景に目を見張ります。が、何と言っても、共有地の権利を奪われてしまった農民の、4世代にもわたる団結と法廷闘争の迫力。

http://www.youtube.com/watch?v=hfOaPO8N8A4

上映は札幌北区のフェアトレードショップ「みんたる」でだったのですが、映画のあと、北大でコモンズの研究をしている宮内慶介教授が「こつなぎ」とコモンズを解説。東京から制作者の菊地文代さんもいらして、臨場感が増幅されました。

菊地さんは、高邁な製作意図よりもまず、多くの方が撮りためた映像が散逸するのを避けたかったと語る、とてもオーラのある80歳を超えた女性でした。そこに紡がれて描かれたのは、昭和30年頃の東北は岩手の赤貧のコミュニティの素顔でもあります。you tubeで懐かしさをo覚える方もあるいはいらっしゃるかも。こちらの長いほうはもっとかも。

http://www.youtube.com/watch?v=sa5rtVmCFew

土地、所有権、コミュニティ、つながり。現在の大きな問題を凝縮したようなひとときだった。最終電車で帰宅。

*画像はNPOが保育を手がけているコミュニティ・フォレスト大島山林。これをちょっと、現代の「こつなぎ」につなげて考えて見ることもできます。
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