絶望の中の希望  社会

大惨事になってしまいました。日本という風土の定めというにはあまりにも大きな
代償です。亡くなった方、行方不明の方々、そして避難生活を送られている26万人の
方々、奔走されている方々の活動状況を知るにつけ、頭がさがります。
朝の冥想の時間を心持、長くするようにしました。

原発事故も含む今回の惨事は、かつてなくメディア以外の情報が得られました。もはや既存メディアで真相は見えてこないのではないかとさえ、思われたのは、はじめての経験でした。これはチュニジアやエジプトの国民運動と共通したものなのでしょう。

情報とは別に、日本人の姿勢が海外から注目されています。なぜ日本ではこのような惨事でもパニックにならないか、なぜ外国のような略奪などが発生しないのか、なぜかくも落ち着いた動きができるのか…。

ニューヨークタイムスに村上龍が寄稿した文に世界が注目し涙しているとも聞きます。ホテルでのゆれを体験したあとにこう書いています。
(原文www.nytimes.com/2011/03/17/opinion/17Murakami.html)

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「…日本人は元来“集団”のルールを信頼し、逆境においては、速やかに協力体制を組織することに優れているといわれてきた。それがいま証明されている。勇猛果敢な復興および救助活動は休みなく続けられ、略奪も起きていない。
しかし集団の目の届かないところでは、我々は自己中心になる。まるで体制に反逆するかのように。そしてそれは実際に起こっている。米やパン、水といった必需品がスーパーの棚から消えた。ガソリンスタンドは枯渇状態だ。品薄状態へのパニックが一時的な買いだめを引き起こしている。集団への忠誠心は試練のときを迎えている。

現時点での最大の不安は福島の原発だ。情報は混乱し、相違している。スリーマイル島の事故より悪い状態だがチェルノブイリよりはましだという説もあれば、放射線ヨードを含んだ風が東京に飛んできているので屋内退避してヨウ素を含む海藻を食べれば放射能の吸収度が抑えられるという説もある。そして、アメリカの友人は西へ逃げろと忠告してきた。

東京を離れる人も多いが、残る人も多い。彼らは「仕事があるから」という。「友達もいるし、ペットもいる」、他にも「チェルノブイリのような壊滅的な状態になっても、福島は東京から170マイルも離れているから大丈夫だ」という人もいる。

私の両親は東京より西にある九州にいるが、私はそこに避難するつもりはない。家族や友人、被災した人々とここに残りたい。残って、彼らを勇気づけたい。彼らが私に勇気をくれているように。

今この時点で、私は新宿のホテルの一室で決心したスタンスを守るつもりでいる。私よりも専門知識の高いソースからの発表、特にインターネットで読んだ科学者や医者、技術者の情報を信じる。彼らの意見や分析はニュースではあまり取り上げられないが、情報は冷静かつ客観的で、正確であり、なによりも信じるに値する。

私が10年前に書いた小説には、中学生が国会でスピーチする場面がある。「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」と。

今は逆のことが起きている。避難所では食料、水、薬品不足が深刻化している。東京も物や電力が不足している。生活そのものが脅かされており、政府や電力会社は対応が遅れている。

だが、全てを失った日本が得たものは、希望だ。大地震と津波は、私たちの仲間と資源を根こそぎ奪っていった。だが、富に心を奪われていた我々のなかに希望の種を植え付けた。だから私は信じていく。」 

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10年前に読んだ「希望の国のエクソダス」を思い出しました。中学生のネット革命が
テーマでした。そして希望の国を「ノホロ」という場所に気づきます。一種のエコタウンと
コンパクトシティを合わせ、地域通貨などコミュニティ生活にプラスとなるさまざまなものを盛り込んだ理想の地。場所は野幌を想定しているようでした。希望の国の建設へ、そんな
気を持ち始めている方はきっと多いのではないでしょうか。

雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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