林の風景づくり  林とこころ

いよいよ、雑草の刈り払いが始まった。草を刈るという行為は、3Kの単なる労働のように見えますが、それはアタマでっかちの一面的見方。除草の作業は、実は究極のガーデニングであり、運動であり、そのまた深いところでは行動的瞑想であります。

わたしは一冊の本を読むのと同じように、除草を薦めたいし、事実、わたしはそのバランスに重きをおきたい感じがします。

冬の間伐ももちろんスケールの大きな風景作りだから、わたしたちは一年中、勇払原野の一角でガーデニングをしていることになる。繁茂する植生を懸命に抑えつつ、再利用していくサイクルは、なんというか、持続可能な現代の里のくらしを、方法を代えて追体験しているような気がします。

このところ、こんな悠長な週末を送っていますと、とてもITの平成の時代に生きている感覚とは違うものを味わうことになります。これは落ちこぼれているのか、進んでいるのか、
よくわかりませんが、少なくとも、人間的であることは間違いないみたいです。

ただ、人間的であることはすでに遅れていることだ、という見方もあるかもしれませんが(爆クリックすると元のサイズで表示します



雑木林&庭づくり研究室
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NPO法人苫東環境コモンズ
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