担い手の不均衡  社会

先週の中日、札幌で行われた有料で参加するフォーラムの、最後のワークショップでファシリテータをして気づいたこと。
(フォーラムは環境・森林系で全道から行政含め80人が参加)

1.地方には森をつくるという現場NPOはほとんどいない
2.だが、こんなNPOを支援する中間組織が札幌にたくさんある
3.中間組織がまだ各地の担い手をつなげていない

札幌の中間組織は、つまるところ、ソーシャル・キャピタルのように都市に
蓄積された特典にも見えますが、情報やネットワークに恵まれた都市だからこそ、
とも言えましょう。

各種助成などにしっかり反応したグループがいち早くNPOなどを立ち上げ、
時にはそのマネージメントは事業型NPOの足しにもなるのかもしれません。

一方、手仕事の現場は、人気がない、というより人数の絶対数が足りない。
嗜好の多様性ゆえ、でありましょうか。現場こそ手応え十分なフィールドなのに
残念なことです。住んでいる地域の足しになるアクションを起こす満足は、
格別なものがあると言いますし、事実わたしもそう感じてきました。

都市でも地方の各地でも、身近な自然、たとえば町内の裏山などとなると
改善の糸口が見えない。地方の「豊かな自然」は、量だけで、名ばかりになって
しまっている。林業がないからで、また木材を利用する工夫もできていないから
です。その点、下川町は隣地の残材を100kg500円で買い取っていることを聞き、
ちょっと驚きました。

なにか、現場と中間支援のつなぎ手の構図を考えさせるフォーラムでした。

英国のBTCVが、担い手の教育、職業訓練を、このような欠如を補うシステムとして機能していることを知ったのは20年前。北海道の環境ボランティアの出口は、こんなところ、つまり教育プログラムを行政よりてっとりばやく作ってしまう、というあたりにもあるのではないか、という気もしました。

雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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札幌の厚別モデル  林とこころ

先週の金曜日18日は、午後、計画行政学会の支部会の発表会があって、「人とつながりのアンケート」結果について30分発表しました。アンケートは盛りだくさんなので、一言では言えないのですが、土地への愛着、生活満足、定住の意志はとても関心の高いところ。道内10箇所で、約1200件の回収、回収の率は55%、昨年夏の実施です。
http://hkk.or.jp/kenkyusho/file/report_20110301.pdf

発表する際に、個人的に大変興味を持っていたのは、札幌青葉です。お気に入りトップの「交通の便」と3番の「生活の利便」の間の2番目に、「豊かな自然環境」が挙げられているのですが、ここで指摘、想定されている自然環境というのは、恐らく面積2000haの身近な野幌森林公園ではないかと推測したのです。

ヨーロッパの都市を魅力的に見せている要素に約2000haから5000haに及ぶ大規模な都市林(ウィーンの森は12万haと別格ですが)があってこれが市民に高く支持されている訳です。アメニティの元にもなっている。その同じ構図が、実は札幌青葉のお気に入り、に現れているのではないか。

さらに、そこでいう森林というのは、実は手つかずの、放置された緑、つまり「あればいい」という存在効果ではなく、野幌森林公園あるいは欧州のような、管理されて美的で、かつ人を呼び込むソフトもある都市林だ、という点が見え隠れしている、とわたしは考えています。

青葉地区の地域の環境は「自然と交通利便のミックスタイプ」というモデルじゃないかということができますが、いみじくも、作家の村上龍が10年ほど前に描いた『希望の国のエクソダス』では、若者たちが地域通貨などを駆使した理想的なエコタウンを建設していくのです。その想定地が野幌の周辺だった、というのも今になってみると、偶然にしてはできすぎている…。思い出して、ちょっと驚きました。

雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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マスコミと地域活動  林とこころ

ホームページの「雑木林だより69」では、些細な1 馬力でも、
十分意味があることに思いをいたした。おとといの11/4、当NPOのことが
地元紙の結構いい場所に紹介され、その際にまた、決して華々しくない天邪鬼な
感想を抱いた。すなわち、
「新聞などに取り上げられなくても十分満足な営みは存在する」
「お金が上手く循環するNPOでありたい」

http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/aigo4-69.html

そうなのだ、マスコミなどの評価を活動の価値尺度にしてしまうと、
たいていの地味な活動はネガティブな気分になってしまうほど報道などされないのだ。
だから、マスコミに取り上げられず、大きな事業収入などないけれど
身の丈で上手く回っている…、そうでないといけない。

新聞や雑誌、レポートに結構取り扱ってもらってきた当方の雑木林の手入れだが、
わずか数人がどこかでしっかり評価していてくれている、という実感の方が力になる。
かりそめに、よそから褒め言葉めいたことが全く届かなくても
山仕事は、したたかに風景に現れる。そして関わった人とのつながりが記憶される。

それでいいのではないか、という気がする。
それだけで、十分な気がする。
(画像は、コミュティ・フォレストの新しい路づくり)
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NPO法人苫東環境コモンズ
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