ローテクと単純作業  林とこころ

ある施設からシイタケとナメコのほだ木がほしいというリクエストがきて、

山仕事で発生した材を用立てしました。水曜日にきた電話にたまたま間伐の

作業予定があったのを充当。直径12,13cmをアベレージに細めを集めて

1週間後にお裾分け。



材を集めたのは斜面下、札幌に運ぶトラックは斜面上。

そこで、伝統的な手作業「手渡し」を展開です。

人間バンバも厭わない当グループですが、この日もなんともちょっと

気恥ずかしいローテクです。いまどき、手渡しのローテクなんて…。



しかしながらこのローテク、実は抜群の人気作業なのです。

しゃべりながら、作業しつつ笑みが漏れます。青年も

冗談を飛ばしながら一緒でした。なんとも、この感覚。



ハイテクにはいつもお世話になっていますが、最大公約数的な

こんな手仕事に、人間はかなり和むようだとわたしは見ています。



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雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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ヨガと不立文字(ふりゅうもんじ)  林とこころ

先生方との先週の会合で、アイヌの人たちはなぜ文字を使わなかったのか、という話になりました。社会学のテーマの会合だったから、コミュニティの大きさとかコミュニケーションの必要性に話が及んでいきました。

わたしはヨガの教えの中に「文字では伝えることのできない悟り」の世界は、文字ではなく自ら体験してでないと伝わらない、という不立文字という考えがあったことを思い出しました。

不立文字は、禅宗の達磨の著作に出てくると書いてあるものがありますが、さらにそのもととなるヨガに起源を求めた方が、呼吸や身体をほぐしていくヨガ・アサナとの関連まで読み取れて、理解としては都合がいいとわたしは考えています。自分の健康は自分の健康法を実践して初めて気づいていくと言うそのことと関係してきます。つまり本当の医者は自分しかいない、と。

アイヌやピグミーなど狩猟民族は、動物に気づかれない独特の呼吸法を使い、獣に近づくので、呼吸法ができていない人間は獲物がない、と言う話を聞いたことがあります。呼吸が乱れている人間=悪い人間、とでもなりそうですが、それもどこかあたってるなあ、と思えたものです。

不立文字の世界とは、身近な師に型だけ習い見よう見まねで自分で体得していくものかもしれません。これはヨガ・アサナや瞑想を毎朝自分でしながら、ようやくわかってきた自分自身のことでもあります。

テクノロジーとそれを支えるサイエンスは、原理やメソッドを言葉で蓄積して人類は今日の文明をここまで築いてきました。しかし、人間のこころや人となりについては、どうも数千年前の人より進歩したと言えるのか怪しいところにも一端がありそうです。これは結構おもたい話ではあります。人としての進歩は自ら学び体得するしかない。そして、それでいいのだ、一生が学びなのだから。



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