日本の構想  林とこころ

この1週間は猛烈に本を読みました。広井良典「人口減少社会という希望」、小玉重夫「学力幻想」、阿部真大「地方にこもる若者たち」、藻谷浩介ほか「里山資本主義」。

このうち「希望」と「里山」は、日本のこれからの方向を構想するうえで重要な骨太な提案が含まれていたと思います。

まず、「希望」では、おなじみの定常型社会を基軸にして持論が展開されますが、どうやら日本は小さな政府と新自由主義経済を標榜する米国モデルの追従とは明確におさらばし、相互に助け合う欧州中北部の社会モデルに意識的に舵を切っていいのではないかという思いを強くしました。米国から欧州モデルへ。これは今、国民の少なからざる合意にかわってきたのではないでしょうか。


一方、「里山」は都会人がよく語った、できもしないノスタルジックな願望とは一線を画した提案で、以前から注目してきた不思議な中国山地の、人と自然のエネルギーの秘密を伺い知ることができました。

2章で紹介されている森林利用とかオーストリアの木質バイオマスを活用したエネルギー自給のシステムは、すでに岡山県の西粟倉村や北海道の下川町が踏み出していることに似ています。

特に下川は、森林が多い自治体が地域資源を利用して木材加工を手がけ、木材の生産過程で出てくるバイオ資源をエネルギーに転換するという、一見ありふれたながれですが、このシステムのインフラは今季のいる、かなりなしなやかな対応が求められるものです。外部からのエネルギー供給(購入)に頼らない、マネーに依存しないサブシステムをつくる、ということになるのでしょうか。

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15年近くも前にドイツとフランス、そしてデンマーク、フィンランドなど北欧の地域熱供給システムを視察したときの彼我の格差の発見と驚きを思い出します。「これからの理想はこれだ」と直感したものです。

これを日本や北海道で進めることは、社会変革を伴う革命的なインフラと同じだと思った次第ですが、当時、あの驚きを幾つかのプランにして提案したのですが、やはりほとんどまわりの反応は得られませんでした。その壁も調べてみましたが、気の遠くなるような制度上の制限があるのでした。


「里山資本主義」は、困難なその国内の実践モデルをようやく紹介している印象です。それを里山というやや情緒的にもなってしまった言葉に託したのが本当によかったのか。むしろ「地域エネルギー自給」とでもいうような直截な表現にした方が、原発からの段階的離脱までを現実的に描ききることができたのではないか。

また、いずれの著作も「コミュニティ」への視線が濃厚で、もっとも力が入っているといえます。とりわけ藻谷氏はコジェネ(地域熱供給)を体系化した新しいタウンモデルのスマートシティが目指すものを、コミュニティの復活だ、と位置づけているから、文字面ではなんら新しさが感じられないものになりかねないのがやや残念な気がしました。

しかし、思えばこれは幾度となく提案された理想像だったのかもしれません。だから、ローカルな実践をもう一度つぶさに横目でにらみつつ追っていくと、文字では見えてこない別の文脈が見えてくる。そしてそれはわたしなどが今関わっている地域再生の議論とも、とても親和性が高いということがわかります。しっかりした国の構想が求められる今、いろいろな議論が起き、もっとも納得のいきそうな構想がみえてくればしめたものですが。

構想はまずローカルな実践がモデル化されて、広がる。そういう道筋をとつのではないか。特に日本では。

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雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
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タグ: 社会 里山 経済

中高年のアウトドア、とりわけ、釣り  北海道と自然

北海道のGWに相当する今回の3連休に、近くにフライに出かけ、大きなたんこぶを作って
帰ってきました。いろいろなことを考えさせられますが、ひとつは、幼少からみんなが
慣れ親しんだ「たんこぶ」のこと。もうひとつは中高年の体力・バランス低下とアウトドアライフの向き合い方。

「たんこぶ」はぶつけたときからアレヨアレヨと言う間に腫れて来たので、午後、病院に行ったのですがレントゲンなどの結果から、いわゆる正真正銘の「たんこぶ」と判明。重力でこれから血が下に下りるので、目の辺りにクマができやがて黄色に変わって消えるだろうとのこと(外科医)。翌日、まさにその通りに進行中。

次に、ことの顛末を簡単に書きましょう。

当方は、初日は山仕事、中日、自宅で雑務(家を出ず)、3日目は白老にて、久々のフライフィッシングのロッドを出しました。大小3匹のヤマメを釣って一つ目の川は終わり。大は17cmありましたからわたしはこれで十分です。魚のサイズに合わせて、釣る道具をミニサイズ(ライトタックル)にしていくのです。この日は#2という軽いラインとロッド。

ただ2本目の川の河原でバランスを崩して転び、額を打って人生これまでにない、大きなたんこぶができたのです。みるみる腫れあがってしまいました。鏡がないのでデジカメで自分の顔を撮って、我ながら「こりゃあ、大変」。支笏湖もはしごする予定だったのを取りやめて、ロッドをしまって帰宅、午後おもむろに病院へ。

中高年のしばらくぶりのアウトドアは限界を知らされる日々でもあります。シーズンの節目に来る同年輩以上のフライフィッシャーたちの釣行短信では、渡渉時に専用の杖を用いているとか、九死に一生を得たとか、針の穴が見えないとか、兎に角、武勇伝に翳りが出てきているのは事実です。中には魚はイカをはじめほぼ釣りで自給しているトンデモナイ人も居ますが、この方は例外にしておきましょう。

で、わたしがなんとかやっていられるのは、メガネに取り付けた点眼鏡のおかげ(写真)。これなしでは針の穴に糸が通りません。(-_-;) ちなみに家内は、ここぞとばかり、わたしのアウトドア全般へのブレーキを提案し、一方でお岩さんのようになったおでこを見て何回か爆笑。

しかしわたしは思うのです。小さなケガで萎縮してしまうと、さらに大きなケガにあうのではないか。こういうときこそ逆療法、精進してアウトドアにまい進すべきではないのか、、と。

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