こころへのネガティブな波動  林とこころ

本州にすむ若い巫女さんのブログで、なぜ美人が薄命なのかについての一説を

知ってから、それはありうる、と信じるようになりました。美人が薄命なのは、

「周りの女性からのねたみ、そねみの波動のせいだ」と。


人間には時にして逆風が吹きます。ずっと吹きっぱなしと言うことも

あります。耐えて時間と供に越えるのが多そうですが、このごろは、

避けがたい逆風のようなものには、距離を置く、離れる、逃げる、と言う

方法をとりたいとも思うようになりました。



誤解であれなんであれ、ウラミをもった方の形相や言動は何かを

発しており、シャワーのように降り注ぐようだ。それならそれを避ける

のもいいんじゃないの?、と。



そこにある、呪いのような、ネガティブなものからある種の波動を

感じるのなら、しばし離れるのがよろしい、と素直に思うのです。



浄化とはよくいったものです。心身を浄化するなんてできそうに

ありませんが、朝日はその力がある。今年、わたしの住む街では

精神疾患が多く、どうもそれは天候のせいのようだと知人の精神化のお医者

さんがおっしゃいます。冬期うつのようなものでしょうか。ありうることだ

と思います。マジで。それほど不安定で暗い朝ばかりでした(^_^;)



雑木林&庭づくり研究室
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NPO法人苫東環境コモンズ
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タグ: こころ 波動 浄化

木の底力、実感  林とこころ

アメダスの雨雲をみると、強い雨はなさそうだったので、雑木林の小屋に

出かけて、作りかけのロケットストーブを完成させて火入れをした。

驚きの火力を実感した。まさに驚きであり、家で使っている大きな中華な

べを持参して料理をしたくなったのだった。



熱エネルギーは経済の源。里山資本主義の根っこにあるこの樹木の資

源を馬鹿にしてはいけない、とつくづく思う。写真のこの炎はまだカラマツの枝に着火

した直後ですでにこれだけだ。カーボン、空気、つまるところ木の底力、潜在力にしみじみ

感動してしまった。公園などで枝を拾ってくればその日の食事など

たやすくできるわけだ、しかも「ただ」で。ただ、エコは現代人にかなりヤセガマンを

求める。これに現代人は耐えられない。原発はそのニーズと無縁ではない。




客観的には煙もにおいもほとんどでないから、住宅地でも使えるかも。

問題はコトコト煮るものの火力調整か。ちなみにオイル入りのペール缶を

ただで調達できれば材料費は2500円ほどだった。クリックすると元のサイズで表示します
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ラジオ体操の歌詞を読む  土地の魂

小学校が夏休みの朝は、6時半からラジオ体操の歌と掛け声が
聞こえてきます。今日、何気なく歌詞を口ずさんでみると、なんと
実にいい。

しかし、「新しい朝が来た 希望の朝だ よろこびに胸をひらけ 青空
仰げ・・・・」 まてよ、苫小牧や釧路のように毎朝霧がかかっているような
ところは救えないではないか。本州の梅雨時などどうする?厚い雲の上は太陽と青空だから、「宇宙」がいいのではないか・・・。

そんなことを考えて歌詞を調べると本当はこうだった。↓

*******

新しい朝が来た 希望の朝だ
喜びに胸を開け 大空あおげ
ラジオの声に 健(すこ)やかな胸を
この香る風に 開けよ
それ 一 二 三

新しい朝のもと 輝く緑
さわやかに手足伸ばせ 土踏みしめよ
ラジオとともに 健やかな手足
この広い土に伸ばせよ
それ 一 二 三

*******

そ、青空ではなく、ちゃんと「おおぞら」(宙かな)となっていた。
さすが考え抜かれている。と、作詞作曲者を見ると、
「藤浦洸作詞・藤山一郎作曲」。藤浦洸さんと言えば、50年ほどまえ
だったでしょうか、人気の高いラジオ番組に「はなしの泉」というのが
あって、そこに名レギュラーだったのではないかなあ。
渡辺紳一郎氏などと一緒に出ていたような記憶が蘇ってきました。
ギョ、半世紀前だ。

わたしが驚いたのはこの歌詞全体のよさ。人間の日常は煩悩も
多く時には怒り悲しみ落胆、さまざまな傷も負う。凡人は世間の
汚穢にまみれるもの。朝は、それを毎日必ずリセットするチャンスを
くれる。汚穢にマヒした心をニュートラルにしてくれる。そんな朝のオーラに
身を任せるマジナイがこの歌の意味、だろうとわたしは思った。

そう、動かしながらやるヨガ・アーサナ。空に向かい、土に向かえ、という
あたりは気功に似ている。


そっかあ、そういう祈りもあったのか。そう思って探してみると、こんな、
ややスピリチャルなブログとであったのでした。
http://denhichi.blog105.fc2.com/blog-entry-169.html


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