里山での気づき  林とこころ

「森羅万象のなかで人は生かされているが

自然、とりわけ動物と植物、つまり野生の生き物と身近に生きることを

人は避けてきた

その意味を齢60を超えてようやくすこしわかった気がする

好むと好まざるとに関わらず

積極的にときにネガティブに

それを都合よくまとめたのが都市だった

だもの、都市から離れられないワケダ」

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ホームページの『雑木林だより』に最近の思いを綴ってみた(上)。常日頃、
実に軽薄な言葉をなまはんかな気分で書いていることを反省し、一語一語、
ちょっとだけ吟味してみると、言葉の意味発信力が随分変わるものだと驚く。

http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/aigo4-81.html

先日、あるSNSにはこんなこと(下)を書いた。このごろの小さな気づきを
胸に温めながら何日かをすごし、再び、フィールドに出てみると、
小さな気づきの縦横斜めにまた、ちいさなコブのような発見がくっつく。

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「自然や里山などというイメージへの憧れと、実際の本音の嗜好との落差。つまりなくてはならないなどとはさほど思っていないのではないか?はたまた行政の施策にはほとんど魂は入ってこない。今に始まったことではありませんが、これはどう埋めたものでしょうか。もし、これが上手くいかなかったら何が問題なのか。正解はわかりませんが、わたしの直感は病気、とりわけ精神的な疾患あるいは不調です。

(ホームページの雑木林だよりで)ミドリちゃんと呼ぶ爬虫類と里山の小屋の関係シリーズを執拗に問いかけてきたのも、実はそんな理由でした。

で、昨日、帯広のあるナチュラリストの方から、facebookに「帯広の森にはまだ爬虫類が確認されていない」、というメッセージが来ました。なんと!!

もしそうだとすると、生物の生きる場としての歴史と、作られた緑地の潜在力の浅い差を思い知るような気がしています。人工的な自然は作れても爬虫類が棲む環境なんてそう簡単に創れない??これは痛快、そして面白い!

合理主義の勝ち誇った「北海道」のモデルである帯広、そしてそこの高名な人工の森、そこにはある種、おどろおどろしいものが存在できないのか?

なにか、とても意味の深い問題提起ではないでしょうか?


(写真は今年5匹目の抜け殻。昨日さらに2つ、ベランダの梁で発見)

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雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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タグ: 里山 生物 都市




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