イヤシロチに変える  林とこころ

NPOの今年の研修は白老のHさんの森にしました。

Hさんは定年間際に4ヘクタールの林を買ってざっと20年弱。

道をつくり、林を手入れし、コンテナの家を改造し、

薪をつくり、自然浄化の水洗トイレと五右衛門風呂をつくり

ブルの小屋も薪小屋も自分で建てて、

冬、間伐した材を斜面下の沢筋に運んでブルで集材し、

切って割って積み、夏はひたすら、草を刈って心地よい

場を作って、子供たちや友人知人が集います。



案内されて間もなく、尾根筋の中心にたつと、そこは

胸の膨らむイヤシロチでした。またの名をパワースポット。

そう感じたままをHさんにいうと、うれしそうな<顔で、

「そうなんですよ」とおっしゃる。



山林として決して広くはないが、この、なんの報酬も求めない

手仕事の自己満足は、人生を賭けるに十分値する。



林をカスタマイズするというこのモデルは、今や蚊がいない。

セカンドハウスは今、本宅に代わりそうだと言っていた。

精魂をこめた場づくりは排他的な自己満足でなく、環境を

作るとは何かを教えます。敷衍して、公園とは何か、森づくりとは

なにかを無言で諭されているような気にもなります。 クリックすると元のサイズで表示します
雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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歴史を語る人は紳士的であらねば  社会


歴史を語ろうとする人はまず紳士的でなければならない。言葉使いひとつで歴史表現が

汚れやすいから。どうも乱暴な言葉が脈絡を乱してしまう。乱暴な言葉を慎み、

辛抱して丁寧に語らねばならないようだ。歴史に限らず真実を語ろうとするときも、

勤めて冷静に言葉を選んで相手に向き合わねばならない。無頓着で感情的な言葉の陰に

真実はかすんでしまうことがよくあるから・・・。歴史表現と議論の推移をみていて

つくづくそう感じるこのごろだ。


 確実な資料を探しあて初めて確信を得る、という貴重な流れを一冊の本で味わった。

高橋史朗著『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』

である。アメリカが日本人に「義眼」を埋め込んだとする一つ一つの占領時政策と

効果はすでに一部で言われてきたことだが、アメリカが保管してきて公開を

始めた占領期の資料を、30歳の著者が留学して探し当てる後段の描写は鬼気迫るもの

を感じた。探すものにたどり着けない焦燥の日々と突然の発見は、心情いかばかりかと

推察した。


 近・現代史を初めて意図的に学び始めて約半年、少しずつ、迷妄の霧が晴れていく。

レフトかライトか、というより真実はどの辺にあるのかと忍び寄って、左右の意見を

振り返るのはわたし個人にとってまったく新しい世界だ。少しずつ公開される歴史の

事実資料。それを読み解く著者のような地味な作業は、強力な支援のもとで進められ

ないものか。今、議論行きかう歴史認識にさおさし本来持つべき矜持にたどり着かせる

のは、このような事実の開陳と幅広く粘り強い発信に大きく委ねられているといえる

だろう。ただ、それらはマスコミは取り上げないだろうという点にも留意したい。



雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
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タグ: 歴史 アメリカ 占領




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