地域SNSの変遷  林とこころ

人口減少が進むだろう北海道の地域での実験SNS「どっとねっと」の変遷も
あっというまでした。mixi全盛のころに産声をあげた「どっと」は来月で満8年。
進化というのか盛衰というのか、めまぐるしい変化でした。世界のSNSそのものが
駆け足で変化してきた。ひょっとしたら、これは進化などとは呼べないものかもしれない。

で、どこへいくのか。

ツールが多数生まれて利用者が分散してきたので共有ツールが
必然的に必要になって、気づいてみると元をたどってメール、
あるいは携帯のSMS、ときにははがきも電話も。

一世を風靡しているFaceBookですが、FBに入らない人も少なからずいて、
これからもその気配はなさそうです。さんざん分散した挙句、
結局はケースバイケースで多種のツールを使い分けるというのが、
やはり現在の正解のようです。

ただ、ネットからの情報がいっぱいいっぱいのフル状態になってくると、
どうも反転して日常のリアルな生活の重みがわかってくるようだ。
どこかむなしいのである。生身の人と付き合うほうにぐんと魅せられ
見直しも進む・・・。かくして間口はさらに徐々に拡大したり狭まったり。
先は読みがたい。




と、8年の実験の間に、こんな報告書があったのを忘れていました。今は、むかし。

http://www.hkk.or.jp/kenkyusho/file/report_200805.html
http://www.hkk.or.jp/kenkyusho/file/report_201107.pdf


「どっとねっと」の軌跡Tの最後に引用したパットナムの下記の一文を見つけた。
どうやら俯瞰した解のような気がします。パットナムはソーシャル
キャピタルとインターネット社会も丁寧に読み解いていたと思い起こされます。

特に下のあたり。

>何か遠い世界の「バーチャル・コミュニティ」に幻惑されるのではなく、
>擦り切れ始めた現実のコミュニティという織物を強化するために、有
>望なこの高速で安価なコミュニケーションをどう利用できるだろうか。

そして最後の

>現代の市民的ジレンマが、コンピューター・コミュニケーションなしに
>解決されると想像することは難しい。

結構、まともなミッションをもって始めていたんですね。先達の整理が
こんな時大いに役立つ。(我ながら、爆



〜〜〜〜〜〜以下、「軌跡」の1末尾から。〜〜〜〜〜


「…最も重要な問題は、インターネットが人々に対して何を行うかではなく、
人々がインターネットを使って何をするか、である。いかにすれば、コンピュー
タ・コミュニケーションの持つ巨大な可能性を用いて、社会関係資本への投資を
より生産的なものにできるだろうか。この有望な技術を用いて、コミュニティの
絆を太くすることはどうしたら可能になるだろうか。社会的存在感、社会的
フィードバック、社会的手がかりを増加するための技術開発はどのようなもの
になるだろうか。

何か遠い世界の「バーチャル・コミュニティ」に幻惑されるのではなく、
擦り切れ始めた現実のコミュニティという織物を強化するために、有望な
この高速で安価なコミュニケーションをどう利用できるだろうか。すなわ
ち、いかにしたらインターネットを、解決策の一部となし得るだろうか?
世紀の変わり目において、コンピューター・コミュニケーションの領域に
おける最も刺激的な研究のいくつかは、こういった問題にまさしく目を向
けている。 (中略)今のところの結論としては、インターネットが、
伝統的な形態の社会関係資本における低下を自動的に補うということは
ないが、その十分な可能性はある、と言うものである。確かに、現代の
市民的ジレンマが、コンピューター・コミュニケーションなしに解決
されると想像することは難しい。」


雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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