歴史の正体  社会

遅まきながらの歴史の勉強が少しずつ進み、目から鱗の日々。
とりわけ今、学ぶべきと痛感するのはやはり大東亜戦争とそこに至る明治以降の日本、
そしてアメリカの「指導」よろしく仕組まれたプログラムに恭順してきた戦後史。
自虐史を正義とみる周辺の流れに抗い、歴史を正視するのは自分の殻を飛び出すような
行為に似ていることに気が付きもしました。

先日、清水馨八郎著「大東亜戦争の正体 〜それはアメリカの侵略戦争だった〜」を
読みました。いろいろわかりかけてきた大東亜戦争ですが、米国の出した洗脳プログラムと
メディアと教育の連携で染められた誤解を、敵国人が、これほど簡明に逆の真実を述べ、表現
したものは2度目。(一度目はマッカーサーの26年の米国の委員会での、日本の戦争は侵略でなく自衛だった、という証言でした。)

以下、引用。(ただし、文中、サンティン市長の名前に過誤があるようです)

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アムステルダム市長による日本擁護論 祥伝社黄金文庫 202p〜

 平成三年、日本の傷痍(しょうい)軍人会代表団が、大東亜戦争の対戦国であったオランダを訪問した折、同国の傷痍軍人代表とともに、首都アムステルダム市長主催の親善パーティに招待された。その時、同市のサンティン市長は歓迎の挨拶で、実に良心的に大東亜戦争の真実を語った。思いもよらぬ話に、日本の代表団は感激した。

「あなた方日本は、先の大戦で負けて、私どもオランダは勝ったのに、大敗しました。今、日本は世界一、二位を争う経済大国になりました。私たちオランダは、その間屈辱の連続でした。すなわち、勝ったはずなのに、貧乏国になりました。戦前はアジアに本国の三六倍もの面積の植民地インドネシアがあり、石油等の資源産物で、本国は栄耀栄華を極めていました。

 今のオランダは、日本の九州と同じ広さの本国だけになりました。あなた方日本は、アジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない、諸民族に大変迷惑をかけたと自分を蔑(さげず)み、ペコペコ謝罪していますが、これは間違いです。

 あなた方こそ、自ら血を流して東亜民族を解放し、救い出す、人類最高の良いことをしたのです。なぜなら、あなたの国の人々は過去の歴史の真実を目隠しされて、今次大戦の目先のことのみ取り上げ、あるいは洗脳されて、悪いことをしたと、自分で悪者になっているが、ここで歴史を振り返って、真相を見つめる必要があるでしょう。

 本当は私たち白人が悪いのです。一〇〇年も二〇〇年も前から、競って武力で東亜民族を征服し、自分の領土として勢力下にしました。植民地や属領にされて、永い問奴隷的に酷使されていた東亜諸民族を解放し、共に繁栄しようと、遠大にして崇高な理想を掲げて、大東亜共栄圏という旗印で立ち上がったのが、貴国日本だったはずでしょう。

 本当に悪いのは、侵略して、権力を振るっていた西欧人のほうです。日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現しました。すなわち日本軍は戦勝国のすべてを、東亜から追放して終わりました。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成しました。

 日本の功績は偉大です。血を流して戦ったあなた方こそ、最高の功労者です。自分を蔑むのを止めて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきです」


 参加者全員、思いがけない市長の発言に感動したのは言うまでもない。この市長のように、ヨーロッパの文化人や識者は、あの戦争は日本のほうが勝ち、攻めた白人たちのはうが負けて、虎の子の植民地から追い出され、西洋の古巣に戻されてしまったことを知っているからである。
 世界史的に大観すると、大東亜戦争はアジアが西洋に勝ったいくさであり、それはこの戦いをリードした唯一のアジア独立国・日本の功績にはかならない。「日本は負けて勝った」のである。アムステルダム市長のサンティン氏のように、ヨーロッパ人は東洋の日本に、謝罪し、反省し、感謝しなければならない。このような良心的な正論を吐く市長だから、彼はやがて、全国民に推されてオランダの国務大臣に選ばれたのである。

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いろいろな方にぜひお勧めしたい一冊でした。
雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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デリケートな日本の観光  北海道と自然

週の後半、観光庁が主催するDMOのシンポジウムに出てきました。

インバウンド関係施策は今、バブルっぽい規模の予算がついていますが、参加者の多くは30から40代であることもその辺に関係がありそう。
つまり、伸びしろの産業。

さてそのなかで注目した点がふたつ。

一つはハワイのDMOの原資と日本、特に注目の阿寒のDMO的
予算、原資の違い。年間1000万人前後をよぶハワイは実は20年ほど前からDMOによるち密な市場対策によるみたいで、その原資は、
宿泊税。(海外客の?)宿泊費の9%を表示なしで徴収し、年間
400億円の収益を出す。職員約30名で仕事する。調査は外注、
理事は無給のボラ、ただしCEOは年収4000万円程度らしい。

阿寒の大西社長らも息の長いDMOを立ち上げていますが、
入湯税を150円から100円アップしてその収入が5000万円とのこと。
この差は、ハワイの担当者は笑い話のような差だといいましたが、
これは簡単に良しあし評価できない現実。わたしはその努力と成果は
各々たいしたものだと思います。

二つ目は、JTBのUさんがふと漏らしたひとこと。「だいたい、
デリケートな日本の観光地が、そんな大量なインバウンドを
受け入れてはいけない」。こういう冷めた視点もだいじではないか、
と思います。

そこで思ったもうひとつ。昨年、歌登にお邪魔して、なにが
アジアの人に受けたのか、その片鱗を見たような気がしましたのが、
日本人の異文化への好奇心ともてなしのスピリットです。

これは明治のイザベラ・バードなどが指摘した日本人の天然の
好奇心と民度の高さとおなじ。(そのあたりは、渡辺京二著
「逝きし日の面影?」にくわしい)

日本の津々浦々にはつまりそれがあり、北大の留学生関連
セクションで今、その辺のアプローチが始まりました。
ちょっと関わってみたいと思います。

(2枚目の写真は、ハワイの島ごとの平和カラー。面白いと思いました)クリックすると元のサイズで表示します
雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
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