仰げば尊し  林とこころ

3月、弥生の声を聴くだけでなにか春のイメージになってくるから不思議です。

卒業式、送別会、マガンたちの渡り・・・。特に幼少のころ、とりわけ今から

半世紀以上前の中学校のことが思い出されてきます(半世紀・・・、すごいものです)。

あの頃、卒業式といえば、「仰げば尊し」でした。美しいハーモニーが忘れられない

だけでなく、個人的には歌詞も意味があった。

たくさんのハモる曲を教えてくれた(それこそ100曲以上)女性の音楽のS先生。

あれでわたしはハモるスキルが花開いた。必ず読書感想文を書かせて習慣化させて

くれた神主さんでもあったH先生、理科の授業で、子供たちに推論させおっかな

びっくりの仮説をださせ、「地球はそのものが磁石である」という事実に導いて

見せたM先生。


思い出せば、あの頃に習った学習習慣などが、半世紀もの間、自分の人生を

切り開く大切な道具として活躍してくれた。まさに教育者であった先生方に感謝の

気持ちでウルウルして来るのを禁じ得ない。

写真は、郷里山形の田園風景。正面はお寺の大ケヤキと杉の木立、その右は

秀峰・月山、その左には朝日連峰が続く。


*「仰げば尊し」の原曲は長い間不明とされてきましたが、米国の1871年のある
楽譜に原曲があったことがわかってきたようです。が、卒業式で歌われる歌は「贈る言葉」「さくら」などに変わってきたといいます。

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雑木林&庭づくり研究室
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日本と台湾  林とこころ

春分の日はお彼岸の中日で、先祖をおもんぱかる契機にするのだと言います。

普段考えたこともなかったのですが、彼岸という言葉は確かに仏教的な言葉そのもので、

墓を持つ人ならば早々にスコップをもって雪はねに行くのを思い出した。

夕方のニュースもそんな風景を描いていた。



その春分の日、ちょっと微熱があって終日養生していた。このところ、台湾の歴史に

関心を寄せていて、今日は熱でうすぼんやりしながら加瀬英明氏の同名の新書を

読んでいた。微熱の養生は、ちょうどよい、心穏やかさだ。



中に、終戦の日に台湾から引き揚げる日本兵数百人に対して、台湾の盲人が

呼びかけた言葉が紹介されていて、胸が詰まった。

「・・・私は台湾の一盲人であります。私は日本が私たち盲人にまで教育を

してくれたことを感謝しているものであります。みなさんは故国に帰ってから、

さぞ苦労されることと思いますが、台湾にはあなた方に感謝している盲人が

いることを忘れないでください。」


(台湾協会発行「台湾引上史ー昭和二十年終戦記録」から引用されている)。



日本は台湾を50年、朝鮮を35年統治していたわけだけれども、鉄道などの

インフラと教育とに国家予算を削って投資してきた。反日に凝り固まって

慰安婦像を設置するような動きにばかり目を見張っていると歴史を見誤る

ことを教えている。わたしは日本人の先人の精神とこころ配りに誇りを

持たざるを得ない。メディアと教育が取り上げてきた日本像とバイアスには

暗然とするが、日本の時代が来つつあることも一方で静かに予感している。




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