地域活動の後継者はいるのか  林とこころ

地域活動をしているNPOなどの団体にはよくアンケートが来て、レポートもいただきます。

そこにはしばしば、活動の悩みは何かという項目があり、答えとして「後継者がいない」

「活動資金が足りない」とするものが少なくありません。


苫東コモンズも後継者などは期待できませんが、所詮、継続する運命にはないと

割り切ってきました。立ち上げに2年をかけたころは、一人でしたし、高齢化して

徐々に前線から離脱するようになれば、いずれまた一人になりその前に活動は閉じる

かもしれません。あるいは一人で死ぬまでやっている可能性もゼロではありません。


気を楽にして来たのは、必要性を肌で感じ活動の動機がある人が自分で起こせば

よい、と思ってきたからです。最もやるべきで、やりやすい地点に立つ人が動けば

よいだけですが、仕組みができて共有されていないと、その人がいなくなった途端、

機能不全になるのは世の常。


それもまたごく自然の流れ。となれば、随流去(ずいりゅうこ)、流れに身を任せる

のが得策です。で、その前に一石を投じておくことがもしあるとすれば、地域モデル

になることです。地域モデルとは、誰からも中身が見え、賛同する人が多い

わかりやすい活動組織のこと。それは、ミッションが確然としていて、プレイヤーが

楽しくやっていること・・・。そうすれば延命の可能性が数%アップっするかも。


しかし、そうであっても、そうでなくとも、風土は残る。関われた幸せも消えない。

これで十分満足です。
雑木林&庭づくり研究室
http://hayashi-kokoro.com
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青年寄宿舎と勇払原野  林とこころ

40年以上前、札幌の植物園前の寄宿舎で、少しペーソスの漂う、悲喜こもごもの、貧しい学生生活を共にした友人らが、昨年の晩秋、小屋にやってきた。取り立ててもてなす品々はないけれども、安着祝いのあと、葉っぱの落ちた雑木林を歩いて、暗闇のなか焚火を囲んだ。雨の予報だったから覚悟していたが、あにはからんや、雨は昼過ぎに上がって夕焼けと星空を楽しんだ。

酒のさかなは、やはり共有した思い出である。学年ではわたしより1,2年若い友人だが、共同生活だから、通り一遍の付き合いでは知りえない個人の心のひだも少しは読めるような仲になる。この日来た一人は、この人間模様を小説に仕立てて、ある有名な作家が委員長を務める文学賞で受賞したほどである。その主人公は、なんと山に登っていた時代のわたしだった、という話をかつてどこかに書いた思い出がある。

青年寄宿舎の悲喜こもごもと、寄宿舎に寄せる思いは『宮部金吾と舎生たち〜青年寄宿舎107年の日誌に見る北大生〜』(2013年北大出版会)にまとめられたが、今回小屋に集った者たちは、この出版に先立つ2,3年前に、寮の存続と廃止を描いたドキュメンタリー『百吟フロンティア』に登場人物として昔を語り、作品は東北で開催される世界のドキュメンタリー映画祭に出品された。2005年の話である。

監督は熊本出身で当時早稲田大学の院生だっただろうか、若き遠山昇司君で、その後メキメキ力をつけ、海外のコンクールで入賞している。

このドキュメンタリーのBGMは、貧しさのあまり大事なギターを売って、代わりに手に入れた壊れかけたギターの演奏と弾き語りで、演奏者はナント、わたしである。この映画のための演奏ではなく、今回のO君が、わたしの演奏を学生時代にこっそりテープに採っていたもので、掃除をしていたら出てきたから草苅さんにあげるよ、という実話(手紙)から物語は始まっている。

そのあと、『森と水の庭・ウトナイ』というドキュメントにも出演した。勇払原野の映像には不思議に縁があるようだ。そのころ、『林とこころ』の出版もしているから、あれらは勇払原野の産土(うぶすな)の導きではなかったか、と密かに思っている。


(ある画像を探すために、雑木林だよりを眺めていたら移植のこの記録が出てきたので、
時系列では相前後しますが、アップしました。)


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