勤め人生活を終えて  林とこころ



この6月末で、44年3か月の勤め人生活を終え、給金を伴う仕事というもののシバリが消えた。
恨みがましくシバリという言葉を書く割りには、やりたいことをやらせてもらった幸せなサラリーマン人生だった。

終わってみれば、お陰様で、と感謝申し上げたい事が山のようにあり、それに引き換え、無思慮で恥じ入るべき所業も数知れなく思い出されるので、それはしばらく封印して回想の玉手箱に入れておくことにする。

そうして、いよいよ、人生最大の収穫期と言われる白秋期を、名実ともに生きていくことになった。歳を取った一年生の気分である。
これからは、これまで切れ切れにしか味わえなかった念願の時間を、大手を振って過ごすことになる。

が、幸か不幸か、時間ができたころに身体の機敏性や体力が落ち、不具合も多くなり、かつて入れ込んだ山登りはもちろんとうにやめ、2艘のカヌーは売りさばき、フライフィッシングのロッドも部屋の隅に何本もただ林立するだけでいつの間にか帽子掛けになった。激しい動的な営みは遠ざかった。

そうしていよいよ残されているのは、平地林徘徊のウラヤマニストの生活で、美しい雑木林をめざしつつ、そのゴールは薪ストーブのある暮らしになりそうだ。

たかが雑木林であり、薪であるが、それは半世紀前に始めた山の日々に体得した焚火の延長としてあり、「雑木林&薪」を丸ごと堪能する薪ストーブのある暮らしが、デンと構えている。これは若かりし頃、考えてもいなかったゴールデンタイムだ。

林を見定め、抜き切りする樹木を決め、寒気の静寂のなかでチェンソーを駆使し、丸太を作り、薪にしていく一連作業。
このローテクの作業のサイクルの中に、わが白秋期の要諦があるように見えている。

雑木林&庭づくり研究室
http://hayashi-kokoro.com
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