ボストンの緑と日本の緑  林とこころ

BSの世界街歩きの番組でボストンが映し出されていました。

欧州から新大陸が移民して、その一部はアパラチア山脈の東側に吹き溜まり

それがボストンだと聞いたことがあります。ソローの森の生活もボストンの郊外でした。

わたしがある時、期特に関心を寄せたのはボストンの緑地率でした。

1970年代の統計でボストン市民一人当たり45uとトップクラスで、

当時東京や札幌は10u前後でしたので、あのころ世界の都市と伍するために

公園緑地を増やそうという国の施策がとられたのでした。いわば公園緑地バブルで、

人々の欲する緑の質をさほど議論し成熟することはなく、もちろん緑の哲学に

達することもなく、量的には増えました。「ボストンの緑」と検索するとこんな

画像が出てきます。

一方、「緑豊かな町」とすると、こんな日本のマチが出てきます。

ボストンと日本のそれは、都市緑地と田園・里山のようなニュアンスの開きを

わたしは感じますが、当方は人工的に美しく仕上がった都市公園よりも、

ゆるい緑に惹かれます。ニュージーランドでとてつもなく緑地率の高い住宅地に

行ってみましたが、わたしにはなんだか暗すぎました。

近くでは白老の温泉分譲地に緑の多い町内がありますが、

夏緑期は鬱陶しさを感じる人もいるはず。緑の快適さは理屈や数字ではなく

まさに感性と習慣によっていると言えます。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します
雑木林&庭づくり研究室
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グローバリゼーションの悪夢  林とこころ


ふだんは雑木林という一見のどかなテーマを通して世間と世界を見ていますが、近年ほど国際情

勢や政治と施策に首を突っ込んで、情報のシャワーを浴びざる得ないと感じることはかつてあり

ませんでした。そのために複数の配信ネットから有料で情報を取り寄せ、情報誌や書籍なども、

ギスギスしたものが多く読マサリマス。


今、世界は何が起きてもおかしくない状況にあり、最近は第3次世界大戦という言葉も聞こえま

す。そしてそれを裏付けるような今日の中東のニュース。日本の足元も中国からジワジワと尖閣

を狙われ、韓国からは捏造された情報発信で国連や国際会議周辺が汚染され続けたお蔭で、国民

の目もようやく変わってきたという噂もあります。特に韓国とのやり取りでは日本がいかに情報

操作に無頓着で放置し国益の守りに疎く甘かったかが示されて、政府もやっと本来あるべき方向

に舵を切りだしたことは、絵にかいたような不幸中の幸いでした。


ここで見えているのは行き過ぎたグローバリゼーションが先進各国の国益をいかに損なうかが明

白になったことではないでしょうか。しかし複雑化した国内外の関係性は、強力なトップでもそ

の一部のパーツしかハンドリングができない。だから大きな流れとして移民の絡む入管法、水道

の民営化、種子法、基礎的財政収支の黒字化目標、働き方や教育などなど、一連の改革という名

の改悪に歯止めが効かない。そもそも仕組みが次第にきわめて難解になって、ついていくことも

難しくなりました。


その一方で、公にろくに議論もされないうちに骨太の方針が固まるなんて言うのは全くおかし

い。この歳になって、出遅れたノンポリ老人は俄然目覚めてきたような気がしています。リタイ

ヤ後の晴林雨読生活は、かくしてますます充実の方向に向かうことになります。


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