自然治癒力とヨガ  林とこころ

近年、なにか変わったことはないか、と聞かれれば、おそらく、

風邪を引かなくなったことがあげられるのではないかと思います。

15年前まで、仕事でもインフルエンザなど無菌に近いネーチャーの中に

いたにも拘わらず、、頻繁に風邪を引いていたのとはかなり違います。

逆に、周囲に感染性のウイルスが比較的多いだろ通勤列車に乗る毎日

の方が、罹病しない。これはどうしたことか。



その原因を探ると、歳をとったことと運動する時間がなくなったこと以外

にはあまり思い当たることがなく、唯一、あるとすればそれはヨガです。

風邪を引かない=自然治癒力=自己免疫力と考えてのことです。

20年前に心因性と思われる身体症状がでて、それを直すために

わらをもすがる思いでやり始めたヨガ的なものをきっかけに、5年ほど

して本格的にヨガを始めました。



ヨガといっても、日本で流布されるヨガは、ヨガの中のストレッチの部分

の、アーサナであり、それそのものはそのあとにくる冥想の事前過程で

あることはほとんど語られることはないようです。カルチャーセンターが

行われる公共施設が宗教的なことを禁止していることと関係があるようで

す。わたしはアーサナと一緒に、冥想を学び、始めました。



また、本格的、といってはみたものの、わたしのは全く本やDVDや、

他人の話や何やらを総合した自己流で、メンターなしの状況でした。

先達はよく、だれか師に付かないとダメだといいますから、わたしの形は

ダメな、真似してはいけない手法であることは間違いないかもしれませ

ん。



その間違いかもしれない方法でヨガ&冥想をしている間に、先達が禁止

している、師に付かないヨガ&冥想の基本的な意味がわかってきました。

少なくても冥想は、色々な精神の危険、事故が潜むということだと思いま

す。また自己流ではアーサナの間違いを修正することができません。



いわば、そのような警告を辛うじて脇にそらしてわかってくることは、

ヨガ&冥想によるリラックスと、自分との出会いです。自分との出会いが

なんとも身に覚えのあることだと思ったら、それはわたしが一人の山仕事

で浸っていた時間と、かなり相似なものでした。森林に独りで居る時間

は、ほぼ冥想である、近年は無謀にもそんな極論に達しました。



他方、このようなリラックスの時間と繰り返しが、人の免疫力をあげる、

と最近の精神神経免疫は言っています。ヨガの先達が師に付けという、

一般サラリーマンにはなかなか実現できない提示をし、それを見ぬフリを

してそれでもなんとなくわかってきたこと、それはヨガが毎日、実践して体

験体得してたどり着く、自分自身の宗教の道だということです。言葉は

無用とまで言います。



それが心身の健康とどう関係するのか、証明はできませんが、日々、

からだとこころとの自問自答で自ずと知らされてきます。これは驚くべき

ことでした。ヨガは不思議です。教祖がいなくて、自ら学び実践するしか

ない。そうしないとたどり着けない…。



わたしはこのことに気づくことができたのは20年前のこころとからだの

罹病がきっかけであり、さらにはそのときからの毎日のヨガ的生活の

おかげで、風邪を引きにくい身体も、その動機を源とする結果だと思いま

す。これから風邪の季節になりますが、五木寛之がいう身体言語に、い

かに早く対応するか、養生の要諦はまさにそこにあるのではないかと思

います。



雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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