ゆっくり話す意味を考える  身体

この半年ほど、人前でスピーチをする際にゆっくりしゃべることにしました。その理由はいくつかあります。

@昨年春の国際コモンズ学界におけるふたりの米国人のプレゼンに感動したこと

Aそれは論旨明確で、言語明瞭、ゆっくりコンパクトなスピーチで表情ゆたかだったこと(=これぞプレゼンか!)

Bそれ以来、自己満足的では意味がない、と反省したこと

C「ゆっくり明瞭」という型をめざすと、逆に内容がついてくること

D脳の回転がダウンし早口のしゃべりが自分自身に合わなくなっていること

などです。


特にCがわたし的には新鮮な発見でした。こうすることによって、考
えながら言葉をじっくり選んで話すことができるため、Dにもつながっています。

えー、とか、または言葉にちょっと詰まったり、やや不自然に聞こえるかもしれない微妙な間合いも、もう特に恐れることはありません。加齢とともにそうなったほうが自然なようだから、まあ、身を任せようという甘えがあってももういいでしょう、という小さな悟りのようなものです。

それにここ2年程前から無意識にしゃべる日常会話で、ずいぶん「かむ」ことが増えたことに気付いていたのです。


「あれ、おかしいな」と思いつつ過ごしてたどり着いたのも、やはりこのスローなスピーチへの転換でした。こうすると、ここぞと
いう話す場面でスイッチが入れると、実際「かまない」のです。
びっくりです。

(画像は2週間で開葉した水挿しのコブシの芽)
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雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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