パール判事の碑も参拝  林とこころ



日本の近現代史を一人で学んでいるうちにいつか訪問してみたかったのが、東京裁判で連合国側の訴追には国際法上の法的根拠が全くない、とただ一人論証したインド代表判事ラダ・ビノード・パール博士の碑だった。東京は九段下の靖国神社にある。昭和23年11月の結審までの約2年半、判事は膨大な資料分析に没頭された。裁判そのものはご承知のように戦犯を選び処刑したが、昭和27年の米国上院軍事外交合同委員会でマッカーサー元帥は、こう証言している。

(注;下記はつまり大東亜戦争は侵略戦争ではなかったとマッカーサー元帥が証言したのである。これはほとんど知られておらずマスコミも報道しないことは留意したい。)

“They feared that if those supplies were cut off,there would be 10 to 12 million people unocupied in Japan.Their purpose,therefore,in going to war was largely dictated by security.”

(もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであろうことを彼ら(注;日本)は恐れていました。したがって彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障(自衛)の必要に迫られてのことだったのです。)


この証言は、昭和天皇の切々たる開戦の詔と照合し、さらに入院中に読了した「東條英機歴史の証言」ともぴったりと符合する。

「・・歴史の証言・・」とは、極東国際軍事裁判(通称東京裁判)において終戦直前までの首相をつとめ、絞首刑となった東条英機の法廷における証言である。証言は日本人の美徳を匂わせてすらいる。

この証言を読むまで、東條英機は現代の日本人の多くから、今次の戦争をリードしたもっとも罪の重い一人として理解されてきた。しかし日本人は米国の War Guilt Informaition Program に洗脳されて、かつ、今も真相を知らされずどっぷりであることをあらためて知るに至った。なんという無知蒙昧なことだろうと己の知の怠慢を痛罵したのだった。

史実はかように遅々でありつつ着々と明るみに出てきた。
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自伐型林業の問いかけ  林とこころ

地方再生の論議が盛んになってそれなりに「なんで今更」の感を

持つ人は多いはず。

そんななか、今注目されるのは自伐型林業ではないだろうか。

森林所有者が森林組合などに出していた林業の営みを、自前で

やるという、いわば当たり前の話であります。所有と施業を分け

大規模経営を標榜したのが国の「森林・林業再生プラン」のホネで

あるのに対して、これはその真逆。


当NPOが自然体で提案した「コモンズ林業」とかなりの部分が重なる。

他人(森林組合など)がやるものと決めてきたことを、自らがやる。

林業政策や林業行政ばかり栄えて、林業プロパーがすたれている

光景に気づいて久しくなりました。あの地方創生の石破大臣が、

先日の国会で自伐型林業を高く評価したようだ。地域の雇用の

ベースは、これから食料、エネルギー、介護ケアになるかもしれ

ません。


それに付随して放置された森林の利用だと思う。国土保全と、

木材供給という1次産業がエネルギーに結びつく。そこにちゃんと

したビジネスを興したいのだけれど、今は残念ながら余裕が

ありません。
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ウラヤマニストへの道  林とこころ

このところ、というか年中ずっと、というか、週末は広葉樹林にいて、

先月からはたっぷり時間をかけて道作りをしていましたが、

成果として写真のマップがようやくできました。

GPSという便利なものがありますから、衛星の電波で作った

道をトレースするのです。これで成果の一つはバッチシです。



もう一つの成果は、なんというか、ますますのウラヤマニストに

なってきたこと。これだけ長い付き合いをした森林、とりわけ

雑木林だからなんだから、もういい線きたかなと己惚れていたら、

どっこい小さな気づきはまだまだいっぱいでした。先がある。

これも道が増えて、林がより身近になった結果と言えます。

道。たまげたものです。



国木田独歩が「武蔵野」を書いたのは、意外にも29歳だったと

思いますが、ヘンリー・デービッド・ソローの「森の生活」も

たしかその年齢でした。が、こちらのおじさんは、彼らのように

森や里に興奮もすることなく、実に淡々としたものです。齢60をこえて

みないとわからない世界もやっぱりあるみたい。



どんなに素晴らしいと思ってみたところで、自分で日々通って

見ないとわからない世界は、文字で伝えることのできない、

自ら実践して初めて知ることのできるヨガのように

不立文字だといえそう。

大げさにいえば、生活すべてにつながっていく沙門系の

ような世界なんだと気づきました。

これは結構、深いものだと思います。 クリックすると元のサイズで表示します
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維新後の歴史から見えてくる日本  林とこころ

白状すると、わたしは歴史の勉強を避けて通ってきた。本当に不勉強だったと恥じいり、こつこつと日本の近現代史に関する書物を読んだのは60歳の声を聴くころだったから、お恥ずかしい限りである。今思えば、このような歴史の視座が定まっていなかったから、自分の置かれた位置の
認識もどこか浮ついたものだったと今になってみれば思えてくる。

こつこつ、愚直に、初心者用といわれるだろうわかりやすいものもどんどん読みこなし、日本精神も併せ読み、今ようやく時代の潮目を理解できるような、霧が晴れそうなところにいるようだと実感する。

先日読み終えた『パール判事の日本無罪論』も私の霧を晴らす衝撃だったが、続いて読了した『大東亜戦争の正体〜それはアメリカの侵略戦争だった〜』(清水馨八郎著・祥伝社黄金文庫)はさらに明快で力作、そして東京裁判史観に洗脳されていた自分には、目から落ちるうろこが山になるような名著だった。

少し突飛かとも思える本書の名センテンス(引用含む)を意図的に挙げると、

・終章のタイトル「日本そのものが世界の自然文化遺産」
・アーノルド・トインビー「この聖なる地域(伊勢神宮)で、わたしはすべての宗教の根源的な 統一を感じた」
・元ニューヨーク工科大学教授馬野周二・・・現代の日本人は決して特殊なものでなく実は人類 がまっすぐに育ってくれば当然そうなるべき姿に近いところにいる。したがって特殊であると みられた日本文明は、実は最高の普遍性を持つべきものであった・・・
・日下公人「21世紀、世界は日本化する」

小泉元首相の歴史認識も再三こっぴどく非難される。

「小泉首相は靖国神社を参拝するたびに、二度と戦争をおこさないという不戦の誓い、平和の誓いをするために来たと述懐している。これほど英霊を侮辱した誓いがあろうか。
 それは英霊たちは日本の侵略戦争に駆り出された気の毒な戦死者だが、これからの日本は二度とあのような悪い侵略戦争をしないから、安心してお眠りくださいと言っているようなものだ。これは明らかに、アメリカの洗脳に騙されたまま、いまだに目覚めていない愚かさを露呈しているのである・・・」

これはマッカーサーがアメリカ議会の軍事外交合同委員会という公の場で、日本の戦争は侵略戦争ではなかったと証言したり、東京裁判のウェブ裁判長とキーナン主席判事が東京裁判は誤りであった、公正でなかったという述懐を踏まえている。当の戦勝国側が、侵略でなかった、と後悔して言っているのに、日本の元首相が侵略してごめんなさい、と言っているわけである。アジアは日本の進行によって結果的に白人の植民地から解放された。日本の大東亜のミッションは、負けるが勝ちのようにして達成されたのである。かつ教育や社会インフラ、軍隊も要請してくる念の入れようだったと知る。アジアの国々から日本の戦争を積極的に評価する声はまだまだ届かないが、これは時間の問題ではないのか。

なおかつ、東京裁判があきらかな国際法の違反であることは世界の法学者にほぼ共通している認識だというから、知らぬは日本人だけだということになりかねないのである。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

こう書いている当方のメモは、いい歳こいて洗脳から脱出を始め歴史の潮目を観察している一庶民の歴史観変貌の足跡、読書感想であるが、この遅ればせの現在に立ち至ることができた幸運をこの上なく喜ばしく思うものである。戦後70年を目前にしてかくもダイナミックな転換があろうとはだれが予想しただろうか。いわゆる従軍慰安婦の問題や尖閣列島など理不尽な外圧のおかげだといえよう。

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「みち」を作る  林とこころ

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道路は機械が作るが、「みち」をつくるのは人だけのちからである。

「みち」を維持するのは、いわくいいがたい「手応え」があるが、「みち」を

作るのはそこに環境を創る「喜び」と、すたれるかもしれない「不安」がついてくる。



「みち」作りは本来、環境教育の素材にもなる多様な要素を含むが、そこを日常の

単なる作業として淡々と進めるあたりが、風土を守るローカルコモンズの

ただしいあり方のように思えて気持ちがいい。


また、「みち」を作ることは、簡単な建物、例えば小屋のようなものをひとつ

完成させたのと同様の「祝い事」に昇格させたい。なんとなく、覚悟が生まれるような

区切りでもありたいからだ。


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「パール判事の日本無罪論」  林とこころ

(今頃、この本に出合ったおのれの不明を恥じた。)



国際法学者で、東京裁判の11人の判事の一人だったインド人のパール博士は、国際法によらず

事後法によって行われたあの裁判を、戦勝国による「リンチと何ら変わらない復讐」と非難し

た。目からうろこの指摘の数々。今まで秘めてきた様々な疑問に対して、論理的に、ひとつ

ずつ答えが見つかっていく。大東亜戦争につながる、教科書で習ってきた日本とは違うもう

一つの日本が描かれている。それは自虐的だった日本の見方を希望につなぐほど画期的な

ことが含まれている。あの裁判の真の被害者は「法の真理」だという見識にほっとする。

第1次大戦後、有色人種に対する白人による人種差別の撤廃を訴えてきた日本の見識も勇気ある

先見であった。文庫本の帯には「ゆがんだ贖罪意識にメスを入れる不朽の名著」とある。まさ

に。



話は変わるけれど、2014年8月5日と6日、朝日新聞は従軍慰安婦問題に関して間違った記事を

発信したことを認めた。ほどなくして、福島第一発電所の事故当時、現場の東電社員たちの

ほとんどが現場を逃げ出したという、吉田所長からヒアリングしたという朝日のスクープ報道が

うそだったことも判明した。日本人は危険に際した場合、上司の命令も聞かずに現場から

逃げ出す国民だといち早く世界に発信したわけだ。これも嘘だったとなれば、

報道の方針が基本的に日本人を貶めることに狙いがあるといわれても仕方がない。



数日前の新聞では、朝日に連載中の池上彰氏のコラムが、その「朝日に問題あり」とする

池上氏の内容が問題だとして、連載記事掲載を拒否したことがわかった。9月4日には大っぴらに

なってしまったこの事実の収拾のためか、一転して掲載となって朝日の言い分も書いてある。

なんとも謝ってばかりだ。もう読者は見てしまったかもしれない。



雑誌は騒然とするほど朝日の今とこれまでを批判しているようだ。放置してきたメディアも

国民もいるわけだが、潮目が変わるのは避けられない。日本人の自虐から自信へとつながって

行くことは国益と国の進路にとっては、遅すぎたが小さくない。遅すぎた処置に、

実に遅すぎたかもしれない修復に、これから向き合っていかなくてはならない。朝日のトップが

国内と国際社会に間違いを謝罪するところにまずは潮目変化の一歩がある。


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地域SNSの変遷  林とこころ

人口減少が進むだろう北海道の地域での実験SNS「どっとねっと」の変遷も
あっというまでした。mixi全盛のころに産声をあげた「どっと」は来月で満8年。
進化というのか盛衰というのか、めまぐるしい変化でした。世界のSNSそのものが
駆け足で変化してきた。ひょっとしたら、これは進化などとは呼べないものかもしれない。

で、どこへいくのか。

ツールが多数生まれて利用者が分散してきたので共有ツールが
必然的に必要になって、気づいてみると元をたどってメール、
あるいは携帯のSMS、ときにははがきも電話も。

一世を風靡しているFaceBookですが、FBに入らない人も少なからずいて、
これからもその気配はなさそうです。さんざん分散した挙句、
結局はケースバイケースで多種のツールを使い分けるというのが、
やはり現在の正解のようです。

ただ、ネットからの情報がいっぱいいっぱいのフル状態になってくると、
どうも反転して日常のリアルな生活の重みがわかってくるようだ。
どこかむなしいのである。生身の人と付き合うほうにぐんと魅せられ
見直しも進む・・・。かくして間口はさらに徐々に拡大したり狭まったり。
先は読みがたい。




と、8年の実験の間に、こんな報告書があったのを忘れていました。今は、むかし。

http://www.hkk.or.jp/kenkyusho/file/report_200805.html
http://www.hkk.or.jp/kenkyusho/file/report_201107.pdf


「どっとねっと」の軌跡Tの最後に引用したパットナムの下記の一文を見つけた。
どうやら俯瞰した解のような気がします。パットナムはソーシャル
キャピタルとインターネット社会も丁寧に読み解いていたと思い起こされます。

特に下のあたり。

>何か遠い世界の「バーチャル・コミュニティ」に幻惑されるのではなく、
>擦り切れ始めた現実のコミュニティという織物を強化するために、有
>望なこの高速で安価なコミュニケーションをどう利用できるだろうか。

そして最後の

>現代の市民的ジレンマが、コンピューター・コミュニケーションなしに
>解決されると想像することは難しい。

結構、まともなミッションをもって始めていたんですね。先達の整理が
こんな時大いに役立つ。(我ながら、爆



〜〜〜〜〜〜以下、「軌跡」の1末尾から。〜〜〜〜〜


「…最も重要な問題は、インターネットが人々に対して何を行うかではなく、
人々がインターネットを使って何をするか、である。いかにすれば、コンピュー
タ・コミュニケーションの持つ巨大な可能性を用いて、社会関係資本への投資を
より生産的なものにできるだろうか。この有望な技術を用いて、コミュニティの
絆を太くすることはどうしたら可能になるだろうか。社会的存在感、社会的
フィードバック、社会的手がかりを増加するための技術開発はどのようなもの
になるだろうか。

何か遠い世界の「バーチャル・コミュニティ」に幻惑されるのではなく、
擦り切れ始めた現実のコミュニティという織物を強化するために、有望な
この高速で安価なコミュニケーションをどう利用できるだろうか。すなわ
ち、いかにしたらインターネットを、解決策の一部となし得るだろうか?
世紀の変わり目において、コンピューター・コミュニケーションの領域に
おける最も刺激的な研究のいくつかは、こういった問題にまさしく目を向
けている。 (中略)今のところの結論としては、インターネットが、
伝統的な形態の社会関係資本における低下を自動的に補うということは
ないが、その十分な可能性はある、と言うものである。確かに、現代の
市民的ジレンマが、コンピューター・コミュニケーションなしに解決
されると想像することは難しい。」


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イヤシロチに変える  林とこころ

NPOの今年の研修は白老のHさんの森にしました。

Hさんは定年間際に4ヘクタールの林を買ってざっと20年弱。

道をつくり、林を手入れし、コンテナの家を改造し、

薪をつくり、自然浄化の水洗トイレと五右衛門風呂をつくり

ブルの小屋も薪小屋も自分で建てて、

冬、間伐した材を斜面下の沢筋に運んでブルで集材し、

切って割って積み、夏はひたすら、草を刈って心地よい

場を作って、子供たちや友人知人が集います。



案内されて間もなく、尾根筋の中心にたつと、そこは

胸の膨らむイヤシロチでした。またの名をパワースポット。

そう感じたままをHさんにいうと、うれしそうな<顔で、

「そうなんですよ」とおっしゃる。



山林として決して広くはないが、この、なんの報酬も求めない

手仕事の自己満足は、人生を賭けるに十分値する。



林をカスタマイズするというこのモデルは、今や蚊がいない。

セカンドハウスは今、本宅に代わりそうだと言っていた。

精魂をこめた場づくりは排他的な自己満足でなく、環境を

作るとは何かを教えます。敷衍して、公園とは何か、森づくりとは

なにかを無言で諭されているような気にもなります。 クリックすると元のサイズで表示します
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歴史を語る人は紳士的であらねば  社会


歴史を語ろうとする人はまず紳士的でなければならない。言葉使いひとつで歴史表現が

汚れやすいから。どうも乱暴な言葉が脈絡を乱してしまう。乱暴な言葉を慎み、

辛抱して丁寧に語らねばならないようだ。歴史に限らず真実を語ろうとするときも、

勤めて冷静に言葉を選んで相手に向き合わねばならない。無頓着で感情的な言葉の陰に

真実はかすんでしまうことがよくあるから・・・。歴史表現と議論の推移をみていて

つくづくそう感じるこのごろだ。


 確実な資料を探しあて初めて確信を得る、という貴重な流れを一冊の本で味わった。

高橋史朗著『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』

である。アメリカが日本人に「義眼」を埋め込んだとする一つ一つの占領時政策と

効果はすでに一部で言われてきたことだが、アメリカが保管してきて公開を

始めた占領期の資料を、30歳の著者が留学して探し当てる後段の描写は鬼気迫るもの

を感じた。探すものにたどり着けない焦燥の日々と突然の発見は、心情いかばかりかと

推察した。


 近・現代史を初めて意図的に学び始めて約半年、少しずつ、迷妄の霧が晴れていく。

レフトかライトか、というより真実はどの辺にあるのかと忍び寄って、左右の意見を

振り返るのはわたし個人にとってまったく新しい世界だ。少しずつ公開される歴史の

事実資料。それを読み解く著者のような地味な作業は、強力な支援のもとで進められ

ないものか。今、議論行きかう歴史認識にさおさし本来持つべき矜持にたどり着かせる

のは、このような事実の開陳と幅広く粘り強い発信に大きく委ねられているといえる

だろう。ただ、それらはマスコミは取り上げないだろうという点にも留意したい。



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タグ: 歴史 アメリカ 占領

こころの垣根  林とこころ

「逝きし世の面影」580pの最終章のテーマは「心の垣根」だった。幕末から明治にかけて訪日した異人たちが、江戸や長崎でふれた日本の庶民世界は結局なんだったのか。西洋の異人たちは、西洋的な心の垣根の高さにしばしば疲れをおぼえ、かたやの日本の庶民社会の垣根の低さを絶賛したが、「それが高いということは個であることによって、感情と思考と表現を人間の能力に許される限度まで深め拡大して飛躍させうるということだった」(渡辺京二)。「そういうこの世界が可能ならしめる精神的展開がこの国(日本のこと)には欠けている」と異人たちは感じた。
 それが市民社会の形成の過程で、ルールや慣習や法律、社会の仕組みに反映されてきたのだ、それが市民社会の成熟だ、ということか。西洋の確固たる個の自覚と、日本の、当時の垣根の低い庶民ののどかさ気楽さとつながりというソーシャル・キャピタル。現代は人々のシアワセを約束した後者をこそぎ落しながら個へ舵を切って進んでいる。渡辺のこのしめくくりは、なるほど、古い世の面影は「逝って」しまって後戻りしないのか、という物思いにふけさせる。考えさせられる1冊だった。感謝、合掌

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宮澤賢治の人と自然  林とこころ

池澤夏樹著『言葉の流星群』を読みえました。いろいろな賢治本を見てきましたが、これは賢治理解のうえで出色の作品だと思います。わたしが特に目をを見張ったのは、人間と自然のこれからについて、賢治ほど肉迫した作家はおらず、その早い開花に人々の理解がようやく射程が見えたという彼の主張。当HP"雑木林&庭づくり研究室”として記憶しておきたい勘所なので、長いけど以下、その要点部分の大意を転写。

=========

「日本の社会は・・次々と変わって宮澤賢治の考えたことの意味が大きくなってきた。いわば彼は先回りをして待っていたようなものだ。
 …当時の東北地方の科学好きな仏教徒の詩人に固有の問題が、なぜ日本人全体の普遍的な問題に変わったのか。一番大きい理由は、自然と人間の関係だ。つまり、時代がどんどん反自然的になって危険感が増したため、われわれは自然と人間の関係について深く考えてきた宮澤賢治を必要とするようになったのではな
いか。

 宮沢賢治は、人間と自然の関係、自然の中から一歩外へ出てしまった人間の幸福と不幸のことをずいぶんしつこく考えた。それは当時の社会を先導する人々、つまり東京に住んでいる都会人たちにとって切実な問題ではなかった。当時の東京での身近で切実な問題は、近代的な社会をどうやってつくるか、そのなかで個人として人はどうやって生きていくか、それから日本という国全体を先進国と肩を伍するような国に育てるにはどうすればいいか、その時に個人はどこまで国に対して我慢をしなければいけないか、−−そういう問題だった。おそらく芥川龍之介はそういう問題意識をもって自分の文学をつくっていったのだろう・・(略)。

 それに対して宮澤賢治が考えていたのは、人間の社会が進んで、自分たちで環境をつくり、その中で安閑と暮らすようになり、技術的な意味で近代化の波が東北にまで浸透してきている。人間は自然から離れて、距離ができてしまった。それに由来する不安にどう耐えていけばいいのか、ということを彼は考えたと思う。」

「彼が死んでから70年近くたって、人間はますます自然から離れて生きるようになってきたが、人々は心のどこかで本当にこれでだいじょうぶなんだろうか、と不安感を持つようになってきた。その結果、この問題に過去の日本人で最も深くかかわってきたのが宮澤賢治だということに人々はようやく気付いた。それで作品をもう一度見直してみようという動きが生まれてきた。」

=========

文明生活からわたしたちはなかなか戻れない。もしかしたら不可能かもしれない。しかし現代の気づきは心身、自他を囲む環境のあちこちに自然性をどう失わないでいるかが、とてつもなく大切だ、という点である。yoga、冥想は日々、自分の心身の自然性に向き合う「行」だということにつながっていきます。



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ハワイの熱帯雨林で  林とこころ

ハワイのプチ旅行で熱帯雨林などを巡りました。
俗に花鳥風月と言いますが、作家・松岡正剛(せいごう)によれば、これは自然のパワーを感取するアンテナだという。わたしはこの説に痛く感動したことがあります。

西行は4000の和歌を詠んだが、そのほとんどは自然風景の描写だった。西行にとって風景を謳うことは、お経を唱えるに等しかったという。日本の国土そのものが仏土だということに基づいている。

森羅万象のなかで人は生かされているがいま、人々はアンテナを失い、自然を謳うことの頻度は著しく落ちたのではないか。でも、わたしを含むごく一部の人々の間では、花鳥風月から、加齢とともに失せてきた気をもらい、かつ理性ばかりでなく感性で見ようとしている。どうもそれが自然体というもののようだ、と割り切った。

そうか、それならばこれから先は流れに任せよう、と相成る。話は飛ぶけれども、ハワイは人々の花鳥風月のアンテナをチューンナップするところじゃないか。(写真は熱帯雨林)

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ヤマセミの羽  土地の魂

雑誌「かがり火」のコラムで哲学者・内山節氏がヤマセミ(大型のカワセミ)のことを書いていた。氏はテンカラ釣り(毛ばり釣りの一種)をたしなむ人で、ヤマセミは渓流などで魚を採るために胸毛のフワフワを抜いて水面に落とし、カゲロウなどと見まごうて飛びついてきた魚をとりにいくらしい、と。真偽はともかく、想像を掻き立たせるエピソードだ。

ワラをついばんでアリの穴に差し込んでゲットする鳥など、道具を駆使するさまざまな生き物のことが次々と思い出されてくる。心がそちらに動く自分もあるいは人も、いつしか気分はミドリの季節にあるのか。北海道・胆振(いぶり)の3月は、雪が少ない分、雪景色から再び晩秋のような超早春の風景に変わるのがいつも早い。ところが実際の春はとても遅い。雪が少ないために土が春遅くまで凍っているからだ。

このアンバランスに体内時計が狂う人はいないか。
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森の管理を設計する  林とこころ

大学の森林科学の研究者をアドバイザーにして、環境系の技術士3人の合計4人が、

NPOの森のとりあつかい方向を議論した。林の中を歩きながらの検討も含めて

今季5回目になる。日ごろから、自分のフィールドをもち、自ら積極的に自然に

働きかけ観察も怠らない4人ならではのコメントがだされ、いずれも謙虚な発言が

続く。



なにか、森林という自然のオーラのようなものに感化されるのだろうか。自然な

語らいのうちに、かなりドラスティックでプロアクティブな方向に近づいている。

そこには、地域みんなの財産である森林を扱うことの責任、もっといえば、

something great からの信託のような風を、わたしは嗅ぎ取る。





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ゆっくり話す意味を考える  身体

この半年ほど、人前でスピーチをする際にゆっくりしゃべることにしました。その理由はいくつかあります。

@昨年春の国際コモンズ学界におけるふたりの米国人のプレゼンに感動したこと

Aそれは論旨明確で、言語明瞭、ゆっくりコンパクトなスピーチで表情ゆたかだったこと(=これぞプレゼンか!)

Bそれ以来、自己満足的では意味がない、と反省したこと

C「ゆっくり明瞭」という型をめざすと、逆に内容がついてくること

D脳の回転がダウンし早口のしゃべりが自分自身に合わなくなっていること

などです。


特にCがわたし的には新鮮な発見でした。こうすることによって、考
えながら言葉をじっくり選んで話すことができるため、Dにもつながっています。

えー、とか、または言葉にちょっと詰まったり、やや不自然に聞こえるかもしれない微妙な間合いも、もう特に恐れることはありません。加齢とともにそうなったほうが自然なようだから、まあ、身を任せようという甘えがあってももういいでしょう、という小さな悟りのようなものです。

それにここ2年程前から無意識にしゃべる日常会話で、ずいぶん「かむ」ことが増えたことに気付いていたのです。


「あれ、おかしいな」と思いつつ過ごしてたどり着いたのも、やはりこのスローなスピーチへの転換でした。こうすると、ここぞと
いう話す場面でスイッチが入れると、実際「かまない」のです。
びっくりです。

(画像は2週間で開葉した水挿しのコブシの芽)
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