産土(うぶすな)の感覚  林とこころ

たまに書いてきたことでもありますが、土地には根っこに神様のようなものが
いらっしゃるということを経験したことがあり、その思いは今も続いています。

その神秘的な体験は、湿原でひとり植物の調査と採集をしているときでした。
ヨシを主としたその平原は長靴がぬかるようなジュクジュクの状態ではありましたが、
人知をこえた何かが司っているとしか思えないシステムをそこに感じたのでした。

樹木なら年輪が証明する指標を湿原は目に見えて持たないけれども、植物のありようが、
林よりもずっと長い年月を越してきたことを発信している。地質年代のそれでした。

それ以来わたしは、博物学を飛び越えた別の世界に目覚めてsomething greatの
存在に耳目をそばだてるようになりました。

それからざっと35年あまり。その思いは今も変わらず、年に数回訪れてはひとりで過ごす
雑木林の小屋でも、やはり、土地の深いところで人間と共有する土地の感覚というものの
においをかぎます。今はもはやセレモニーのようなひとりの時間を作らないと、
一対一の出会いはやってこないのですが、そんな舞台装置ができてもこれは至難なわざです。

さて、その土地は、特に自然は所有権をこえてみんなのものではないのか。土地はみんなで
付き合う方法はないのか。あらためてその思いをもちます。そのコントロールは、
今の人間には無理かもしれない・・・。

しかし、土地との感覚の往還は日常極めて難しく、わずかに花鳥風月を目にする
レベルで止まっています。もし詩人の表現力で、大地との往還を歌うことができた
ならば、世界はもうひとつ描くことができるのに。そして知恵もでてこように。


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自然を謳うこと  林とこころ

俗に花鳥風月と言われる。

作家・松岡正剛(せいごう)によれば、これは自然のパワーを感取する

アンテナだという。わたしはこの説に痛く感動したことがある。「しかり」。

西行は4000の和歌を詠んだが、そのほとんどは自然風景の描写だった。

西行にとって風景を謳うことは、お経を唱えるに等しかったという。

日本の国土そのものが仏土だということに基づいている。

森羅万象のなかで人は生かされているが

いま、人々はアンテナを失い、自然を謳うことの頻度は著しく落ちたのではないか。

でも、わたしを含むごく一部の人々の間では、

花鳥風月から、加齢とともに失せてきた気をもらい、かつ理性ばかりでなく感性で

見ようとしている。

どうもそれが自然体というもののようだ、と割り切った。

そうか、それならばこれから先は流れに任せよう、と自然と相成る。




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タグ: 花鳥風月 感性 風景

気の充実のために  林とこころ

すこし気持ちが忙しいのでしょうか、このところ、気がうすいような

虚ろな感覚が少しあります。昨日と一昨日の夜は「ウタキ」などパワースポットの

画像をいくつか探して眺めていました。



インプットとアウトプットの差、人と合う時間や気働きとパワーを持っている

山や木や自然(もちろん人でもいいのかも)との付き合いの差、バランスなのかな

と思います。ほんの微妙な違いなのでしょうが、ひとりの時間がないわけでは

ないのにひとりになっていない。



これまでもよくあったことです。そういうときには沖正弘師の冥想とヨガの本を

開いたり般若心経に関するものを読み返したり。それだけでも少し我にかえった

ような気がしてきます。



something great  自分を生かしてくれているなにかの存在を感じながら

日々を送りたいものです。今日はもう一度沖縄のウタキの画像を眺めて見ます。

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心の始末  林とこころ

幕末の志士らに強い影響を与えた佐藤一斎の「言志録」を
読み始めたところですが、訳注者の川上正光氏が面白いエピソードを
書いています。

*禅の世界で有名な無文禅師
 「病気をするようなやつはにせものだ。 ほんまの座禅をしとらんのじゃ」

*ある和尚said
 「仏教では本当は長寿でボケないことが一番大切な修行のしるし」

*そしてsaid
「長寿の秘訣は、般若心経にいう「心にケイゲなければ恐怖あることなし」、これが長寿への一里塚。
   (シンムーケイゲ、ムウクウフウ、オンリイッサイ・・・)

そして川上さん、「儒者であれ仏者であれ自分の心のしまつがつけば長寿疑いなし、と。さまざまな養生訓がありますが、これが一番強烈でしっくりきます。しかし、実践は容易でない・・。



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タグ: こころ 健康 仏性

北海道とゲリラガーデナー  林とこころ

わたしの町内は7000年前は海だったところで、家から300mほど北には
急な海岸段丘があります。そこから北側は広葉樹林で、そのまま支笏湖や羊蹄山、札幌の
定山渓などにつながる一大森林地帯が広がります。

その里の部分は高圧線の鉄塔が数機建っていますが、以前から散策路があって丘の上からは
住宅地と太平洋が望まれます。が、誰の土地かよくわからないまま、近所の人々を中心に
朝な夕な散歩コースになってきました。

しかし何年か前の度重なる台風による風倒木が発生したころから林はとても荒れた感じになり、
かつ、薄暗くなって来ました。入り口の家庭菜園もおどろおどろしいものを回収して飾ったり
するため、かつてのすがすがしい林の雰囲気は失われ、歩く人も減ったような気がします。
この夏はその暗い小径にカラスの死骸がありました。

わたしはいずれ、この林こそ、所有者を探し申し出て、せめて風倒木の片付けをし、
サンショウの多い斜面、それとサンショウの大木がたつ丘の上を、もう一度展望の
効く丘にしたいと思っています。

先日、布袋に鎌とノコギリを持参し、丘のてっぺんの枯れた高茎草本とエゾヤマハギを
切らせてもらいました。おととしも藪になってしまったてっぺんの草を刈りました。
しかし、もっと定期的にしないと追いつかないようです。

土地。そこには所有権があって、それはきびしく守られています。その一方で、
土地に付随する林などの環境は、周辺の人々が利用できる環境でもあります。
フィンランドでは万人権という慣習があり、あるルールを守ればある程度自由に
他人の土地に入ることができ、ベリー摘みなどもできます。

フィンランドの環境省の方にうかがってみたところ、「それで今のところ何も問題がない」。
わが北海道も、わたしの町内でも苫東コモンズでもそれと似た状況にあります。

不在地主が放置している身近な林は、もし慣習で林の利用が行われていたのであれば
環境は「みんなのもの」という共有感覚で、手入れしながらあるかせてもらえないか。
この提案は有効ではないかと思うのです。この小さな声をいずれもう少し大きな声に
変えたい。今は、ややコソコソとゲリラガーデナーとして動きましたが、ちょっと
考えを転換すべき所にきているような気がします。





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浅田次郎「終わらざる夏」を読んで  社会

文庫本、上中下全三巻、約1000pを約2週間の通勤時間で読破。

かなり本格的な戦争文学で、綿密な事前下調べに、浅田独特の
ストーリー展開が加わり、特に中盤以降は朝も夜もとわず通勤時は泣かされっぱなしでした。

最終的には、第2次世界大戦の終戦前後、チシマ列島最北部の占守(しむしゅ)島での不可思議なソ連による攻撃(ポツダム宣言受諾後)で終わるのですが、あの、歴史的にも簡単に片付けれてしまう「不可侵条約を一方的に破棄して、、、、侵攻、、、」というあの下りがどのような意図の元にどのように展開し、電波妨害で玉音放送を聴けなかった日本軍がどんな疑問を抱きつつどのように状況を理解していったのか、を
恐らく推論もあるのでしょうが、小説という手法を援用して、実に
リアル(風)に描いてみせるのです。

攻めてくるとすればアメリカ軍だと思い込んだ日本軍は、前線である島に英語に堪能な通訳を送り込んで降伏を迎えるつもりだった(大本営)のですが、やってきたのはソ連だった。なぜだ、何があったのだ、とツンボ桟敷の中で推理していく息をのむ展開。

北方4島のことはわかったようでわからない。ましてやアイヌ問題も絡めるとなるとなお不明が多い。それを昨年、渡辺京二「黒船前夜」がやはり目から鱗がおちるような明快な筆致で描き感動しつつ読破しましたが、浅田のこれはそれを上回る、追体験と錯覚しそうな描写でした。

歴史はどう解釈するか、むずかしい問題ですが、底にある真理や流れは自力で真偽を問いながら読み込んで自分の理解を持つと言うことはとても大事だと改めて知らされます。遅ればせながら歴史の学びは、こういった語り部に触発されるのではないか、とも思います。

ところで、大前研一はある雑誌で、ロシア侵攻は、戦勝国の権利なのだというに近い論旨の展開をしています。これは日本の歴史理解と全く別な視点。参考にURLを載せますが、お詳しい方、どなたか解説願いませんか?。
http://president.jp/articles/-/10075


追:大前研一の指摘の核心は下記部分。以下、上記記事からコピー。

=====
・・・
北方領土の歴史認識に関しては、日本側に問題がある。日本の教育では、日本がポツダム宣言を受諾した後に旧ソ連軍が北方領土を不法占拠したように教えているが、史実は異なる。

ヤルタ会談やカイロ会談などの戦勝権益に関する話し合いで、当時のスターリンは対日参戦の見返りとして北海道の北半分を要求した。しかしアメリカのルーズベルト大統領はこれを認めずに、「南樺太を返還して千島列島の内南クリル(北方四島)をロシアが取る」代案を示した。最終的に決着したのはトルーマン大統領の時代で、旧ソ連は“正式な戦利品”として北方四島を含む千島列島を得たのだ。

明治以前の帰属は双方に言い分があって不明だが、明確な事実は日露戦争以降、日本が南樺太(南サハリン)と千島列島(クリル列島)を領有していたこと。そして第2次大戦の結果、戦勝国の旧ソ連は南樺太と千島列島を奪い取ったのではなく、“戦利品”として与えられたということだ。おかげで敗戦国の日本はドイツのような「国土の分断」を免れた。こうした視点が日本の歴史認識に欠けている。こういった話は、尖閣問題における中国の姿勢と通じるところがある。“日ソ不可侵条約に反して宣戦布告なく北方四島を占領した”と日本では信じられているが、樺太と異なり、旧ソ連軍の侵攻・占領は終戦後である。

=====

また、4島返還のきっかけとしてこう書いている。

=======
北方領土の四島一括返還論にしても、「北方四島は日本固有の領土であり、四島が揃って返ってこなければ日ロ平和条約は結ばない」と外務省が言い出したのも、1956年のダレス米国務長官と重光葵外務大臣のロンドンでの会談がきっかけだ。

当時、領土交渉が進展して日ソ関係がよくなることを警戒したダレスは、沖縄返還の条件として、旧ソ連に対して「(呑むはずのない)四島一括返還」を求めるように重光に迫った。

つまり、四島一括返還論は旧ソ連に対する“アメリカの嫌がらせ”から始まっているのだ。戦争終了後、10年間もの間、日本はそのような要求はしていなかった。外務省は長い間「北方四島返る日、平和の日」と書いた垂れ幕を、屋上から掲げていたが、アメリカの忠犬ポチとしての同省の性格がよく出ている。

========

このカラクリめいたことは初めて目にしました。
放置すべきでない論点だと思いますが、では、日本で認知されてきた公式見解とはなんだったのか。大前氏の話はガセネタなのか。国の歴史認識にこんなに大きな差違はあるものなのか。

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言葉選びと感性鈍磨に思う  芸術

大分前から、機知にとんだ言葉はとんと出てこない。
おそらく外からの声も心に響いていないかもしれない。
感性がやせ細っているだろうからそれもまあ仕方がないと思い始めて久しくなった。
鈍感の世界に入り、逆に鈍感の幸せを感じることもままある。
感性にカスミがかかり、結果、感情の抑揚のないのもいい、なんて。

これは同世代に共通する感覚だろうか。そんなこんなの思案をしていると、自らのホームページでありながら語りかけるに値する言葉すら失ってしまいそうになる。
毎日、コンパクトにナニカを書くというのは楽しくもある反面、能力不足を痛感。


そうだ、時々の素直なつぶやきと割り切ろう。
かっこいいキレのある言葉探しは、「努力目標」ということにしておこう。

そこで、ここのところ、気になっている空海の言葉を記すことにします。

これは雑誌「致知」11月号に連載されている矢山利彦氏の「空海の言葉に学ぶ生き方のヒント」(連載15)で見つけたものです。

『生死はすなわち涅槃、煩悩はすなわち菩提』
(生き、そして死ぬことがそのまま安らぎであり、煩悩がとりもなおさずさとりである)・・。
矢山氏は上につづくリードで「空海のこの深遠な教えを童話という形で表現しているのが
宮沢賢治の『よだかの星』である」・・と興味深い解説をしています。(以下、略)


深い深い肯定ともとれる一節。一歩一歩、学び、道を探り、死ぬまで続ける、それで十分OK・・・という風にも取れます。

昨今、道徳資本の調べモノをしており、「山高きをもって貴しと・・・・」の実語教を
手にしますが、あの元は空海(弘法大師)が1000年前に作ったとされています。
また、コモンズの研究で話題になるスリランカのため池を日本で実践したのが弘法大師の
満濃池だというのは有名な話。

ここへ来て弘法大師と触れる機会がこんなに出てきたことは全く予想しないことでした。




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タグ: 言葉 弘法大師 感性

里山での気づき  林とこころ

「森羅万象のなかで人は生かされているが

自然、とりわけ動物と植物、つまり野生の生き物と身近に生きることを

人は避けてきた

その意味を齢60を超えてようやくすこしわかった気がする

好むと好まざるとに関わらず

積極的にときにネガティブに

それを都合よくまとめたのが都市だった

だもの、都市から離れられないワケダ」

********

ホームページの『雑木林だより』に最近の思いを綴ってみた(上)。常日頃、
実に軽薄な言葉をなまはんかな気分で書いていることを反省し、一語一語、
ちょっとだけ吟味してみると、言葉の意味発信力が随分変わるものだと驚く。

http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/aigo4-81.html

先日、あるSNSにはこんなこと(下)を書いた。このごろの小さな気づきを
胸に温めながら何日かをすごし、再び、フィールドに出てみると、
小さな気づきの縦横斜めにまた、ちいさなコブのような発見がくっつく。

********

「自然や里山などというイメージへの憧れと、実際の本音の嗜好との落差。つまりなくてはならないなどとはさほど思っていないのではないか?はたまた行政の施策にはほとんど魂は入ってこない。今に始まったことではありませんが、これはどう埋めたものでしょうか。もし、これが上手くいかなかったら何が問題なのか。正解はわかりませんが、わたしの直感は病気、とりわけ精神的な疾患あるいは不調です。

(ホームページの雑木林だよりで)ミドリちゃんと呼ぶ爬虫類と里山の小屋の関係シリーズを執拗に問いかけてきたのも、実はそんな理由でした。

で、昨日、帯広のあるナチュラリストの方から、facebookに「帯広の森にはまだ爬虫類が確認されていない」、というメッセージが来ました。なんと!!

もしそうだとすると、生物の生きる場としての歴史と、作られた緑地の潜在力の浅い差を思い知るような気がしています。人工的な自然は作れても爬虫類が棲む環境なんてそう簡単に創れない??これは痛快、そして面白い!

合理主義の勝ち誇った「北海道」のモデルである帯広、そしてそこの高名な人工の森、そこにはある種、おどろおどろしいものが存在できないのか?

なにか、とても意味の深い問題提起ではないでしょうか?


(写真は今年5匹目の抜け殻。昨日さらに2つ、ベランダの梁で発見)

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タグ: 里山 生物 都市

勇払原野のソウルフード  林とこころ

勇払原野。

札幌と太平洋を結ぶ低地の南端にあるこの一帯のシンボルが、クロミノウグイスカグラという和名を持つベリー「ハスカップ」。不老長寿の果実などともてはやされてきましたが、今は「機能性食品」というまたちょっと毛色のかわった評価の健康食品として、静かにクローズアップされているみたい。

一方、ハスカップの国内一大自生地「勇払原野」は、その立地のよさが北海道の2次産業の拠点・苫小牧港の開発を呼び込み、原野を掘り込みながら残土で工業用地を作るという方式が成功して、いまや、道内貨物の半分以上をここで賄うようになりました。

がその影で、次第に自生地を減らしてきたのがこのべりー「ハスカップ」でした。地味な隠れた人気と、保全のギャップが妙に目立ち始めたのが、天然のハスカップです。メジャーに成っている加工品は栽培され生産されたハスカップで、天然の自生地は、そのオリジナル。

いささか懸念されるのは、ハスカップの味を知っているものもこれから段々減っていくのではないか、ということです。先日、高専の0歳の学生40人余りに食べたことがあるか聞いたら4人ほどでした。栽培品種にはない、渋み、苦味、強烈な酸味など。どうやら、あのネガティブな味の中に健康に役立つ成分はあるらしい・・・。

前置きがえらく長くなりました。ハスカップの自生地であるここの住民として、ハスカップのことをもう少し記録しておきたいと思い立って、昨年から自生地の一部をサンクチュアリと勝手に命名し、枯れ始めた現場をGPSでフォローするなど、ちょっとした試みを始めました。今年は、ハスカップに古くから関わったきた方々や栽培で身近に付き合っている方々から、ハスカップのオーラルヒストリーを伺うことにしました。

ハスカップを擬人化し、真ん中の主役に仕立てて、その周辺を人間模様で埋めてみようというわけです。まず数万本の移植を手がけてジャムとワイン作りを始めた旧苫東会社のAさん(95歳)、厚真町でハスカップ農園を営むYさん、栗山町の著名な研究所でハスカップの研究にも携わったSさんなどにお話をお聞きし、今日9/23は、自生地の弁天に戦後開拓に入り、開発計画で買収に応じて錦岡に移ったKさん(86歳=女性)に電話で話を聞きました。

わたしは何をやっているのだろうか、どうなるのだろうか、今はまだなんともいえませんが、この小さなプロジェクト「ハスカップとわたし」はいずれNPO苫東コモンズからブックレットとして発刊できるのではないか、そんな手応えがすこしですがあります。
さあ、本当はどうなるでしょうか。(笑いクリックすると元のサイズで表示します
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こころへのネガティブな波動  林とこころ

本州にすむ若い巫女さんのブログで、なぜ美人が薄命なのかについての一説を

知ってから、それはありうる、と信じるようになりました。美人が薄命なのは、

「周りの女性からのねたみ、そねみの波動のせいだ」と。


人間には時にして逆風が吹きます。ずっと吹きっぱなしと言うことも

あります。耐えて時間と供に越えるのが多そうですが、このごろは、

避けがたい逆風のようなものには、距離を置く、離れる、逃げる、と言う

方法をとりたいとも思うようになりました。



誤解であれなんであれ、ウラミをもった方の形相や言動は何かを

発しており、シャワーのように降り注ぐようだ。それならそれを避ける

のもいいんじゃないの?、と。



そこにある、呪いのような、ネガティブなものからある種の波動を

感じるのなら、しばし離れるのがよろしい、と素直に思うのです。



浄化とはよくいったものです。心身を浄化するなんてできそうに

ありませんが、朝日はその力がある。今年、わたしの住む街では

精神疾患が多く、どうもそれは天候のせいのようだと知人の精神化のお医者

さんがおっしゃいます。冬期うつのようなものでしょうか。ありうることだ

と思います。マジで。それほど不安定で暗い朝ばかりでした(^_^;)



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木の底力、実感  林とこころ

アメダスの雨雲をみると、強い雨はなさそうだったので、雑木林の小屋に

出かけて、作りかけのロケットストーブを完成させて火入れをした。

驚きの火力を実感した。まさに驚きであり、家で使っている大きな中華な

べを持参して料理をしたくなったのだった。



熱エネルギーは経済の源。里山資本主義の根っこにあるこの樹木の資

源を馬鹿にしてはいけない、とつくづく思う。写真のこの炎はまだカラマツの枝に着火

した直後ですでにこれだけだ。カーボン、空気、つまるところ木の底力、潜在力にしみじみ

感動してしまった。公園などで枝を拾ってくればその日の食事など

たやすくできるわけだ、しかも「ただ」で。ただ、エコは現代人にかなりヤセガマンを

求める。これに現代人は耐えられない。原発はそのニーズと無縁ではない。




客観的には煙もにおいもほとんどでないから、住宅地でも使えるかも。

問題はコトコト煮るものの火力調整か。ちなみにオイル入りのペール缶を

ただで調達できれば材料費は2500円ほどだった。クリックすると元のサイズで表示します
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ラジオ体操の歌詞を読む  土地の魂

小学校が夏休みの朝は、6時半からラジオ体操の歌と掛け声が
聞こえてきます。今日、何気なく歌詞を口ずさんでみると、なんと
実にいい。

しかし、「新しい朝が来た 希望の朝だ よろこびに胸をひらけ 青空
仰げ・・・・」 まてよ、苫小牧や釧路のように毎朝霧がかかっているような
ところは救えないではないか。本州の梅雨時などどうする?厚い雲の上は太陽と青空だから、「宇宙」がいいのではないか・・・。

そんなことを考えて歌詞を調べると本当はこうだった。↓

*******

新しい朝が来た 希望の朝だ
喜びに胸を開け 大空あおげ
ラジオの声に 健(すこ)やかな胸を
この香る風に 開けよ
それ 一 二 三

新しい朝のもと 輝く緑
さわやかに手足伸ばせ 土踏みしめよ
ラジオとともに 健やかな手足
この広い土に伸ばせよ
それ 一 二 三

*******

そ、青空ではなく、ちゃんと「おおぞら」(宙かな)となっていた。
さすが考え抜かれている。と、作詞作曲者を見ると、
「藤浦洸作詞・藤山一郎作曲」。藤浦洸さんと言えば、50年ほどまえ
だったでしょうか、人気の高いラジオ番組に「はなしの泉」というのが
あって、そこに名レギュラーだったのではないかなあ。
渡辺紳一郎氏などと一緒に出ていたような記憶が蘇ってきました。
ギョ、半世紀前だ。

わたしが驚いたのはこの歌詞全体のよさ。人間の日常は煩悩も
多く時には怒り悲しみ落胆、さまざまな傷も負う。凡人は世間の
汚穢にまみれるもの。朝は、それを毎日必ずリセットするチャンスを
くれる。汚穢にマヒした心をニュートラルにしてくれる。そんな朝のオーラに
身を任せるマジナイがこの歌の意味、だろうとわたしは思った。

そう、動かしながらやるヨガ・アーサナ。空に向かい、土に向かえ、という
あたりは気功に似ている。


そっかあ、そういう祈りもあったのか。そう思って探してみると、こんな、
ややスピリチャルなブログとであったのでした。
http://denhichi.blog105.fc2.com/blog-entry-169.html


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日本の構想  林とこころ

この1週間は猛烈に本を読みました。広井良典「人口減少社会という希望」、小玉重夫「学力幻想」、阿部真大「地方にこもる若者たち」、藻谷浩介ほか「里山資本主義」。

このうち「希望」と「里山」は、日本のこれからの方向を構想するうえで重要な骨太な提案が含まれていたと思います。

まず、「希望」では、おなじみの定常型社会を基軸にして持論が展開されますが、どうやら日本は小さな政府と新自由主義経済を標榜する米国モデルの追従とは明確におさらばし、相互に助け合う欧州中北部の社会モデルに意識的に舵を切っていいのではないかという思いを強くしました。米国から欧州モデルへ。これは今、国民の少なからざる合意にかわってきたのではないでしょうか。


一方、「里山」は都会人がよく語った、できもしないノスタルジックな願望とは一線を画した提案で、以前から注目してきた不思議な中国山地の、人と自然のエネルギーの秘密を伺い知ることができました。

2章で紹介されている森林利用とかオーストリアの木質バイオマスを活用したエネルギー自給のシステムは、すでに岡山県の西粟倉村や北海道の下川町が踏み出していることに似ています。

特に下川は、森林が多い自治体が地域資源を利用して木材加工を手がけ、木材の生産過程で出てくるバイオ資源をエネルギーに転換するという、一見ありふれたながれですが、このシステムのインフラは今季のいる、かなりなしなやかな対応が求められるものです。外部からのエネルギー供給(購入)に頼らない、マネーに依存しないサブシステムをつくる、ということになるのでしょうか。

***

15年近くも前にドイツとフランス、そしてデンマーク、フィンランドなど北欧の地域熱供給システムを視察したときの彼我の格差の発見と驚きを思い出します。「これからの理想はこれだ」と直感したものです。

これを日本や北海道で進めることは、社会変革を伴う革命的なインフラと同じだと思った次第ですが、当時、あの驚きを幾つかのプランにして提案したのですが、やはりほとんどまわりの反応は得られませんでした。その壁も調べてみましたが、気の遠くなるような制度上の制限があるのでした。


「里山資本主義」は、困難なその国内の実践モデルをようやく紹介している印象です。それを里山というやや情緒的にもなってしまった言葉に託したのが本当によかったのか。むしろ「地域エネルギー自給」とでもいうような直截な表現にした方が、原発からの段階的離脱までを現実的に描ききることができたのではないか。

また、いずれの著作も「コミュニティ」への視線が濃厚で、もっとも力が入っているといえます。とりわけ藻谷氏はコジェネ(地域熱供給)を体系化した新しいタウンモデルのスマートシティが目指すものを、コミュニティの復活だ、と位置づけているから、文字面ではなんら新しさが感じられないものになりかねないのがやや残念な気がしました。

しかし、思えばこれは幾度となく提案された理想像だったのかもしれません。だから、ローカルな実践をもう一度つぶさに横目でにらみつつ追っていくと、文字では見えてこない別の文脈が見えてくる。そしてそれはわたしなどが今関わっている地域再生の議論とも、とても親和性が高いということがわかります。しっかりした国の構想が求められる今、いろいろな議論が起き、もっとも納得のいきそうな構想がみえてくればしめたものですが。

構想はまずローカルな実践がモデル化されて、広がる。そういう道筋をとつのではないか。特に日本では。

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タグ: 社会 里山 経済

中高年のアウトドア、とりわけ、釣り  北海道と自然

北海道のGWに相当する今回の3連休に、近くにフライに出かけ、大きなたんこぶを作って
帰ってきました。いろいろなことを考えさせられますが、ひとつは、幼少からみんなが
慣れ親しんだ「たんこぶ」のこと。もうひとつは中高年の体力・バランス低下とアウトドアライフの向き合い方。

「たんこぶ」はぶつけたときからアレヨアレヨと言う間に腫れて来たので、午後、病院に行ったのですがレントゲンなどの結果から、いわゆる正真正銘の「たんこぶ」と判明。重力でこれから血が下に下りるので、目の辺りにクマができやがて黄色に変わって消えるだろうとのこと(外科医)。翌日、まさにその通りに進行中。

次に、ことの顛末を簡単に書きましょう。

当方は、初日は山仕事、中日、自宅で雑務(家を出ず)、3日目は白老にて、久々のフライフィッシングのロッドを出しました。大小3匹のヤマメを釣って一つ目の川は終わり。大は17cmありましたからわたしはこれで十分です。魚のサイズに合わせて、釣る道具をミニサイズ(ライトタックル)にしていくのです。この日は#2という軽いラインとロッド。

ただ2本目の川の河原でバランスを崩して転び、額を打って人生これまでにない、大きなたんこぶができたのです。みるみる腫れあがってしまいました。鏡がないのでデジカメで自分の顔を撮って、我ながら「こりゃあ、大変」。支笏湖もはしごする予定だったのを取りやめて、ロッドをしまって帰宅、午後おもむろに病院へ。

中高年のしばらくぶりのアウトドアは限界を知らされる日々でもあります。シーズンの節目に来る同年輩以上のフライフィッシャーたちの釣行短信では、渡渉時に専用の杖を用いているとか、九死に一生を得たとか、針の穴が見えないとか、兎に角、武勇伝に翳りが出てきているのは事実です。中には魚はイカをはじめほぼ釣りで自給しているトンデモナイ人も居ますが、この方は例外にしておきましょう。

で、わたしがなんとかやっていられるのは、メガネに取り付けた点眼鏡のおかげ(写真)。これなしでは針の穴に糸が通りません。(-_-;) ちなみに家内は、ここぞとばかり、わたしのアウトドア全般へのブレーキを提案し、一方でお岩さんのようになったおでこを見て何回か爆笑。

しかしわたしは思うのです。小さなケガで萎縮してしまうと、さらに大きなケガにあうのではないか。こういうときこそ逆療法、精進してアウトドアにまい進すべきではないのか、、と。

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雑木林&庭づくり研究室
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NPO法人苫東環境コモンズ
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菩薩の死  林とこころ

雑誌「致知」で出会った空海のことば。「過ちを犯して地獄に落ちても仏にいたることは可能だが、よいことを知っていて伝えない罪は大きく仏への道は閉ざされてしまう」。

なんと、常識からは離れたスーパーな感じ。よいことを人に伝えず知らん振りしていれば菩薩の死だ、と。引っ込み思案、出たがらず、奥ゆかしさなどという性格や徳めいた態度を厳しく否定しています。まさに、なんと、です。

菩薩というのはまだ仏に至る前段で、いつでもタミの力になってくれる有難いお方。希望の光であります。これは各人が菩薩の可能性を本来備えているというとてつもないメッセージが前提になっているように読めます。

つまり、仏性(誰にもある本当の良心みたいなもの)としてある積極心をスポイルするな!修行(=人生)で到達した知、悟りは周りに伝えよ・・・。

この力強い肯定。われわれ市井の人間に積極心で生きよという道筋を示す魔法の言葉か。



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タグ: 仏性 積極心 肯定




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