ゆっくり話す意味を考える  身体

この半年ほど、人前でスピーチをする際にゆっくりしゃべることにしました。その理由はいくつかあります。

@昨年春の国際コモンズ学界におけるふたりの米国人のプレゼンに感動したこと

Aそれは論旨明確で、言語明瞭、ゆっくりコンパクトなスピーチで表情ゆたかだったこと(=これぞプレゼンか!)

Bそれ以来、自己満足的では意味がない、と反省したこと

C「ゆっくり明瞭」という型をめざすと、逆に内容がついてくること

D脳の回転がダウンし早口のしゃべりが自分自身に合わなくなっていること

などです。


特にCがわたし的には新鮮な発見でした。こうすることによって、考
えながら言葉をじっくり選んで話すことができるため、Dにもつながっています。

えー、とか、または言葉にちょっと詰まったり、やや不自然に聞こえるかもしれない微妙な間合いも、もう特に恐れることはありません。加齢とともにそうなったほうが自然なようだから、まあ、身を任せようという甘えがあってももういいでしょう、という小さな悟りのようなものです。

それにここ2年程前から無意識にしゃべる日常会話で、ずいぶん「かむ」ことが増えたことに気付いていたのです。


「あれ、おかしいな」と思いつつ過ごしてたどり着いたのも、やはりこのスローなスピーチへの転換でした。こうすると、ここぞと
いう話す場面でスイッチが入れると、実際「かまない」のです。
びっくりです。

(画像は2週間で開葉した水挿しのコブシの芽)
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雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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もがきと脳のきしみ自覚  身体

自然とは感性で付き合おう、などといっていながら、
その感性すらどんどん閉じて、錆びて、感動すらしない、
見下げたものになった、と驚くことがあります。これは実は
新鮮な驚きです。

でも、日頃、もっと感性や知覚全般を磨く訓練でもしようか、という
気分にはまだ、どうしてもなれないでいました。思いがたどり着くのは、
「それが老いというものだ」という静かな諦めです。

どうしてそうなっていくのか。これはなかなか興味あることです。
このごろ思うのは、「知」へのもがきを早々に切り上げて、自ら
許容することへの誘惑。自他共に対して、いいよ、いいよとつぶやく
のです。

たまにその誘惑に抗う、struggleすると、脳がきしむのがわかります。
チャレンジすると起きるこの不協和音、そしてこれはこれで伴う快感。
自ら、何故なんだろうと疑問を追いかけるほんの小さなことが、
日頃使っていない別の脳を働かせているという実感が明らかにあるのです。
さび付いた筋肉をストレッチして伸ばすあれと一緒のような感覚。
ギシギシ、メリメリ…

さて、メインとしてどちらを選ぶのか。易きを選びたいわたしはふと
立ち止まります。yogaのアーサナは毎朝の勤めとして長い間続いて
いるけれど、脳のことは放置してきました。心身の健康と言うならば、
こちらもないがしろにはすべきでない。

(しょうもない、老いのメモにお付き合いいただいて恐縮です。m(__)m
先輩諸氏の傾向と対策、ご意見ご感想など頂戴できれば幸甚に
存じます。)



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タグ:  老化 チャレンジ

攻めの養生  身体

気功なども取り入れた医療の分野でとても有名な帯津良一医師が
ある雑誌に「攻めの養生」ということを書いています。

攻めの養生とは、体に悪いことはしない、という消極的な養生ではなく、
つまり肝臓に悪いから酒は止めよう、というのではなく、一日充実した
仕事をしたから今日もばっちり飲もう、そして明日も元気に前向きに働こう、というものです。(チョット、脚色アルカモ (^_^;)

先週の土曜日、山仕事は、20〜40kgある薪用の丸太を10時から
3時まで延々と運び続けました。万歩計はついに1万歩を越えました。

還暦に近い、日頃パソコンの前にいるだけのわたしは当然ながら
へとへとで、作業開始時にすでに股関節の痛みを抱えた腰が、
静かに悲鳴をだしていました。しかし、40歳の若い人が手伝いにきたり、
還暦を超えた女性も色々頑張ってくれてるしで、つい、頑張ってしまった
ようです。骨盤が開いたのも実はこの丸太運びがもとだったから、
本来はやめるべきだったでしょう。

帰りの車では遂に眠りそうなくらいでした。

しかし、ところが、あら不思議。翌日になってみたら、痛みが増すどころか
キレイにこれまでの痛みやギスギスが精算されていたのです。

これこそ、帯津先生が言う「攻めの養生」(結果的に)といえるのではないか。

(画像は最近見つけたほだ木の集積現場)クリックすると元のサイズで表示します
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タクティールケアで親孝行  身体

昨夜はNPOの会議のあと、同席した医師とビールを飲みながら歓談。
森林と医療のことを語っている間に、今、スウェーデンに北海道の
医療関係者が「タクティールケア」を学びに行っているのだといいます。

手かざしとも指圧とも違い、軽くなでるだけ。皮膚の接触受容体を
刺激するのだそうで、認知症の方、あるいは幼児にも、つまり
だれでも効果がある療法のようです。

以下、HP http://jscijp-hp.hp1.allin1.jp/1190960930044/
から特に注目した部分を。

【活用例】
 * スウェーデンの保育所では、午睡前にタクティールケアを取り入れることで子供たちの間の信頼に満ちた環境を創り、それ以外にお互いを尊重することを目的としています。
 * スウェーデンの多くのデイケア、ナーシングホーム、グループホームで、ケアの一環として取り入れられています。
 * グループホームに入所しているアルツハイマーの男性は攻撃性がありましたが、タクティールを受けるうちに静かで調和的になりました。
 * 不穏状態にあった女性患者が、タクティールケアを受けている間は静かに眠ることが出来ました。

【受け手の感想】
* 困難な状況の中で、ちょっと贅沢をする気分
* これは私には、癒しの効果があった
* 終わったあとで穏やかな休息の感覚
* 肩の痛みが軽くなって、消えるような気がする
* 大事にされている感じ

2ヶ月前に特養に入居した母を見舞う際に、これをやってあげれば
よかったなあ、と残念に思いました。また、春にでも行ってみます。
これは親孝行に手頃な方法かもね。言葉ではなかなか言えないことも
これなら想いは上手に伝わるはず。
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股関節をやわらかくする  身体

昨日、今季初の歩くスキー。

スキーでラッセルするこの前後の開脚、かたまってしまった股関節の
運動には抜群に効くのです。今日はすこし臀部が硬直気味ですが
しびれはありません。クリックすると元のサイズで表示します
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人間の覚悟  身体

通勤時に五木寛之の「人間の覚悟」(新潮新書)を少しずつ読んで読み終えました。おいしいものはゆっくり味わうというスタイルでした。

目次では章のタイトルにアフォリズムがくっついています。
これ、欝で悩み続けた氏の、仏教の遍歴ともかさなって今風でわかりやすい言葉で埋められているのが目を引きました。

コメントなしで以下、写しましょう。気分は写経です(^_^;)

**************

第1章 時代を見すえる

時代は地獄に近づいている。資本主義が断末魔の叫びをあげ、あらゆることが下降して行く中、「命の実感」が薄らいでいる。

第2章 人生は憂鬱である

どこの国でも、いつの時代であっても、だれの内にも棲みつづけているもの。人が生まれながらに抱えた「悲苦」を見つめなおす。

第3章 下山の哲学を持つ

権利とは、何かを保障されることではない。安心・安全はありえない。下り行く現代、自分を見つめる「哲学」が必要ではないか。

第4章 日本人に洋魂は持てない

神はあるのか。罪とはなにか…。その答えは、洋の東西で根本的にちがう。21世紀にこそ活かされるべき日本人の心性とは。

第5章 他力の風にまかせること

人間は、生と死の間で引き裂かれた存在である。不条理で、ままならない日々を生きるために、「他力」という意味を知る。

第6章 老いとは成熟である

アンチ・エイジングはあり得ない。だが、老いることは人間が成熟して行く過程なのだ。「玄なる世界」で豊かに変わる関係性を知る。

第7章 人間の覚悟

いかに生きるか、ではなく、生きて在ること。そのことにこそ価値がある。その思いが、わたしたちの唯一にして不滅の光明である。

***************

以上で写経オワリ m(__)m
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2時間の整体  身体

首も肩も肩甲骨も凝っており、左肩はまわすと痛みが走り、骨盤が痛んで足がしびれる…。これはちょっと治療が要る、とS町の整体師をお邪魔しました。

気功を交えてたっぷり二時間でした。触診時に描かれたわたしの背骨は左右に2,3回曲がっていました。終わってみると体は真っ直ぐ立つようになり、肺に空気が一杯入ってきます。体のゆがみに泣き、我慢している人は大勢居ます。わたしがうまくいったら、お勧めします。できればこのまま快癒して、わたしのカリスマ整体師であってほしい…。

師は不思議な方で、朝、なんでもない右の腰が抜けたような感覚だったのだそうです。それは予約したわたしの来訪の予告であり、そういう気を感じるらしい。ハイテンションの大きな声も、なんだか心地よくなってくるから不思議。さらに不思議なセラミックをもらいました。
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骨盤が開く  身体

2月、山仕事で重い丸太を運んでいるうちに腰が痛み出し、
左足がしびれ始めました。カイロに通い、のち、整体師に通ってみると
いずれも「骨盤が開いている」といいます。しかし、完治せず、
一時的に痛みがきえるだけ。

そのうち、踏ん張りが利かなくなって同じ山仕事で枝につまづき、
足の親指を捻挫。

と、ここでバラコンを思い出しました。バランスコントロールバンド。
かつてはちりめんの帯を使っていたのですが、専用バンドをネットで
注文。

単純なことだけど、いいみたい。骨盤や股関節に注目しています。
自分の体を知るきっかけになりそう。合掌クリックすると元のサイズで表示します
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たらふく食べてやせる=冬の宴  身体

おかしいなあ、不思議だなあと思っていたこと。

昨夜、冬の屋外(雑木林の小屋)でBQをしたのですが、
やっぱり1.5kgやせました。寒いなか、しっかり
ビールを飲み、寒いねえと言いつつ焚き火を囲んでいるうち、
いつしか脂肪が燃えるようなの。

冬が来たことを記念する冬祭りをしたときなど、しっかり
2kgやせました。でも、どしどし食べておいしかったなあ。
パーティをしても太らない!

この真剣な食の営み。食材への感謝。座りながらの重労働。
食しつつの会話。 クリックすると元のサイズで表示します
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股関節が柔らかくなった!  身体


先週まであんなにギスギスしていた股関節が、嘘のように快調。
老化の巣だとか、アンチエージングのミラクルスポットのような
表現をされる股関節。

この数ヶ月の観察でよくわかりました。腰や丹田に集中し、よく
回し、固まらないように、日々、そう実に、日々、腰、股関節に
目をかければ、股関節のギシギシひずみは快癒する!

つきあいのコツをひとつ知ったのが、むふふ、うれしい。
記念に書き記しておこう。
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クロカンが股関節に効く!  身体

発見!
股関節の前後の効率的な運動方法を探しておりました
ところ、意外なところにありました。クロカン。

走ったり、歩いたりするよりも前後の開きがあって、
後ろ足が残る分だけ前後開脚が大きいわけ。

昨日、大雪で林の間伐を断念して、クロカンで林巡りを
1時間半してみての実感でした。シカやウサギの足跡と
交錯しつつ、股関節ほぐし方法を見つけたのは、収穫。
(でも、これもメンドーだな、この歳になると…)

股関節が「なつかしい刺激!」といってうれし泣きしているような時間でした。わずか数分のヨガ的なストレッチとはまた
一味ふた味違います。日常的にもっと歩けばいいのですけどね。
(写真は小屋の窓から見たわたしのトレース)

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わたしの股関節はパソコンに支配されている!  身体

股関節にはちょっとこだわりたいんですよね。体の中のパズルのような不思議感覚が股関節にこだわらせてきました。
わが、ぎこちない股関節感覚。脂切れのような不快感。どこからくるのか、ときたまの足のしびれ。

新たなカイロ(エジプトにあらず)の先生は簡単に言ってのけました。「要するにこの形で固まってるんですよね」。形とは胴体と太もも90度のこと。

なあんだ!と思いました。通勤のほぼ4時間、デスクワークの10時間がだいたいこの格好でいるからだ、と言われてしまえば思い当たることだらけ。わたしは花の苗作りに1時間あまり熱中しただけでも必ず翌日から激しい腰痛に悩まされたから。

そうかあ、このポーズか。実はこの姿勢から逃げるためにはトイレぐらいしかないのも事実。本当は時々たったりして腰をくるくる回したりして書類を見たりしたい(笑)

股関節の違和感←固まっているから→アタマの偏重→仕事をフットワークに分散? 

でも恐らく、固まった姿勢を要求するパソコンが最も悪いのだ。あれは寝そべってはできないもんなあ。

股関節はパソコン(と仕事)に厳しく支配されている!これが人体実験の結論だ。で、要するにこれからは、「逆えび」的なストレッチを組み入れ、「姿勢を(落ち着きなく)変え」、そしてあんまり「根詰めて座り仕事をしない!」 

これってあんまり集中するな、仕事するな、と言うことにかなり近い。はっきり言って。絶句。そうかあ。…
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塩の底力  身体

昨日の山仕事では、朝からの雨で夕方からはみぞれになってしまいました。林に遠来のお客様が見えたので、外で焚き火をしていたのですが雨でベランダに逃げやがて薪ストーブの前に移動しました。ひとの子です。チョッと寒かったあ〜。

で、夜中の1時過ぎ。鼻の中の粘膜あたりがヒリヒリと痛んで目がさめ、ああ、鼻かぜを引いたと思いました。鼻から喉、そして気管支へ患部が移るのがわたしの風邪のパターン。ここで「よし」、と布団を抜け出たのが偉かった。日本海の黒松内で作られら天然塩「海のしっぽ」ひとつまみを30ccほどのぬるま湯に溶かし、片方の鼻へ流し込む。器具はないので、プラスチックのフィルムケースを使用。ムガーと鼻の粘膜は気持ちのいい痛みが走る。そして反対側も。患部に塩水が満遍なく染み渡ったところで、塩水でぬれた鼻の下の部分を拭いて何事もないように寝床に着いた。そして朝、治っていました。

「塩さえあれば薬は要らない」。古老が言っていた話をわたしはここぞという時に良く実践します。冬に始まる乾燥のための皮膚炎もこの「海のしっぽ」を使ったらおさまりました。かつてはウルシかぶれも他の天然塩で十分でした。非科学的な典型のように見られるフシもあるので大声では言いませんが、これはやって損はしません。しかも国民医療費の削減にも寄与します(笑))。

塩は、まっこと、偉大なものです。

写真は葉っぱの落ちた晩秋の雑木林。もうすぐ銀世界。風邪、用心。
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開脚前屈の効果  身体

残尿感が強い。夜中に起きざるを得ない。老化である。
開脚前屈が泌尿器関係とか前立腺関係に効果があるといっていたのは、
吉本ばななの父である。

毎朝、開脚前屈をしている間に、おへそは優に床につくが、慢心していたら股関節が硬いと言われた。股関節も複雑なのだ。だから1,2ヶ月前から前後開脚も始めた。

残尿管の緩和に、2日前から、開脚前屈を念入りに5分ほどやっている。おへそをつけるのではなく、180度近く開脚したまま、前方に約45度傾斜した姿勢。実はこれが一番痛く、かつ、テレビを見ることもできるし長く出来る。

で、その効果は??  ありありであった。
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マッサージのごほうびをあげる  身体

昨夜、10分700円の札幌は北大正門前のマッサージ屋さんへ。

マッサージはおそらく、15年ぶり。腰の重さを、矯正では
なく、刹那的にでも楽にしたくて。

でもこの踏み込みはためらうのです。まだまだ我慢できるのではないか、贅沢すぎるのではないか‥。

とりあえず20分。そして、「ああ、マッサージとは体へのごほうびなんだ」と得心。こういうことをしてあげてもいいのだ!とひそかに確信しまして、さらにもう10分の追加‥。

マッサージを担当してくれた若い女性は、腰の重さを治すなら、このリラクゼーション(つまりマッサージ)ではなく、カイロプラクティック(ここでやっている)でないと無理ですよ、とやんわりと言う。

でも、わたしはいいの。治す、ということでなくて体との付き合いを確かめるわけで、時々、重たいところと対話すれば満足。ときどき、このマッサージ屋さんで、ごほうびをあげたい。
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