NPO運営  コミュニティ

NPOには、日常的にかなりのアンケートが届きます。できるだけ応答していますが、

道内の中間組織から先般のアンケートの「困っていること、お悩みのことはないか」の

設問には、「なし」と答えました。解決すべき課題はあるが悩んではいないし困っている

わけでもない。


そうしたところが、この結果がとある場所で公表され、助成金を出す側のある担当者が

「困っていることがない、などと応えたNPOは早晩つぶれる」と断言されました。

(←結構ワカイ方) つぶれないで不死鳥のように羽ばたくつもりは最初からないの

ですが、さすがにちょっとビックリしました。が、東京と我らが小さな現場の、感覚的

庶民的ギャップ、これはかなりあるのかもしれないなあ、と直感。


今般の道内のアンケートでは、NPOは資金と後継者不足に悩んでいることになっており、

資金では「入る」を計って出費を工夫すれば、少なくても予算は困るようなことはない…。

あるものでまかなうわけだから。会費収入が3,40万の当方は年間事業費がそれだけ。


後継者については特にいないが、基本は好きで立ち上がったグループも行く末は

自然に任せて、それが先細りで消滅したっていい。必要があれば誰かが別の形でカバー

すればよい。NPOをつくるのなんて簡単だから。そう考える悩みなし、困ったことは

特になし、となる。


なおかつ、世間には別に知られないよう、静かに現場に没頭することで大きな満足感、

言い直せば計り知れない「自己満足」が残るので、365日、毎週の話になる。この感覚に

「ああ、これでいいんだ」と気づく若者が来ないとも限らないが、若いときはいろいろ

やりたいことがあるもの。まして子供の運動会とか、キャンプとか。だからこれは、

基本、おじさん、おばさんたちでいいのだ。悩みがないのは、しかし、常に悩んでいる

ひとからみれば、ちょっとノーテンキに映ってしまうのは、まあ、仕方がない。


雑木林&庭づくり研究室
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NPO法人苫東環境コモンズ
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2

「はやそば」を作ってみました  コミュニティ

そば粉を少量だけいただいたので、さて、何を作ろうかと
頭に浮かんだのが、クレープと「はやそば」。今回は
「はやそば」にしてみました。
http://www.nikkoku.co.jp/sobanokuni/031/culture.htm

要するに「そばがき」の一種で、たいていのレシピには
大根の千切りをゆでシャキシャキのうちに、別につくったつゆで
いただく、という代物でした。すいとんの本体をそばにした、と言う
表現がややピッタリですが、さて、これが長野の無形文化財という
ことです。

忙しい節にはおすすめというように、「はやそば」なる「そばがき」は、
いわゆる「そば切り」に比べると、どうも今ひとつの感がありますが、
なんていうんでしょう、そばの味ということになると、素朴なこの
かたまりを噛んでいる内に、そばそのものの味わいがでます。

この、奥に潜む味わいを感じ取るのも悪くない、と思い、翌朝も
残りをいただいて職場に向かいました。腹持ち、いいです。

北海道はそばの産地でもありますが、「はやそば」ということば、
ほとんど聞いたことがないようです。
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自分をブランドにする  コミュニティ

ミクシィ型地域SNS、twitter、フェイスブックと使ってきているうちに、この
奇妙な手ごたえと違和感はナンなんだろうと思うようになっています。そこへ
google+が登場して、テレビ会議や半オフ会の飲み会をするようになって、
これが今もっとも新しいソーシャルメディアだといわれるに及んで、今度は
どこまで進化し、人々はついていくのか、と心配になる始末。

わたしの場合、違和感は特にfacebookに強くありましたけれど、それは、
自分を押し出し売り込む姿勢に、自分にはない高いエネルギーが見て取れたからでした。
ぼそぼそと仲間内の会話が異質に思うほど、新しい仲間を求めて拡散しようとします。

でも、何となくわかりました。やはり、自分をブランドしている方、しつつある方、
ビジネスや研究などでネットワークを拡大する指向を目指す方に、かなり向いている
ということです。反面、自分を売り込んでいったり、積極的に交友関係を拡大しようという
動機の少ない方、これらの方にはちょっとまぶしすぎる。わたしは後者に入りそう。

でもさらに考えてみると、押し出しの強さ、強弱は程度差であって、人は本来、
自分というアイデンテティを定番商品=ブランドととして「慈しんで」いるのではないのか。世界中に二つないブランド、オンリーワンを、日々生活を重ねることが結局そこへ
つながっていくのではないのか。オレはブランドなんかじゃない、といいながら。

華やかな交流には引っ込み思案な自分ではあっても、死ぬまでひっそりと自分というブランドを磨いているんだ、と思えば、なんかほっとするのです。木彫りを掘り込んで完成して
ぽっくりあの世にいくような。

わたしのfacebookは、大勢の人がセルフブランディングする光景を見させてもらう、
そんな場になっているようです。


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都市と農村の不等価交換  コミュニティ

広井良典著「創造的福祉社会」を読みながら、いくつかの発見とインスパイヤがあり、実はまだ読み終えることができません。考えながら読む、というのは楽しみでもあり、インスパイヤを反芻しメモしつつ読むという行為は本当にはかどらないものです。

ここまで読んでとても印象深かったのは、まずセーフティネットの構造。生活保護〜社会保険〜雇用という進行軸の先に、新たなセーフティネットをボンヤリと図示しています。

雇用というプラットホームにさえ戻れば、積極的な意味のセーフティネットはある程度維持できるという考え方は、宮本太郎氏の交差点型社会に通じるものとみましたが、その先の新たなセーフティネットとしてあるものは、実はまだ示されていません。ただわたしは、シェアする社会、コミュニティ、寄付やお布施の世界ではないか、と勝手に閃いています。これはおいおい、考えて肉付けしていきたいベクトルです。

もうひとつ、心に残るのは「不等価変換」。なぜ、農村社会は都市にさげすまれる位置関係になってしまったのか。日本人はクチでは自然や田舎をこよなく愛しているかにいいながら、一向に都市の便利さから離れようとしない。地方の魅力によつに組んだ行動がない。

その答えとして、農村と都市の間に不等価変換のメカニズムがあるというのです。手っ取り早く言うと不当に農産物が安い。春から秋まで時間をかけて育てたものに対する対価が、余りに安すぎる。したがって雇用のマーケットとして機能していないし、後継者も出てこないと言うことになる。

これはグローバリゼーションによって、農産物価格が海外価格に抑えられているせいだといえるでしょう。しかし、先月スイスにいって目からウロコが落ちたのは、スイスは高い自国の農産物で自給しながら、農村物価格が多少高くても、その国土保全の担い手である酪農業者がそれで自立できるなら高くないという合意形成ができていると言うことでした。

農産物はコミュニティにおけるケアも同じで、時間をかけたこれらは単純な市場経済に向かないというとらえ方は新鮮で、そこに公的な支援が必要だというわけです。

今回の原発事故で、わたしたちは原発の不経済を市場に織り込んでいないことを知らされました。外部不経済を無視して、リスク管理も結果的におろそかなまま突っ走ってきた。このように外部化してしまったもののなかに、「こころ」「林(森林)」「倫理」などもあるのではないか…。

まだ半分しか読み進んでいないのに、もうすでに一度読み返してみたい願望に駆られます。モヤモヤしていたわたしの中の問題意識が、ソーシャル・キャピタルの視点も大いに援用してなにか、どっと明かりが見えてきそうな、そんな予感がするのです。いい書籍に出会えたことにとりあえず感謝。


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ぶらっと立ち寄れる店  コミュニティ

久々に「ツル」に寄りました。

サラリーマンが、独りでもぶらっと入って、カウンターの内外としゃべれる場。
以前は札幌はタヌキ小路5丁目の角の2階にあったのですが、20年ほど前、今の
三越前の電車通りの地下にはいりました。

表にどういうわけか看板がなくなったので、ほとんど秘密の地下組織みたいな
店になってしまっています。なじみの客がくる、ということに当然なるわけですから、
客はあずましく、店はなかなかはやらない、ということに。

しかしなんですね、仕事を終わってちょっと立ち寄って、古いなじみのだれかれが居る、
というのは、インターネットのメール交換などをちょっと蹴飛ばしてしまうリアリティが
ありますね。

ひそひそ話、裏話、けなし、内緒話、ここだけの話、恥ずかしくて言えない話、
家族の話、上司の話し、年金の話、定年後の話などなど、ぼろぼろあるわけで、
それらはネットにゃ向きません。まだろこしくって仕方ない。

言ってもいい顔ぶれ、雰囲気、反応、これらを見計らって語る緊張。
オジサンたちの和風パブだったわけです。もう40年も通っていることになりますが、
これからはもう少し頻度をあげよう、と決心。クリックすると元のサイズで表示します
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ICTにのる人、のらない人  コミュニティ

先日、フェースブックに登録してみました。勝手がわからないうちに
まずは動かしてみること、と割り切ってオフの時間に少しずつプロフィールを
拡大してみました。

そうすると、こちらが属性を明らかにする都度、ネットワークの関係者の
枠が広がり、わたしが関係するメールの関係者で登録している人たちが
自動的にどんどん現れ、友達の友達つながりで輪が拡大する。基本はそこに
あるだろうと思います。で、今、スポーツやアクティビティを加え、先ほどは
勤務先や出身高校まで入れてみました。

基本的に実名で開示するわけですから、その覚悟が入ります。


で、地域SNSもこれも基本的に、この壁(知らない人とコミュニケーションを
すること)が自分に向いていない、と判断する人は、足を踏み入れない世界かと
思います。わたしの周りでもたくさんおいでです。

おもえば、この壁は、低くないかもしれません。人は善意であるというつもりで、
挨拶を交わし答えてもいくのは、10年以上前にはあまり考えにくいことだった
と思います。きっとごく一部の限られた積極的な、社交を厭わない方々の
独壇場だった。

引っ込み思案なわたしが、今は地域SNSに本腰を入れて裏方として5年目の運営
に入り、そのほか、複数のホームページを管理しているのですが、個人的感想を
述べれば、あるマナーを守り、マナーにのっとったメッセージを発信している分には、
ICTはとても便利で快適、ためになる、と結論できます。

でも、やるやらないの分かれ目は解消できないと思います。ですから、いずれ、
フェースブックに交流のツールは奪われる、などという感じもわたしはしません。
わたしが交信している多くの人は、E-MAILで足りているひとであり、あるいは
地域SNSが好きな人、MLで十分という人など多様で、結局、一つのツールに
絞り込むことができない。

これって、最大公約数的なもの=e-mailあるいは携帯などが滅びないということ
ではないか。30年もしたらどうなるかは予想できませんが、すくなくとも、
コミュニカティブなこれらのツールに背を向けた日常も厳然としてある、というのは
重要だと思います。
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寛容なソーシャル・キャピタル  コミュニティ

先日アップしたサロベツ座談会http://www.hkk.or.jp/kenkyusho/file/report_20100719.pdfを包括するある研究会で、先日、別の座談会を行いました。昨年6月から9月まで、全道の1200人にアンケートした結果がまとまったのを機会に開いたものです。

そこででたキーワードの一つがこれ、「寛容な…」。地域の力になる「柔らかいこころの元手」がソーシャル・キャピタルと言えますが、これが北海道の各地の、コミュニティやある年代に、形をあまり見せないままでたっぷり残っている、というのがアンケートで見えています。

驚くことは、コミュニティに宿るらしい息苦しさ。特にいちど都会生活をした方などが、自由記述でずいぶんボヤキのように述べています。「田舎はすぐ噂になって大キライ」「つきあいが面倒くさい」などなど。

助け合いなど色々とイイコトもある地域のもう一つの一面といえるのでしょうか。たしかに他人との距離の取り方は微妙です。上手な距離感、これはある種、巧みなワザかもしれませんね。

ある女性の方は言います。
「でも、本州の地方ならもっともっと息苦しい(はず)」。
「そっかあ、北海道はその点、寛容なソーシャル・キャピタルがあるのかもしれませんよ」

そういえば、移住者の多い伊達市は宮城の伊達藩が集団で移住したのはご存じの通りですが、わたしが北海道に移り住んだざっと40年前、伊達衆はよそ者を受け入れない、というので有名でした。その点、近年の道内では、旅行者などには特に親切で「泊まっていきなさい」などと声をかけられる、と本州人は驚きます。

もともとコミュニティの強いきずなは、外的から身を守るのが起源だとすれば、開けっぴろげなソーシャル・キャピタルは、例え貧しくても実におおらかな、競争をあまり入り込ませない風土からきたのか、と思いますし、たしかに本州の多くの人が北海道の印象をこう語ります。でもある経営者は「北海道人はおおらかすぎてコスト意識がなさ過ぎる」などと言うのも聞きます。

先の座談会である女性参加者が「幸せ筋肉」と呼んでいるのも、ソーシャル・キャピタルのひとつに他なりませんが、これが感性豊かな女性にたくさん付いている、とわたしは観察しています。

ソーシャル・キャピタルという物差しみたいなものを使って、土地の良さ、癖、プラスマイナスを話し合って見るというのは、風土と精神を語るようでなかなか興味が尽きません。
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会話の癖  コミュニティ

毎週末の土曜日に、雑木林に出かける頃から始まるNHKラジオ「土曜楽市」。残間里江子さんとNHKの女性アナウンサー宮本愛子さんが担当する、笑いのあるマジメ番組です。
http://www.nhk.or.jp/rakuichi/

わたしはそこで残間さんの語りのエネルギーに圧倒されると同時に、やりきれないなあ、と思うときがあります。それは、会話の重なり。

相手がおしゃべり中なのを意に介さずしゃべってしまうこと。そ、身の回りのしゃべり好きによくあるあれですが、アレがかなり聞きづらくて、ま、これが残間流か、と思ってきたのです。あれはしかしラジオでは禁じ手だという人もいますし、海外ならブーイングものという説も聞きます。

自分のしゃべりたいことがあるから、相手の話を最後まで聞かない。番組でうまくや利こなしている人は、残間さんをたて、自分であまりしゃべくらない人が多いようにも見受けます。残間さんの予定調和的誘導に、うん、と言ってしまう大人しい人。

が、このごろ、「おばさんの底力」という私的研究(うそ)のなかで、これは社会の中に重要な意見発表の発露だという、わたし流の観察結果に至りました(笑い これでもう許せます(笑い


ただそれだけですが、週末のわずかな時間の付き合いで思ってきて、いつか書こうと思っていたどうでもいいことを、やっと書き終えました。フー クリックすると元のサイズで表示します
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/
8

高齢者のメーリングリスト  コミュニティ

今、大学時代の寄宿舎の日誌をピックアップして編集し発刊する
準備をしている関係で、メーリングリストを作りました。いつのまにか、
もう5つほどを管理しています。

今回のは合計で60人ほどいらっしゃるんですが、ご高齢は80歳代。
でも、今日、おふたりから登録を辞退したいという依頼メールが
来ました。

文面は、「メールのやりとりくらいはいいのだけれど、もう
新しいことにはついて行けない」というものでした。

わたしは潔くOKして登録からはずしました。
かと思うと、やはり80代の方から、寄付したいから
早急に口座を開いて欲しい、と。

高齢社会のインターネット利用は、だんだん簡単になるとはいえ、
多様化して、多様化自体が難しさに見えてきます。

ということになると、「メールの交換」というもっともシンプルな
交信が生き残る可能性はあるのではないか、と思い始めました。
そ、シニアネット、みたいにです。
(スパムやウイルスの問題はおいといての話ですが)

メーリングリストは、その点ほぼ標準的なアイテムかなあ、と
思っていたのですが、今日の辞退メールはやや残念でした。

でも返事や意見をいただいたのは、とても有り難いことだと
思います。
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わたしたちの空白と文明の乗り換え  コミュニティ

ちょっと興味深い本を読みましたので抄録してみたいと思います。広井良典著(ちくま新書)「コミュニティを問いなおす」、副題は「つながり・都市・日本社会の未来」。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜さっそく引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【日本における文明の乗り換えと普遍的価値の空白状況】
紀元前5世紀前後の「精神革命」を契機に、そうした「普遍的な思想」が地球上の各地域に広がっていき、その”リージョナルな住み分け”がなされたと述べたが、日本についてはどうか。日本は東アジアにおける「仏教・儒教圏」の辺境に位置することになり、そうした普遍的な思想と、ローカルな自然信仰(後に神道と呼ばれるようになるもの)を混合させていったことになる。(こうした在来信仰と外来の普遍的思想の混合というパターンはヨーロッパ、アジア等を含め世界の各地域において広く見られる)。

しかし明治期以降、欧米列強の進出に直面する中で、日本は西欧近代の思考枠組及び技術へのいわば「文明の乗り換え」を行った。しかしその基盤にある価値原理(キリスト教)は受容せず、かつ江戸期までの(仏教・儒教の)価値原理はおおかた捨象していったため、ここに”普遍的な価値の不在”という、目にみえにくい、しかし深刻な事態が生じたことになる(もちろん明治政府はそれを天皇を中心とするナショナリズム的な価値原理によって置換・統合しようとしたわけであるが)。

さらに第2次大戦の敗戦により、そうしたナショナリスティックな価値原理も否定されることになり、戦後の日本社会は文字通り”価値原理の空白”に置かれることになった。その結果、戦後の日本人にとって事実上”信仰”と呼べるような絶対的価値になったのは、他でもなく「経済成長」という目標であったといえるだろう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ここのあたりは、どこかで繰り返し聞いたり見たりしたオボエのあるストーリーかもしれません。そして、価値観の欠落という、なんとなく虚ろな思いをいだきつつ迷いながら歩んでいた、というのがわたしなど凡人の日々だったような気がします。

しかし、その虚ろな陰圧のおかげだったかはわかりませんが、野外体験のさなかに自分の中にアニミズム的なものへの反応資質がしっかり眠っていることに気づきました。おそらく、育った風土が心身に埋め込んだ原初的なモノだったのではないかと思われます。古い因習の中で育ってきたわたしには、このような体験は親しみもあるものでしたが、どうでしょう、世代が若くなるとこの遺伝子はしっかりと働くのでしょうか。

次に定常化が出てきます。定常化とはある発展のあと成熟期に入ってベクトルが横ばいする時代を指していて、今、その3回目の定常化にある、と指摘します。定常化の節目には必ず新しい価値軸が生まれてきた、と言います。さて、では、今回のキーワードはなにか。


〜〜〜〜〜〜〜ふたたび引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【コミュニティと時代構造】
(話を)まとめてみよう。…人間の歴史が3度の「拡大・成長」と「定常化」のサイクルを経てきたという議論を行ってきた。この場合、そもそも両者を分かつものは一体なんだろうか。また「コミュニティ」との関係はどうか。

つまるところ、狩猟段階−農耕段階−産業化段階それぞれの前半期をなす拡大・成長の時代とは「人間と自然」の関係が大きく変わる時代ーーーより明確には、人間が自然からエネルギーを引き出す様式が根本的に変化し、自然を”収奪”する度合いが増幅する時代ーーーであったと言える。

これに対し、各段階の後半期たる定常化の時代とは、資源制約の顕在化やある種の生産過剰の結果として、人々の主たる関心が「人間と人間」の関係あるいは「人」そのものに移り、自然の新たな収奪や物質的・量的拡大という方向ではなく、個人や文化の内的な発展あるいは質的深化とともに、「ケア」、そして(人と人との関係のありようという意味での)コミュニティというテーマが前面に出る時代となる。

同時にここでは、本章で述べてきたような新たな価値原理の追究が課題となる。これはわたしたちが生きるこの時代において、「コミュニティ」というテーマが大きく浮上するいわば第一の文脈であり、その”人類史的次元”とも呼べるものである。…
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

出てきたキーワードはコミュニティでした。コミュニティの使われ方は今日、地球をコミュニティと称するまでに変容しているので、意味合い・使われ方は従前とは異なってきますが、それはともかくとしてもわたしたちが慣れ親しんで日常の置かれた場(コミュニティ)と同じ言葉であることに、どこかホッとするところがあります。曲解になると思いますが、グローバルに巡り巡って、たどり着いた場所の重要な点がローカルだった、という理解をわたしはしておきたいと思います。

そう見てくると、今わたしが体験している「非貨幣的な価値」というものや、コモンズという概念が、別の顔を覗かせて見えてくるということもあります。




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5

平均年齢72歳のコミュ・レス  コミュニティ

白老の森林フォーラムでは懐かしい顔、多数にあって、終了。平均年齢72歳のコミュニティ・レストラン「グランマ」で昼食をいただきましたが、職員のみなさん言い顔で給仕していました。もちろん、広いお店はほぼ満員です。
そして 、もひとつ。会場に持参した拙著林とこころ』15冊が完売。昨年だったかも、ある博物館で完売したことを思い出します。著者としてはこんな嬉しいことはありません。出版してから5年半、まだジワジワと。

写真は、働く女性の若き日の写真。はっきりいって美人ばかりです。
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7

日本という方法の発見  コミュニティ

外はシンシンと雪がつもり今10数センチになりました。

今、松岡正剛著『誰も知らない世界と日本のまちがい』を読み終えました。以前、Kさんが書評↓を書いておられたものです。

(わたしがかかわる北海道の地域sns「どっとねっと」です。登録して参加できます)
http://www.hokkaido-sns.net/OpenPNE2/public_html/?m=pc&a=...

要点はKさんが的確に記述されましたから、わたしは、混沌から飛び出すのにヒントになりそうな、正月らしい興味深かったセンテンスだけをちょっと紹介しましょう。

********

…「(以上、のべてきたような)アメリカン・リスク・マネジメントの趨勢に対決できるのは、ひょっとすると、、このような日本人の「小さな変化」を見立てられる力なのではないか、…また天変地異をひょいひょいと自然哲学や俳諧にしてしまう才能が、新自由主義の金融工学にはむかえる力ともいえるんじゃないか…」

ある段階から次に移るときに、予想もしなかった創発が起きると前置きし、それはいわば日本の水田の苗代なんだ、と述べてから、

「特に苗代や植木鉢をいろいろなところにつくっておくこと、…にヒントがある、そこに「日本という方法」の発見もある…」

「われわれは、そこにいて、そこの不在者になってはいけない…」

*********

最後の1行は、正剛氏最後459pのメッセージなんですが、かなり強烈なメッセージだと思います。伏線として、近代社会は「代理の社会である」ということがあるようです。政治は政治家に、旅行は旅行代理店に、美味しい食事はシェフに、教育は学校に、ことごとく他者に任せる社会というわけです。

だからこそ育児や家族や身近なネットワークなど、ぎりぎりの接点から逃げずに、「今」にコミットせよ、とも受け取れます。わたしの関係で言えば、「森林は地球環境を守る」「CO2に欠かせない」などと言ってないで、五感で感じ取り、「リラックスする」「気持ちいい」「薪の暖は格別」などという具体に突き進んでいくべし、と取れます。

ここのところが実に希薄になってしまっているのは事実ではないでしょうか。本当はそうでなくて、つまり、眼前の「今」への対処にしっかりとした
大きな意味がある、と。

展開された世界史解読と世界観はHelvetia さんを連想させました。博覧強記についていくのは困難でしたが470pは混迷の日本を展望してみる上でかなり刺激的な視点にあふれていました。
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ボードウォークへの道のり  コミュニティ

昨日の午後は、NPO関係で雨のなか、苫東のつた森山林へ。

おととし、天皇陛下が来道して行われた、T山林の全国植樹祭
跡地で、今、森の中の青空公民館作りのような試みが始まっています。
新しいタイプの森のコミセンみたいな依り代。

リストラ前のわたしのフィールドであったことなどから、跡地の利活用の
アドバイザーとして会合に参加してきたのですが、車椅子の方々でも
気軽に参加できるようにと、今、ボードウォークとトイレづくりについて
話題が進み、昨日は車椅子関係者6名を交えて意見交換。

筋ジストロフィーで寿命は20歳までといわれたSさんは今30歳を越えて、
ますます筋力が落ちる自分の体力と闘いつつ、お母さんと一緒に
参加。恥ずかしがりながら、
「こんなことができるなら、夢のようだ…」小さな声でいいました。

障害者ダーツの支部リーダーを務めるもう一人のリーゼントのAさんは、

「昨年、ここに出向いて初めて自然って、林ってすごいんだなあ、と
知りました。本当に去年、初めてでした。車椅子で森にアクセスすることはありませんでした」と。

スポーツタイプのマイカーで来たもう一人のRさんは、

「車椅子の人間として特にアドバイスができなくてすいません」
と前置きしてから、
「トイレはできればログのようなもので組まれたらどうでしょう」と
提案。こんなことがもしできるなら素晴らしいな、と付け加えました。

期待していなかった喜びを得た、というのが感想のベース。これには
考えさせられます。ユニバーサルなアクセスはまったくなっていない身の回り。
一方、とても完備されているのが、「イオン」なのだそうです。(あ、ヨダンデス

で、

T山林を背景にした広場の利用。そこをプラットホームにして
いま、NPOや協力者が参集して、善意のつながりが始まったところです。余った木材やその他の廃材、それから情報と人のつながりをくわえてやりくりしながら、ゆっくり進む道のり。

車椅子でやるどんぐりの種まき、ハスカップ採取の小径、作業台、ボードウォーク、広場になるパネル、そして大きな課題であるトイレ…。

道のりは結構遠い感じ。けれども、こんな風にして到達できた、というゴールもすうっと思い浮かべられる所をみると、このメンバーならいい線行くかも。

奉仕で積み上げる活動の快感と一歩一歩の小さな満足。
それはこれから築いて行くべきそれぞれの地域社会やコミュニティの
しくみの真ん中に隠された果実のようなもの。そこにはwin-winの
関係があります。

それら個々の取り組みが地域の宝につながるということを、もっと社会に発信する意味があるのだろうと思います。実は地域にはこういう取り組みが普通に存在しており、どうもこれは今日日のおぞましい殺人などの反対側にあるようだからです。

写真は雨に煙るハスカップ畑=フィールドの隣接地。クリックすると元のサイズで表示します
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社会のすき間とNPO  コミュニティ

先日、NPOの基礎と設立の講習を二夜連続で受けてきました。

時代は、確実に変わってきました。さまざまな法律が次々と変わって、今やもっとも面倒な法人申請手続きはといえば、NPO法人だと言うことになっているようです。これはちょっと驚きました。

確かに営利法人は平成18年の会社法で一本化(資本金は一円でも可)、公益法人も昨年12月の公益法人制度改革によって一本化され、あとは学校法人、社会福祉法人、宗教法人などの特別法がありNPO法人もNPO法という特別法で規定される訳です。

で、それはともかく、社会のなかには人が自ら動かないと埋まらない「すき間」が多くあって、結局、市民は町内会やPTAなど何らかのサービスをいつのまにか始めているようです。

のみならず色々なジャンルで2人以上気持ちを同じくする人が集って動きはじめれば、それはもう立派なNPOと名乗ってもいいことになります。
(別に名乗る必要もありませんが)

こうしてみると、人はいつのまにか、生業の仕事とは別に、なんらかのNPO的な担い手になって社会を支えているということになります。

自分の場合をふり返ってみても、法人格をもつあるNPOの役員をやり、学生寮の旧財団組織の幹事を継続し、100人ほどの会員を擁する環境NPOの役員をし、そしてごく少人数のNPOの一つを専属的に運営していることになります。

あれま、いつのまにぃ…、です。なんの気負いもなくごく自然でした。子育ても終わり、物欲も納まり、時間も融通ができ、社会とのネットワークもまずまずできて、得意な分野でなにがしかの役に立てるのではないか…。世間への恩返しみたいに。

大それたことは何もできませんが、愚直に、こつこつと身の回りから少しでも良い方へ変えていく…。庶民のできることはその辺だ、と割り切るとずいぶん楽になります。人生の半分以上はもう確実に過ぎたのだし、と林住期のtakeは思うのでした。(笑い クリックすると元のサイズで表示します
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コミュニティ願望  コミュニティ

きのうの夕方、洗濯物を取り入れようとしていたら、

「おじさ〜ん、こんにちはあ、○○で〜す」
ととても若い娘さんが、レンギョウの藪のすきまから声をかけています。

「おお、○○ちゃん、よくおじさんに声をかけてくれたねえ、
 ありがとう。今、何年生になったの?」
「中学1年です」
「ほお、おじさんは顔がちょっとわからなかった…。お父さんは
どうしてる?」
「今日は仕事にいってます」


なんのことはない会話なのに、中一の子がわたしに声をかけてくれた
そのことに喜びをじーんと感じるのです。自分からわたしに声を
かけてくれたのは、きっと初めてでしょう。「ほんとにありがとう」。

丁度昨日は例大祭の日で、こども御輿が町内を回っていました。
おじさんたちは、このこども御輿にもとても弱い…。なんでだろう、と
考えると、この御輿にはコミュニティの善意が凝縮していると
感じるからでなんでしょうね、きっと。(^J^)

それに、助け合うコミュニティを理想に思い描きつつ渇望もして
いるはず。

夕方はビアガーデンとカラオケ大会でした。変わった発音の歌だなあ、
とステージをみると、ギャ、アフリカン風の巨体の女性が、小さな声で
歌っていました。不思議な土地感覚でした(^_^;) オレハドコニキタ?クリックすると元のサイズで表示します
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