久しぶりに文章をUPです。
同人誌の原稿ですが、本がなくなったので・・・ここに貼ってもいいですよね(^^;
この話は迷い子に出てきた一紗の話です。
ヘタレワンコ×俺様(一紗)の話になります。
ちょっと長いので分割してUPです。
『わんこと俺』
1.
だぁ!マジで来やしねェ!!
俺は店の奥の作業室で明日出すケーキの仕込をしながら、思わず心の中でそう叫んだ。
今の時間は普通の仕事場ならもうとっくに終業時間って奴になってるんだろうが、俺の仕事はまだまだこれからだったりする。
俺が仕事をしているのは、母方の従兄弟の草壁雷覇(くさかべらいは)と草壁海里(くさかべかいり)という双子の兄ちゃんたちが経営する喫茶店だ。
その喫茶店で、俺は店に出すケーキをつくったり、デザートの準備をする仕事をしていたりする。
かっこよく言ったらパティシエってやつ?
でもまぁ、ちっちゃな喫茶店でやってるから、そんなかっこいいものでもないか。
うん、まぁそんな仕事をしてんだけど、今日は本当ならばもっと早い時間にこの仕事を終わらせて、出かける用事があったのだ。
だけど、その用事が潰れ……今に至ると……。
せっかく久しぶりのデートだからと楽しみにしていたのにだ。
恋人……と呼んでいいよな、あいつとは付き合ってから何年も経っているし、俺もあいつもお互いのことを未だに好きだし……が夜の11時を越してもまったく姿を見せないのだ。
今日は何日か前まではデートの予定だった。
久しぶりのデートのはずだったのだが、昨日電話で明日は会議が入ったから無理かもしれないと電話はあったのだ。
俺が付き合っている相手は高校の教師……といっても駆け出し一年目の新米なのだが……で、緊急の職員会議が入ったそうで。
だから、今日はデートは本気で無理そうだとそう言っていた。
まぁ仕事ならしょうがねぇ。
俺だって、それくらいはよくわかる。
だけどだぞ、緊急の職員会議だとしても、十時とか十一時になるわけがねぇんだから仕事帰りに顔を出すとか、今日はごめんと電話をしてくるとかそのくらいのフォローは普通してこねェか?
あいつは俺がいるこの店が、自分の帰り道の途中にあるということをわかっている。
実際に何度も仕事帰りに寄った事があるしな。
だから、仕事帰りにちょっと寄るというのがまったく問題なく出来るはずなのに。
なんで何にも連絡がねぇんだよ!!
「せめてフォローぐらいしやがれ」
全ての材料を混ぜ終わったレアチーズケーキの元を型に流し込みながら、ぼそりとそう呟いた。
ずっと心の中で1人呟いていたのに、不意に出たその言葉に何かこもっていたのだろうか、自分らしくないくらい女々しい気がした。
本気でらしくねェや。
自分の頭を食い物を扱ってるから被ったままの帽子越しに乱暴に掻きながら、思わず苦笑を零す。
まぁ最近は色々とお互いに忙しくて会う機会がなかったから、久しぶりのデートを本気で楽しみにしてたってこともあるんだけどな。
……あとで俺から電話でもしてみるかな。
今は仕事中だから電話してる余裕なんかねェし。
ふうと息を吐いてから全ての元を流し終えたボールから手を離し、固める前の型を端から手に取る。
手にとって台の上から二十センチほど持ち上げるとそれをそのまま台の上に落とすという作業を何度か行い、レアチーズの元を流し込んだ型の全てに同じ動作を行なう。
そうするとケーキから余計な空気が抜けるのと元が均等に行き渡るので、偏りがなくなるのだ。
自分で食べるのならともかく、店に出すものに偏りなんかあると困るもんな。
今作っているケーキはうちの店でも人気があるものだから、失敗なんかしたら絶対に明日のカイ兄が怖い。
うん……自分の機嫌が悪いからって、絶対に失敗なんか出来ないよな。
たとえ、楽しみにしていたデートが潰れ、そのフォローがなくてもだ。
……ってそう考えたらまたイライラしてきた。
「……バカタレ」
もう一度、今度ははっきりと悪口を呟くと少しだけ気が晴れたような気がした。
だが相手の名前を言わずに呟いたからだろうか、そばからびくりと体を震わせたような気配がした。
あ、やべぇ。そういえばここにいるのって俺だけじゃなかったっけ。
そう思って気配のしたほうに目を向けると、そこにはどうしたらいいのかわからないと思い切り目で語っている敦紀(あつき)の姿があった。
俺の呟きを自分に向けられたと勘違いしちまったんだろうか。
やばいなぁ……もしここでそう勘違いされたままだと、俺はあとでライ兄に悲しまれ、カイ兄に思い切り厭味の応酬を喰らうかもしれない。
敦紀は何ヶ月か前にライ兄が文字通り拾ってきた奴で、ウチでバイトをしているうちにライ兄のことを好きになり、決死の覚悟で告白をして見事恋人の座に収まったと言う人物で。
ウチで一番権力のあるライ兄から見たら本気で大事な相手で。
そんな相手だから誤解をさせたままじゃ、マジでまずかったりする。
参ったなぁ。
俺は思い切り眉間に皺を寄せてから、敦紀にわかるように顔の前で否定するように手を振った。
「敦紀。俺が切れたのはお前相手じゃねェから」
だから安心しろと付け加えると、敦紀はほっとしたようだったけど、俺の機嫌が悪いところ見たのが初めてだからだろうかやっぱりまだ俺のほうを心配そうに見ていた。
そっか……そうだよな。敦紀には絶対に機嫌の悪いところとか怒ったところを見せたことがなかったもんなぁ。
こいつは特殊な事情でここにやって来た。
街の裏路地に傷だらけのボロボロな状態で捨てられていたところをライ兄に拾われてきたのだ。
意識がなく、このままでは新聞の片隅に死亡記事が載ってしまうだろうとライ兄が心配して拾ってきた。
色々と事情を聞いてみると信頼していた人間に裏切られたようで、最初は軽い人間不信におちいっていることがわかった。
それと笑っている顔ならいいのだが、人間の怒り顔に怯える傾向もあったので、ここに住んでいる3人で敦紀の前では絶対に悲しい顔や怒った顔を見せないようにしようと話し合って決めたのだ。
だから、こんな顔を見せたのはマジで初めてなんだよな。
まぁ最近は色々と満たされてるみたいだから、そろそろ俺も地を出しても大丈夫だろうと思っていたのだけれど。
そう考えるといい機会かもしれないが、ここまで怯えられるとなぁ……。
まぁいいか。
俺はこれ以上考えるのはやめようときっぱりと考えていたことを断ち切ると、くるりと敦紀のほうに首を向けた。
考えててもしかたがねェし、あいつにはあとで本気で突っ込みいれればいいや。
下手に考え込むと仕事が終わんないし、機嫌の悪いままケーキを作ってたら、美味しい物に仕上がらねぇしな。
売り物として出すんだから不味いものなんてもっての外だ。
「よし!!」
俺はぐっと拳を握り締めてから、俺の声に驚いてびくりと体を震わせた敦紀にわかるように、俺の目の前にあるケーキの肩を指差した。
「敦紀。これを全部冷蔵庫にしまってくれ。ケーキ専用の冷蔵庫はわかるな」
「あ、うん。向こうにあるやつだよな」
俺の問いかけに敦紀は頷いてから、向こうと冷蔵庫のあるほうを指差す。
その指差したほうに確かにケーキ専用の冷蔵庫があることを確認してから、俺は笑顔を見せてから頷いた。
「おう。あの冷蔵庫な。
で、それが終わったら、俺が使ってたボールを洗ってもらえるか?
俺は次のケーキを作り始めるからさ」
「了解。道具を洗っておいて置けばいいんだよな」
それで正解?と首を傾げた敦紀にOKマークを作って頷いてから俺はそこから離れ、材料の入っている冷蔵庫に向かった。
そこから卵と生クリームを取り出そうとしたところで、作業場の外から騒がしい音が聞こえてきた。
そろそろ閉店の時間だからそんなに騒がしい客もいないはずだし、ライ兄やカイ兄が騒ぐなんてことは絶対にありえない。
なんだ?と冷蔵庫を閉め、作業場の入り口に向かおうとすると、作業場のドアが勢いよく開いた。そして、中にさっきまで文句を言っていた人物、俺の恋人の竜崎彬(りゅうざきあきら)が飛び込んできたのだ。
ここまで走ってきたのか、その額に大量の汗が光っていた。
「……なんか用か?」
流れっぱなしの汗を見つめてから、走ってきたのは嬉しいけれど何で今になってここに来たんだと無言で訴えながら、俺はその飛び込んできた恋人の顔を睨みつける。
俺よりも10センチは高い身長の持ち主だから、睨みつけると言うよりも上目遣いで睨むといった状態になってしまうのだが、彬は俺に睨まれて落ち込んだのか、思い切り凹んだように頭を垂れさせた。。
その頭を垂れてしまった彬の様子を見て、俺は思わず溜め息を吐いてしまった。
こいつは俺よりも高い182だったけ……の身長の持ち主で、御近所の奥様方から『竜崎さんちの美形兄弟』と言われるほど整った顔を持った兄弟の片割れなので見目もいい。
それが俺の機嫌を伺ったり情けなくうな垂れたりしてるもんだから、ついため息だって出るよな。
まぁ走ってきたって事で多めに見てやるか。
俺もこいつ相手に怒りたいわけじゃないしな。
ふっと苦笑を漏らしてから、俺は垂れたままの頭を軽くぽんぽんと叩いてやる。
そして
「もういいから、頭上げろって」
と、我ながら優しすぎるんじゃないかって思うくらい優しい声でそう言うと、彬は勢いよく頭を上げた。上げて、本当に嬉しそうな顔で俺の顔を見つめてくる。
その本当に嬉しそうな顔を見て、俺はまた苦笑を漏らした。
見目良く、絶対に周りからかっこいいと言われるだろう男がここまで可愛いってどうよ、と思わず周りに聞きたくなるくらいの笑顔を見せながら俺を見つめているのだ。
わんこみたいだよなと思わず心の中で呟こうとしたとき、その目の前の彬が笑顔のままゆっくりと口を開いた。
「よかった…カズ兄が怒ってなくって。
今日のデートを断ったけど会いに行ったほうがいいよなって思ってたんだけど、会議が終わったあとに同僚の先生達と飲みに行っちゃってさ。
今の今まで飲んでて、そういえばって慌てて会いに来たんだけど。
デートがなくなったから、絶対にカズ兄が怒ってるって思ってたからさ。
……よかったぁ」
ふうと胸を撫で下ろしながらそう笑う彬の顔を見て、俺は顔から笑みを消した。
ほう……そうか……人が電話がかかってこないといらいらしているときに、こいつはのうのうと酒を飲んでやがったのか……。
しかも、頑張って仕事をしているときに、同僚達とと自分一人楽しんでいたと……。
ふうんと俺はにこやかに微笑んでから、彬にゆっくりと手招きをした。
俺がにこやかに微笑んでいるからだろう、彬も釣られたように笑みを浮かべたまま、さらに俺のほうへと近づいてくる。
その近づいてきた彬に頭を下げるように無言で合図すると、彬は首を傾げたが指示通り俺に向かって頭を下げた。
俺はその前で指をパキりと鳴らしてから、思い切りその後頭部に掌底を叩き込む。
拳なんかじゃ生ぬるいと思ったので、拳ではなく掌の下の部分を思い切り叩き込むと、そのまま彬は前のめりで床に倒れこんだ。
「酒かっ喰らう前に、とっとと連絡してきやがれ!!」
床に倒れたままの彬にそう叫んでから、その体を蹴り飛ばして作業室の外に出すとその扉を閉める。
閉めた後に鍵をかけると、今までずっと無言で俺たちの様子を見ていた敦紀に声をかけた。
「さてと、作業の続きをやろうぜ。
早くやらねェと、明日の売り物がなくなっちまうしな」
にこやかに笑みを浮かべながらそう言うと、すっかり硬直していた敦紀がまるで壊れた人形のようにがくがくと首を縦に振る。
……俺、敦紀が硬直するようなことをしたか?
何で敦紀がそんなにギクシャクとしてるのがわからなかったので思わず首を傾げたが、まったく答えが出てこない。
まぁいいか。
俺は気にしないことにすると、また冷蔵庫へと向かいそこから材料を取り出すと、ケーキ作りを再開した。

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