2011/2/25

わらび座カンアミ伝  

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お誘いをいただき初めて観たわらび座の公演でしたが、本当に一瞬も目をはずすことなく惹きこまれました
演目は「カンアミ伝」。古典芸能をミュージカル仕立てにした作品です。
南北朝時代の猿楽師 観阿弥伝がテーマです。

演出家の中村たかおさんが「わらび座創設の原点である、日本の民族芸能のルーツにつながり、ここ10年余り積み重ねてきた、ブロードウェイ・ミュージカルの手法との交流の成果問われる舞台だ。」
と言われるように、演劇の要となる役者さんの身体的表現が特に素晴らしかったですダンスハート

二時間余り 全く他のことを考えたりする時間もなく惹きこまれ、気が付いたら最後の祝祭の場面になっていて周りの観客もほとんど全員がまるでその中に吸い寄せられているかのようでした



冷静になり、ここでご覧になってない皆様にあらすじを

南北朝時代動乱が、いまだ続くころの大和。観阿弥は、献身的な妻菖蒲(あやめ)に支えられ「人の心を打つ芸」をしたいと研鑽をつんでいた。
そんな時、観阿弥は人買いから孤児の少女「ナズナ」を助け、家族として迎え入れる。
数年後、新たな芸をとりいれようとする観阿弥は、大陸帰りの妖艶な舞踊手・乙鶴に斬新な曲舞を習ううち、次第に魅了されていく。家族と一座に走る亀裂ー

さまざま困難を乗り越えてきた観阿弥に大きなチャンスが訪れる。
京都今熊野で、息子世阿弥とともに将軍足利義満の御前で舞うことが叶ったのだ。
将軍の後ろ盾を得た観阿弥親子は一気にのぼりつめ、隆盛の中で、「民衆の中にあってこそが真の芸」と考える観阿弥と、「幽玄」の世界を求める世阿弥の対立が深まる。

観阿弥は、「芸とは何か」を世阿弥に諭しながら、「人買いから救った少女」を題材に、人々の本当の願いをこめた新たな作品を創りだす。
都から遠く離れた駿河浅間神社で、その作品「自然居士」を舞う観阿弥、
熱狂する民衆。
父の想いは、京に残った世阿弥の心にもくっきりと刻まれ、二人の心は時空を超えてむすばれていた。

このような内容だったのですが、百聞は一見に如かず
是非 一度わらび座の公演ご覧になってくださいませ。

今回の美術・衣装担当は朝倉 摂さん
大分の生んだ偉大な彫刻家朝倉文夫さんの娘さんです。あやめ・乙鶴の澄んだ声も軽やかな身のこなしも衣装でまた何倍も輝きを増していたように思いました。
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2011/2/22

ストック  


アブラナ科アラセイトウ属で南ヨーロッパが原産のお花

「ストック」は英語名で「幹」や「茎」を意味し、しっかりした茎を持つことに由来します。

和名の「アラセイトウ」は「葉ラセイタ」が語源という説が有力です。
「ラセイタ(羅背板;ぽるとがる語)」とはラシャ(羅紗)に似た布のことで、毛で覆われた葉が似ていることによるそうです
漢名の「紫羅欄花(あらせいとう)」は正しくは「オオララセイトウ」のことを指すそうです。

花言葉は「未来を見つめる」「愛の絆」「幸福」「思いやり」
特に紫のストックは「おおらかな愛情」だそうです。

このストックの作者みとりさんのお嬢さんは今春ハワイで結婚式をされるそうですクラッカー
お二人ためのの幸せの花になりますね。
おめでとうございます


そんなストックの花は一重咲きと八重咲きがありますが、見かけるほとんどが八重咲きです。
八重咲きのほうが香りがよいようです。

日本に入ってきたのは江戸時代の末と比較的新しい花なのですが、古代ギリシャ時代は薬草として利用されていたようです。

お部屋にあると春が来たようなよい香りを運んでくれます



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2011/2/18

水仙  

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スイセン属(スイセン属学名:Narcissus)は、ヒガンバナ科の属の一つ。
この属のにはラッパスイセンやニホンズイセンなど色や形の異なる種や品種が多くありますが、この属に含まれるものを総称してスイセンと呼んでいます。

チューリップやヒヤシンスなどと同様に典型的な球根植物。
スイセンは日本の気候と相性がよいので
植え放しでも勝手にふえます。

Narcissusという学名は、ギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスに由来します。
神話によるとナルキッソスはその美しさにさまざまな相手から言い寄られたものの、高慢にはねつけ恨みをかった。
ついには、そんな彼への呪いを聞きいれた復讐の女神ネメシスによって、水鏡に映った自分自身に恋をしてしまった。

水面の中の像は、ナルキッソスの想いに決して答えることはなく、彼は憔悴して死ぬ。
そして、その体は水辺でうつむきがちに咲く、
だからスイセンは水辺であたかも自分の姿を覗き込むかのようにに咲くようですよ

『ナルシスト』という言葉もここからきたようですよ

花言葉は「うぬぼれ」「自己愛」「気高さ」「愛をもう一度」です。

特にこの良子(りょうこ)さんの描かれた黄色の水仙の花言葉は「もう一度愛してほしい」です。

良子さんご夫婦は時々お二人でいらっしゃるところをお見かけしますが、いつもお休みの時はご一緒に行動されるとても仲の良いカップルです。

良子さんがいると周りが明るくなるような不思議なオーラを持った方なのです。

水仙には別名「雅客(がかく)」「雪中花(せきちゅうか)」といった美しい呼び方もあります

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2011/2/14

シーボルト日本植物誌  

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今年の始めにご尊敬する方より『シーボルト日本植物誌』をご紹介いただき、読もうと思いながら約一か月が過ぎた昨日
大分合同新聞の わたしが最近読んだ本のコーナーに優子さんの書評が掲載されているではありませんか   それがなんと「シーボルト日本植物誌」だったのです

優子さんの書評を読んですぐ本屋さんに走り、その美しい表紙に心躍らせながらすぐさま家にもどり一気に読みました。

この本はシーボルトが出版した世界で最初の日本植物の本格的彩色画集なので読むというより、見るという方がよいのかもしれません。

シーボルトが日本にいた7年間に絵師の川原慶賀(かわはらけいが)を中心に描かせたもの を下絵として利用されているのですが、当時の典型的な西洋の植物画の常識とは多少異なる という点から日本植物誌の版下とするための改革が行われたようです。

この本の監修・解説をされている「大場秀章」東京大学名誉教授 によるとそれにより植物学的に不自然になってしまったものも多数あるようですが・・・・



彩色の美しさと洗練された構図、何よりこの時代にこんなに美しい植物が生えていたという感動はストレートに私たちの心に響きます


それまで日本では本草学の小野蘭山(おのらんざん)の『本草網目啓蒙』や岩崎潅園(いわさきかんえん)の『本草図譜』が完成していましたが彩色という点ではまだまだ及ばなかったようです。

日本ではシーボルトという名前を聞いたことのない人はいないくらい有名です。
江戸時代の日本に近代的な医学を伝えたこと。「鳴滝塾」西洋医学の専門学校の開校。
禁制の地図を持ち出し国外追放になったこと。etc.


ここからは優子さんの書評より

興味深いのはシーボルトという人物についての記述。
シーボルトは日本の植物の通信販売を最初に手がけた人物だという。
園芸振興のための組織をつくり、ヨーロッパで育つように順化し、カタログを作成して、頒布し、日本ブームの火付け役となったとも。
本書で紹介された日本の花々がヨーロッパの庭の歴史を変えてきた。
そう思うと、この本が単なる図鑑ではない違った書物に見えてくる。

私は優子さんのこの書評のコーナーの大フアンの一人ですが、残念ながら来月でとりあえず一休みとお聞きしました。
植物一つひとつに対する愛情、そして書物一冊いっさつに対する愛情の深さはこれからも学んでいきたいところです

来月はまたまた楽しみです
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2011/2/11

ほおづき  

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ホオズキ(鬼灯)はナス科ホオズキ属の多年草で、実はカガチ、ヌカズキともいいます。
原産地は東南アジアで、その他に南欧やアメリカ大陸など温帯に自生しています。

主に観賞用や食用として栽培されますが、野生のものもあるようです。

6月から7月ごろ淡い黄色の花をさかせます。花の咲いた後に六角状のガクの部分が発達して果実を包み袋状になり、熟すとオレンジ色になります。

果実を鳴らして遊ぶ子供たちの頬の様子から「頬突き」とよばれるようになったという説もあります。

「地面のさくらんぼ」(ground cherry)「冬のさくらんぼ」(winter cherry)などの俗名があるように特に食用の果実は甘酸っぱく、フルーティーな香りがするそうです。

私は子供のころ遊んだ覚えはあるのですがまだ食べてはいません。
ビタミンが多く、動脈硬化予防、美肌、がん予防、老化をおくらせる効果まであるそうですから
是非 今年の夏は試してみたいです。

江戸時代の初期、ホオズキの赤い実が人魂(ひとだま)を連想させることから盆の始まりに飾り物として使われるようになり「鬼灯」の名前もあてられて精霊棚の供え物となったようです。

やがてホウズキを買い求めて観賞することが流行し、以来ホオズキを夏の風物詩として楽しむ習慣が現在でも続いています。

7月の東京・浅草の浅草寺の縁日にたつ「ほうづき市」はとても有名です。

この作品は茂子さんが赤い袋が自然に茶色い網目状になったものを描かれました。

とても細かい網目を真摯なまなざしで描かれていたのを思い出します。
陰もつけて立体的にみせました。

県庁作品展の記帳台に置いて、皆さんに近くでしっかり見ていただきました

まだお若く、夢の実現に向かって日々こつこつと努力されている茂子さんと重なってみえました
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2011/2/7

佐藤忠良展  

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6年前「佐藤忠良のスケッチブック」という本を頂いて、この本は私の宝物となりました。
大変有名な彫刻家「佐藤忠良」さんの素描・スケッチを集めた本なんですが、時々本を開くと、優しい穏やかな気持ちになります。

今回東京の世田谷美術館で「ある彫刻家の足跡 佐藤忠良展」が開催されているのを知り、是非実物に会いたいと・・行ってまいりましたhttp://www.setagayaartmuseum.or.jp/



上京し用事を済ませた最後の日です。
用賀駅で和加子先生と待ち合わせ、一年ぶりの再会にゆっくり20分かけてお話しながら砧公園につきました。
用賀の街はとってもおしゃれ
緑に囲まれた住みやすそうな街でした。この街に和加子先生のご自宅はあります。
この日は穏やかな陽気のコートもいらないような暖かさ
往復の歩きが心地よく感じました

公園で凧揚げしている子供たちもいました。



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この建物はー芸術と自然はひそかに協力して人間を健全にするーというコンセプトで1985年に建
てられたそうです。
重厚さの中に一つ一つのディーテイルの繊細さを感じさせる建物でした。

時間がなくて行けなかったのですが、レストランがかなりよさそうでしたよ

いよいよ会場へ

宮城県美術館の所蔵品を中心に、ブロンズ彫刻、素描、絵本、挿絵原画など約250点が展示されていて見応えがあります。


身近な人物をモデルにした、生命力のみなぎる、躍動感あふれる作品の前にすると、その美しさと
対象を愛する優しさが心に響き、涙がでそうになりました。

王貞治さんをモデルにした「記録をつくった男」そして娘さんの佐藤オリエさんをモデルにした作品が特に印象的でした。

「佐藤忠良展」は世田谷美術館で3月6日まで開催中です
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2011/2/3

櫻(さくら)  

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サクラはバラ科サクラ属サクラ亜属に分類される木で、落葉広葉樹です。
春に白色や淡い紅色の花をさかせ、日本人に古くから親しまれています。
日本の美・日本人の心のような花です

桜の霊である「此花咲耶姫(このはなさくやひめ)」が最初の桜の種を富士山からまいたといわれ、「さくやひめ」の名前から「さくら」になったという説があります。

此花咲耶姫はこの花(さくら)のように美しい娘ということでで『古事記』にでてきます。

奈良時代までは和歌などで単に「花」といえば梅をさしていたようで、万葉集にも桜より梅を詠んだ歌のほうが多かったようです
その後、遣唐使の廃止などで 国風文化が育つにつれ桜の人気が高まり、平安時代には「花」といえば桜を指すようになったようです。

  ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花ぞ散るらる

歌人の中でも特に平安時代の西行法師が、月と花(桜)を愛したことは有名で、吉野の桜を多く歌にしています。

   願わくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ
西行法師はこの歌に詠んだとおり、旧暦2月16日に入寂したとされます。


日本の桜の八割くらいは「染井吉野(そめいよしの)」で薄ピンク色です。

この弥生さんの作品はヤマザクラだと思われます。
山桜は、花が咲くのと同時にはっぱが出るのが特徴で、染井吉野より少し遅れてさきます。
弥生さんは四月はじめがお誕生日の本当に桜のような方だと私は思います。

一番最初に教室に来てくださって、早10年
今はNHK文化教室の講師をしてくださっています。弥生さんがいらっしゃると周りがほんわかムードになります。が、かなり男前。頼りになります力こぶ


桜の見ごろは「花七日」といわれるほどのわずかな期間です。
咲いている間の美しさはもちろん、しみ一つない花びらが花吹雪のように潔く散っていくのは、なんとも惜しまれるもので、そのはかなさは心に滲みます
日本人の美意識を形つくっているようにさえ思えます。


今年も冬の寒さが厳しかったせいか特に桜の開花がまたれます。
毎年のことながら、桜の開花宣言が待たれ、その頃になると急にそわそわします。

今年はどんな櫻に出逢うことができるでしょうか


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