2009/12/7  22:13

さらばお世話になった雑誌たち  旅行

週末の小掃除でF1関連の古い雑誌にサヨナラを告げた。ソニー・マガジンで出してた
観戦ガイドには90年代初期に初めて訪れた海外のサーキットでは結構助けられている。
当時はまだまだインターネット前夜、数少ない雑誌や単行本は貴重な資料だったのだ。
何せ初めて行ったF1がスペインのバルセロナ。会社の10周年表彰を使って、勇躍
アメリカ経由で乗り込んだのだ。確か初めてだったのでJALのワールドプレイガイドで
チケットは買ったはず。マドリードのJAL支店で受け取り、夜行電車でバルセロナへ向かった。
雑誌によれば市内から電車で行けると書かれていたはず。カタロニア・サーキットまでは
アクセスも良かった。それは中嶋悟の最終年だった。決勝レースを見た後で、エスパニョールの
サッカーも見てからマドリードへ戻った。

翌年はマイアミ経由でブラジルのサンパウロへ飛んで、インテルラゴス・サーキットで
F1を見ている。この時も近くまで地下鉄で行ってシャトルが出ていると書いてあったと
記憶しているが、普通の路線バスに乗って行った。ポルトガル語の表示を勘を頼りに行った。
土、日と現地のダフ屋と筆談でのチケット交渉は冷や汗ものだった。倍位出したのだろうか。
当日券はなかったようだった。決勝レースは土砂降りとなり、何台もの車が1コーナー付近で
スピンを繰り返しリタイアしていった。後列からスタートしたアイルトン・セナは奇跡的に
生き残り、地元で優勝を遂げた。ウィニング・ランの途中で観衆がなだれ込み、セナは
セーフティー・カーに箱乗りしながらグランドスタントに帰ってきた。
ウソのような話だが空には虹がかかりセナを祝福しているようだった。これには感動した。
そんなセナも数年後にはサンマリノで悲劇の死を迎えている。その後サンマリノへも赴き
セナの後継者となったシューマッハーがフェラーリの地元で勝利するのを目にしている。
「F1サーカスを回れば15ヶ国は行けるか」と始めた旅だが、あとはイギリスとカナダしか
行けなかった。そんなF1も寂しい話しか聞けなくなってしまった。日の丸も遠くなった今
来年はどんなレースが見れるのでしょうか。正直心配しております。

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