2017/9/3  16:25

「中村とうよう 音楽評論家の時代」読了  

田中勝則が記した評伝「中村とうよう 音楽評論家の時代」を読了。
585頁に渡る労作で、読み終えるのにも1週間程度かかってしまった。
とうよう氏の近くにいた人物であるが、決して故人をヨイショしたものになってないのが良い。
生い立ちから京都の学生時代、東京へ出ての銀行員生活から音楽評論家へとなり、
ニューミュージック・マガジン→ミュージック・マガジンの創刊からレココレ、ノイズを経て
フリーになって、自死に至るまでを時系列に乗っ取りながら氏の創作活動を振り返っている。
田中氏曰く、変わり者であり編集者の立場を常に貫いた人。NMM(MM)誌で物議を醸しながら
業界を盛り上げてくれた事が懐かしい。音楽の書き手として生計を立てた第一世代として
ロックを始めとして新旧問わず色々なジャンルの音楽を紹介してくれた事には感謝している。
ワタシがブラジルやアジア圏、アフリカの音楽を聴くようになったのも影響を受けての筈だ。
少しは自分の中にもとうよう氏のDNAはあるのかも知れない(笑)。
とうよう氏が離れてからマガジンは少なからず商業誌にシフトしてしまった感が強い。
現在の異常に邦楽色が強まっているのはどうなのかと思うが、オール・ジャンルの音楽誌は
他に無いので読み続けている。
しかし、読むに値しない記事も多く、とうよう氏も草葉の陰で怒っているのでは(爆)。
ワタシが現役の80年代に後楽園ホールビルのエレベーターを待っていると、扉が開いて
とうよう氏が出て来たことがある。「おっ、中村とうよう」と心の中で叫んだものです(笑)。
マガジンの本社が神保町に移り、とうよう氏も小石川に住んでいたので、ホール展示会場での
レコード・セールにでも来ていたのだろうか。テクニクスギンザでのレコード寄席や
ウォーマッドでの都はるみの呼び入れMCなんかも懐かしい。

7/21に六本木で行われた「とうようズ・デイ」で田中氏の進行でこの本に記されエピソードや
写真、関連SPの視聴が行われ、ワタシも足を運んでみた。ゲストの湯川れい子、途中乱入の
折田育造、北中正和、関谷元子も交えて楽しい話が繰り広げられた。ある種法要ですから。
湯川さんは「表紙の写真、口元汚いしもっと他になかったのかな」と不満な様だったが、
田中氏は「とうようさんが自然に笑った写真ってあまり残ってなくって」と弁解していた。
湯川さんは、「田中さんはとうようさんの事を愛してらしたのね」とも語っていた。
そう、この本は田中勝則の中村とうようへの愛に溢れた一冊なのである。

クリックすると元のサイズで表示します
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ