2014/4/19  21:36

4/14 Perth最終日  旅日記

奇跡的にモーニング・コール直前の6:30に目が覚めた。足は何ともなくてホッとする。
定番のコンビニ・サンドウィッチを牛乳で流し込む。7:10になると向かいのホテルの前へ行き
ツアー・バスを待つ。予定の7:20を10分程遅れてバスが到着。どうやらフェリー乗り場の前で
バスを乗換えるらしい。しかしここでもしばらく待たされるはめになる。やって来たバスは4WD。
日本語ツアーの人達と相乗りのようだ。しかしこの日のツアーは満席らしく、何故かワタシは
助手席に座らされる羽目に。「ナビはできないよ」とは言っときました(笑)。しかし視界良好で
なかなかの役得である。まぁ時々うとうとして、やりにくい相手だったとは思いますが。
暫く走り、最初の訪問地はワイルドライフ・パーク。平たく言えば動物園ですね。カンガルーに
餌付けしたり、ウォンバットと写真撮ったり、コアラを見たりとオージー気分満載。定番ですが
結構楽しいのよね。

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動物園を後にバスは北へ走り続ける。途中、トイレ・ストップを挟みながら昼過ぎにロブスター
工場へ到着。ここでの昼食はアップ・グレードしてロブスター・ランチを食する。半身だが
ボイルしたやつは美味だった。しかし工場のビデオで見た紹介ビデオでは小さいロブスターは
海に帰していたが、食べたやつは結構小さかったような気がしたよ(笑)。裏手のビーチは
きらきら光り輝いて綺麗だったな。

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走り続けやっとピナクルズの奇岩に到着。砂漠の中から岩がニョキニョキ出てるのが不思議。
映画「砂の惑星」はたまた「スターウォーズ」かのような風景に圧倒される。こういうのを
体験できるのが旅の醍醐味だ。1時間余りウロウロしながら見ていた。飽きない風景でした。

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ラスト・ストップは砂丘です。ここが4WDの見せ所とばかりに疾走する。これがスリリングで
楽しい一時でした。その後はボードでの砂丘すべり。せっかくだから靴脱いで、参加しましたが
結構スピード感じましたね。若干、砂もかぶったので1回で止めときましたわ。これでツアーも
終了。バスは一路パースを目指すのでした。

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時間が押したこともあり、夜のBoz Scaggs公演に間に合わないといけないので、公演先の
ホテルで降ろしてもらおうと思ったのが大間違い。てっきりCrown Plazaだと思っていたら
それは違うホテルだったらしく別な所で降ろされるはめに。少し青ざめたが、初日にルート
確認しておいたので、マクルバー駅から電車に乗ってなんとかメインのBozには間に合った。
前座が誰なのかは知らないが居てくれてありがとう。少し時間があったのでMacで速攻夕食。
しかしビッグ・マックのバリューセットが900円とは物価高を感じます。てな訳でカジノを
横目で見ながらCrown Theatreへ到着。21:05にBozが出てくる。ギター、キーボード二人、
ベース、ドラムスをバックに「Memphis」からのカバー曲と自分のヒット曲を半分位演奏した。
しかしこの人も変わらない。声も艶っぽくて素敵です。そしてギターを思いの外弾いたな。
"Rainy Night In Georgia"は特に素晴らしかった。Georgia繋がりで言えば"Georgia"も
演奏された。これって缶コーヒーのCMソングになってましたよね。余裕の100分、欲を言えば
"We're All Alone"も聴きたかった。しかし綺麗な劇場でした。2階だったけどね。

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終演後、来るときにバーズウッド駅から乗ったシャトルを待つが一向に来ない。業を煮やし
タクシーでホテルに帰る。「この物価高の国で幾ら取られるんだ」とびくついたが、1,200円
程度と許せる値段。この国はチップがないのが嬉しい。昨晩と同じ23;30頃に帰ってきた。
これで予定も完了。心地よい疲労感を感じながら、翌早朝来た時と逆ルートで帰宅した。
既に日にちが替わった4/16の00:30に成ろうとしていた。嗚呼、お腹一杯(爆)。

おしまい
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2014/4/19  18:49

4/13 Perth二日目  旅日記

2日目は8時のモーニングコール前に目が覚める。前日、コンビニで買ってきたサンドウィッチと
牛乳で朝食。9時を回ったのでフロントに行き、明日のデイ・ツアーのリコンファームを
お願いするも混雑して繋がらない。「連絡しとくから後で来て頂戴」との事で、部屋へ戻る。
手強いオージー英語を無料電話で代行してもらうのは助かります。結局、30分程して行けば
完了との連絡を頂き、バウチャーを部屋へ置いてフリーマントルを目指す。今日のフェスの
チケット保持者は無料で往復交通機関を利用できるとの事であり、チケットコピーを見せて
10時前の電車へ乗り込む。30分程度でフリーマントルへ到着。海に近い落ち着いた街である。
会場のフリーマントル公園は徒歩30分程で到着。ゲートで水のボトルを取られたのは残念。
広い会場には野外ステージとテントステージの二つあり、その周りに物販スペースがある。
まずはテントでコンテストで選ばれた女性ボーカルのR&Bバンドからスタート。名前は失念
したが、タイトな演奏とパンチの効いた歌でなかなかヨカッタ。たった20分だったが熱演でした。
足を野外に向けスライド多用のDave Hole、テントへ戻りブラス・バンドのThe Soul Rebels、
再び野外でのRussell Smithと知らない連中をホットドッグを片手にビールを飲みながら
見ていた。まあ、こんな見方も野外フェスらしい所である。

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やっと知ってる名前に会う。Jake Buggは英国期待の新生である。以前WOWOWでLIVE映像を
見た事があるが、リズム隊とのトリオ演奏で若者らしい溌剌さに溢れている。個人的には
ゆったりとした曲には惹かれるが、早い曲は凡庸なブリット・ポップの枠を超えたものでなく
退屈だった。まあ、音盤買う程の人じゃないか。期待してたほどではなかったが、音楽は
嗜好品だからね。引き続きテントでSteve Earle & The Dukesを見る。彼を見るのは久しぶり
だが、やさぐれた風貌ながら作る曲はなかなか素晴らしい。リズム隊にギター、フィドルの
4人を従え丁寧に歌い続けた。奥さんのAlison Moorerは今回は帯同してないようだ。
バンドではフィドルの女性がダイナモの役目として効いていた。Sharron Shannonでお馴染み
"Galway Girl"も聴けて満足な1時間だった。終了後に野外ステージへ急ぐもGary Clark Jrの
LIVEを2曲しか聴けなかったのは残念。見たいものがかぶるのもフェスなのです、この日は
Erykah BaduやEdward Sharpeも聴くこことはできなかった。

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再びテントに戻ればDoobie Brothers登場。もはやタイコの連中は鬼籍に入ってしまったが、
フロントの連中は健在でした。ベースが元New Grass RevivalのJohn Cowanと言うのが
嬉しい。彼が入る事によりコーラスは鉄板だ。John McFeeのギター、ペダル、フィドルとマルチ
プレーは演奏面での核を成していた。外堀が埋まればTom Johnston、Pat Simonsの歌も
安心だ。しかし70年代に沁み込んだ歌の数々は気持ち良い。一緒に歌えるしね。気がつけば
"Listen To The Music"で60分のステージを終えていた。プレイヤーもリスナーも楽しい時間を
共有できた感じでした。これでテントとはおさらば、以降は野外で過ごすのでした。

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お次はElvis Costello & The Imposters。持ち時間が60分と言う事で、代表曲のオンパレードと
濃厚な時間が続く。途中、Jesse Winchesterの曲を歌ったので、「嗚呼逝っちゃったのかな」と
思ったらやっぱりだった......残念ですね。それから1st Albumに参加していたという縁から
DoobiesのJohn McFeeを終盤招き入れ、"Alison"他4曲も聴けたのはもうけものでした。
しかしCostelloに60分は短すぎたな。

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日も暮れた頃にJohn Mayerが登場。新世紀のギタリストは優男風で女性の黄色い声が飛ぶ。
ブルースと言うよりも、オーガニックな感じでしたね。アコギとエレキを持ち替えながらソロも
たっぷりと弾くあたり、かなりのナルシストと見る。フロントには二人のギタリストもいたが
一人は女性で彼女の立ち姿が美しく暫し見とれていた。他にもリズム隊、キーボードに二人の
コーラスと結構な大所帯。曲良し、ギター良し、ルックス良ししと3拍子揃えば人気も出るはず。
Van Morrisonの"And It Stoned Me"のカバーもやる辺り、先輩諸氏へのアピールも忘れない。
但し、ワタシにはちょっと綺麗にまとまり過ぎてるように思えちゃう。持たない者の僻みか(爆)。
90分、若いお姉ちゃんを中心に観客の受けは最高でしたね。

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トリはDave Matthews Band。確かサックスのメンバーが亡くなったはず。それでも残された
メンバーは目一杯に演奏し、それぞれのソロ回しで光り続ける。Jam Bandと括られるが
歌もいいんだよな。前から3列目で見ていたが、後ろの女性はずっと一緒に歌っていた。
男っぽいが女性ファンも結構いるようだ。一時エレキを持ったこともあるが、今は再びアコギ
だけをDaveは弾き続ける。フィドルの人とのからみもスリリングだった。しかしその反面
緩いDaveのMCは演奏とのキャップが大きい。ほとんどギャグかと思う程。うねった演奏は
2時間続いた。こんな素晴らしい演奏をするバンドだが、日本ではほとんど無視されてるのが
もったいない。Fuji Rockあたりで呼んでも受けるとは思うのだが。しかし11時間立ち通しで
いささかガス欠。何とか持ったが、駅まで歩いて改札を過ぎる所で電車が出て行く。
「30分待ちか」とガッカリしたが、臨時列車が10分後に出るとのことでホッとした。
部屋に戻ったのは23:30過ぎ。シャワーを浴びて、足に消炎クリームを塗って長い1日が
終わろうとしている。

......to be continued

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2014/4/19  17:05

4/12 Perth初日  旅日記

4/11深夜に羽田を飛び立ったエアーアジア機は4/12の6時にはクアラルンプールに到着。
1時間程度LCCターミナルのラウンジで軽食を食べながらウェイティング。タイガービールを
2本飲んで朝からほろ酔い気分だ。そんな事もありパースへ向かう機上ではホントよく寝れた。
14:30前にパースに到着し、入国もほとんどノンチェック。まずはATMでA$200を引き出し、
両替を兼ねて水を買う。これが1本400円以上もするので驚く。幾ら空港でも高すぎないか。
この国は物価高だから注意だ。国際線ターミナルからシャトルで国内線ターミナルへ移動し、
37番の市バスに乗換え市内を目指す。バス代は400円位か、まずは順調な出足。但し、バスを
ホテルの手前で降りて暫く歩く羽目に。トホホ。今回は南米に持参すべくキャリー&リュックの
2wayバッグを購入しテストしており、早速コロコロ転がしながら歩いてた。それでも16時前には
ホテルの部屋に入って着替えを済ませ、日焼け止めを塗って街へ出る。紫外線が強いので、
お肌のケアは必須です。アーケードにある店を覗きながらパース駅まで歩く。明日はここから
電車でフリーマントルへ行くのでチェックしました。Crowne Theatreのあるバーズウッド方面と
時刻表を2部貰って北へ抜ける。ノースブリッジはレストランが集まる場所だが、歩いていると
ユニフォーム姿の1団が北東へ向かうのに気づく。これは何かの試合があるのかと思い、
彼らの後をつけて行くとスタジアムに到達した。どうやらサッカーの試合があるようだ。
チケット代は最低の自由席がA$35とある。知らないチームに資金投下するのが惜しくなり、
この日は断念。来た道を戻り、レストランを見て回るが結構良い値段が表示されている。
すると歩いた先にアジア系のフードコートを見つけた。ここならリーズナブル。お酒は飲めない
ようだが、コーラにチキンカレー、サモーサで1,200円位と安かった。味もマズマズでしたね。
18時を過ぎるとあたりは一面真っ暗となり、人通りの少なくなった駅前を抜けフェリー乗り場迄
歩き、ライトアップされたビルなどを眺めながら20時過ぎには部屋へ戻ってきた。風呂につかり
ロビーでVBビールを買ってこの日は早めに終身。明日は長時間のスタンディングが予想され
たまには静かな夜も悪くはなかろう。

......to be continued

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2012/6/23  22:00

欧州漂流  Final  旅日記

7時にホテルのレストランへ降りるが、何人かの客が入口付近に待っている。そこへ係の者が
出て来て、7:30開始を告げる。何てこった、ホテルのインフォには7時開始と書かれているぜ。
7時なら速攻で食べて、7:45のエジンバラへの列車には間に合うかと思っていたのに。
これでは昼食付の恩恵を受ける時間はない。荷物はまとめて持参しており、そのままフロントの
チェックアウト・キーボックスに鍵を投げ込んでホテルを後にした。駅へ向かう途中に、バス
ディーポがあるのを昨日のLIVE帰りに見つけた。以前来た時に、ここからバーミンガム経由で
ロンドンの空港へ向かったのだが、今回はその道筋に気付かず昨日はまごまごしてしまった。
出口で街は表情は変えるが、自分の記憶力の衰退にもガッカリする。朝食が取れなかったので、
駅のスーパーでサブマリンサンドと牛乳を買った。自動精算機だったが、表示に従えば何とか
精算を終えられる。ピカデリー駅は大きい駅で、該当するホームは随分と離れていたが、
時間はたっぷりあり、待合場所で列車の到着を待っていた。列車は発車時刻の数分前に到着し
定刻で発車した。土曜の朝だからなのか、列車は空いていた。

席に座り、パンにかぶりつく。3時間もすればエジンバラに到着するはずだった....それが
カーライルで乗客が降りてゆく。「何事?」。やって来た車掌に聞くと、「この列車はここ迄だ
エジンバラへ行くなら、取りあえずニューキャッスル迄行って、そこから先は向こうで確認
してくれ」と答える始末。チケットはパスなので面倒はないが、乗継時間が余計にかかるし、
ニューキャッスルはもう過去の街なのよ(泣)。しかし、海外の列車はこんな事は時々あるもの。
我らがJRの正確性は世界に誇ってよいものなのです。てな訳で列車を降り、ニューキャッスル
への便をディスプレイで確認し、ホームをあわてて移動する。30分以上は待たされるようだ。
ところが少しすると背後で、「ニューキャッスルへ行く人はもういない?出発するわよ」と
女性駅員の声がする。「え〜どうなってるのよ」と思ったが、駆け寄り「ニューキャッスルへ
この列車は行くの」と聞けば、「早く乗りなさい、すぐ出るわよ」と返ってきた。慌ただしいが
嬉しい応え、すぐに乗り込むと列車は走り出した。車内は混雑し、女性グループがかしましく
その上、各駅鈍行って感じでローカルな旅に突然襲われた。1時間半位かかって懐かしい
ニューキャッスルに到着した。昨日の朝にはここにいたのよね。エジンバラ行きの列車は
暫く待たざるを得なかったが、ここからはノンストップで彼の地へは到着した。もう14時と
3時間を失ってしまった。街歩きをするには失った3時間は大きい。とりあえず地下のような
ホームから抜け出し、地上へ這い出る。外気は涼しく、さすがに北へ来たなと感じる。
スコットランドの街並みは古のものを残して幻想なたたずまいを見せる。取りあえず、線路の
向こう側に渡らないとこの日の宿には到達できない。ブリッジを渡った向こう側に空港バスの
乗り場を発見。明日はここからエジンバラの空港へ行き、オランダのアムステルダム経由で
帰国する事となる。ヨーロッパを10日位放浪しているが、それも最後かと思うと少し名残惜しい。
エジンバラはアップダウンがきつく、ホテルへ向かう道のりは登り坂。ホテルへ着くころには
「この日も来たか」と小雨が舞い始めていた。パルセロ・カールトン・ホテルは大きくて立派な
ホテルであり、小汚い日本人にはちょっと恐縮するような所だ。チェックインを済ませ、朝食の
説明を聞くが、出立の時刻を考えると明日の朝食もパスせざるを得ない。フロントの女性は
「ルームサービスもできますが、別料金になります」と親切心から言ってくれるが、このホテルで
ルームサービスを取るのは、世界を股に掛けるバジェット・トラベラーには似合わない。
丁寧にお断りした次第(笑)。結局、4回取れるはずだった朝食も1回しか取れないで旅を終える。
部屋に入り、シャワーを浴びる。本来ならば既に街の観光は一段落していたはずだが、列車の
トラブルでホテルまでの道のりでスコット記念塔等を眺めたにすぎない。天候も含め何とも
ついてない1日の始まりだ。まあ、残された時間を有意義に過ごそう。これまでの悪い時間は
シャワーで洗い流してしまえると信じたい。

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さっぱりとし、部屋を出る。先ほどよりも雨は強まっており、傘を広げる。ここ三日間は雨に
たたられウィンド・ブレイカーと傘は手放せなくっている。メインであるHigh Streetをまずは東へ
向かって歩いてみる。古い町並みに土産物屋などが立ち並び、しばらく歩いた突き当りは
ホリールード宮殿。町の名所の一つだが、拝観料も高いし、時間が無くなった今となっては、
優先順位はエジンバラ城に譲る。ここはやはり世界遺産に優先順位はあるのです。
宮殿を遠目に見ながら、俗にいうロイヤル・マイルを戻ってゆく。西へ向かうには登りとなり
雨とまともに格闘することになって、ちょっと厳しい。セントジャイルズ大聖堂を横目に見ながら
さらに進むと、お目当てのエジンバラ城だ。手持ちのポンドも少ないが、ここだけは中へ
入らないとね。入場料£16払って入る価値はあった。中は広く、高台からはエジンバラの街の
パノラマが眼下に広がる。気がつけば雨は上がり、曇り空なれど拝観のさまたげにはならない。
展示物も多く、結構な時間を要する場所だ。これからグラスゴーへショート・トリップをする手前
長い時間は取れないので、早足で一回りしてその場を後にする。16時過ぎにはエジンバラから
グラスゴーへ向けての列車に飛び乗った。この辺りがパスの小回りの利くところだ。改札は
ロンドンと同じような自動改札で、駅員にゲートを開けてもらった。50分程度の時間だが
気がつけば眠っており、人の降りる気配で目が覚めれば終点のグラスゴーに着いていた。

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エジンバラは観光地という感じだったが、グラスゴーはもっと落ち着いた感じがする。
かってセルティクのエースとして中村俊輔が愛された街グラスゴー。鈍色の空が夕闇の街を
包んでいる。博物館へ行っても閉館時間となるので、市庁舎を眺めるに留め、街を少し歩く。
大きなショッピンクセンターやコンサートホールの近辺は土曜の夕刻であり、賑わっている。
いまさらポンドをATMから引き出すのも嫌なので、最後の晩だがMacで食事を取る。周辺には
何故かチャイニーズもインド料理も目につかなかった。まあ、探せばあるのだろうが、それ程の
意欲は無かった。グラスゴーまで来たのは、カントリー・シンガーのTerri Clarkを聴くのがメイン。
駅前のブキャナン・ストリート駅から地下鉄に乗って、ヒルヘッド駅まで行けは歩いて会場である
Oran Morに行けるのは調査済み。10分程度でヒルヘッド駅に着き、そこから北上して予定の
場所へ着くが、パブはあるがここなのだろうか。イギリスではパブの地下や階上で行う事もある。
取りあえず入り口のそばに、お店の人らしい男性がいたので尋ねてみた。「今晩、Terri Clarkの
コンサートがあるはずなんだが、ここでやるのかな」。「外を回って階段を下りた所がLIVEの
会場だよ」と教えてくれた。取りあえず言われた所へ行ってみると、それらしい場所があるが、
まだだれも来ていないし開いている風でもない。19時開演となっていたが、18:00になろうと
しているが、まだ開場する気配はない。それではパブで1杯やろうと、パブでギネスを1パイント
飲んでいた。カウンター越しにウィスキーのラックを見ると、何故かサントリー山崎が陳列
されていたのに気がついた。スコッチの本場で山崎を愛飲する人ってどんな人なのでしょうね。

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1杯飲んで外へ出ると会場へ降りる階段の前に列ができている。最後尾に並び開演を待つが、
扉が開いたのは18:30を大きく回っていた。日本を発つ前にチケットは未着であり、購入先の
See TicketにBox Office渡しにしてもらうようメールを打っておいた。無事に名前があって
入場でき、まずは一安心。なければ当日券を買わなければならず、ケチケチ生活を送っていた
というのもあるのだ。立見と聞いていたが、場内には椅子が並べてある。そんなにチケットが
売れてなかったのかもしれない。但し、ブルーグラスやカントリーはトラッドとの姻戚関係もあり
結構イギリス国内では人気があるのだ。自由席のようなので5列目の真ん中通路際に席を
確保しビールを買いにバーカウンターへ向かう。チケットがあったので、ビールを数杯飲む位の
余裕は財布に生まれている。ギネスを買って戻ると、ワタシの席にデブ男が座っている。
「あれあれ、ここに本置いて席取っておいたんだけどね」と言えば、そんなの無かったとデブ男は
平然と言う。ホントかいな。椅子の前後を見ると、それらしいガイドブックはない。どこへ
行ったのかい?席はまだいくらでも空いているし、最終到達地であり、もはやガイドブックが
無くとも平気なのだが、何とも気分が悪い。アウェーで英語で争っても勝ち目はなさそうだし
現物なければ証拠もなし。負け戦をしても時間とエネルギーの無駄と別席に腰を下ろした。
暫くして客電が落ちるが、出た来たのはアコギを抱えた男。名前を言われても知らないし、
地元のフォーク・シンガーが前座を務めたようだ。1曲"Willin'"のカバーをしたが、残りは
オリジナルのようだった。30分位歌ったが、特別印象に残った所はなかったね。

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座って聴いていたが、股関節がちょっと痛くて席を立つ。そんなに大きい会場ではないし
後ろの柱にもたれて聴いていた方が楽な気がしたので移動した。もう1パイント、ギネスを買い
そこで見ることにした。20:25になるとTerriが出てくる。トレードマークのストローハットは
テーブルの上に置き、椅子に座ってアコギを弾きながら歌いだす。今回はまったく一人での
ソロのようだ。Pop Countryを生で聴くのも久しぶりだが、年配の観衆からは大きな声援が飛ぶ。
ベスト盤と最新作の「Roots And Wings」しか聴いてないので、曲名はほとんど分からない(汗)。
それでも"No Fear"とかは十分魅力的に耳を叩く。「次のアルバムはカバーアルバムよ」と
言ったと思うが、Johnny Cashの"Folsom Prison Blues"やAlbert Leeの"Country Boy"も
やったな。特に後者では素敵なギター・プレイも魅せてくれた。カバーとしては、以前から
Warren Zevonの"Poor,Poor Pitiful Me"も持ち歌としており、これが聴けたのも嬉しい瞬間
だった。途中からストローハットをかぶり、いつものいでたちとなったのはリラックスした証明か。
観衆と気さくなMCでコール&レスポンスを繰り返し、アット・ホームな感じで95分歌いきった。
まあ、一人でやるにはこれが限度だろ。ガタイも良いが、古い言い回しだがパンチあります(笑)。

来た道を引き返し、グラスゴーで列車に乗れば再びエジンバラまでは爆睡。坂を昇る目に
ヨーロッパの街並みが広がる。パブからは灯と共ににぎやかな声が響いている。ウクライナの
キエフから始まった旅も、流れ流れてエジンバラにたどり着いた。明日は帰国の途となるが、
またいつか再び欧州の知らない街を歩いている自分がいる筈だ。その日までひとまずSo Long。


おしまい
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2012/6/22  22:00

欧州漂流  Part9  旅日記

帰りのメトロの乗車待ちに時間がかかり真夜中の帰還となったが、疲れもなく良い目覚めだ。
当初はリバプールへ行って、ビートルズ所縁の地をMagical Mystery Tourで回ることも選択肢と
していたが、この日の天気予報も雨がちなのでマンチェスターへ直行するこにした。まあその分
時間的余裕も生まれ、ホテルでの朝食もゆったりと取ることができた。それでも8時にはホテルを
チェック・アウトし、1時間程度街を歩いてみた。昨日は雨が降っており、余り歩かずに部屋へ
戻ってきてしまった。街の中心はヘイマーケットの周辺のようなのでつらつらとそちらへ向かう。
チャイナタウンを抜け、少し高台へ歩いて行くと地元のサッカーチームのニューキャッスル・
ユナイテッドの本拠地であるSt.James'Parkが見えてくる。ここでは五輪の男子日本代表も
試合をすることになっている。彼らの健闘を願いつつ歩を進める。大学まで歩きヘイマーケットを
迂回しながら周辺部を見ながら、ニューキャッスル駅まで戻ってきた。これでニューキャッスル
とはお別れと、9:15発のマンチェスターへ向けての列車に乗り込んだ。ホームではBruceの
Tシャツを着た人を数名目にしたが、彼らも又この日のShowへと向かうのだろう。

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昨日のリプレイを見るごとく、マンチェスターに近づくにつれて雨が降り始める。 列車は20分程
遅れ、12時を少し回ったあたりでピカデリー駅のホームへ滑り込んだ。駅の出口へ向かうが、
数年前に来た時と違う場所に出たようだ。これは予定外だが、手持ちの地図と街の表示を
見ながら傘を広げて歩き出す。幾つかの通りの名前を記憶し、かなり遠回りしながらも
Portland Stへ到達したときの安堵感よ。ここを進めばBritannia Hotelまではすぐのはずだ。
先が見えたので通りにあるパブに入ってランチを取ることにした。カウンターでメニューを
もらい、チキンマサラのカレーを頼んで席に着いた。ギネスが1パイント付いて£6.85とは
お値打ち価格だ。安かったんで同じスタウト系のジョン・スミス£2.7をお代わりした次第(笑)。
カレーはインド料理屋でもないので、それ程の美味とは言えない画一した味でしたね。
ちょっとほろ酔いでホテルへ向かい、この日も13:30にはアーリー・チェックイン。久しぶりに
バスタブがあるので、湯を溜めゆっくりと湯船へとつかった。たまには湯船につからないと
と思う所が日本人です。しかし相変わらず強い雨が降っているのには閉口する。

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着替えを済ませ、取りあえず近くのショッピング・センターへ行ってみる。結構大きな規模だが
相変わらず見るだけで買う気にはならない。昨日はあんなにズボンを欲しがっていたというのに。
雨が降っていてもトラムにも乗らず、つい歩いてしまうのは悪い癖。自分の足での時間を判断の
基準として旅を続けている。スタイルを変える気はないし、変えなければならない時は、旅を
終える時なのかもしれない。まだ、先の話だとは思いたいが.....。市庁舎やコンベンション・
センターを抜け、結局は科学産業博物館まで歩いてしまった。この街の名所と聞いていたが、
なんか子供だましに感じてしまった。まあタダだから良いのですが。天候のせいか、はたまた
平日だからなのか随分空いてましたね。「さあ、それじゃあLIVE会場へ向かいますか」。
雨は止むそぶりもないので、思い切ってここから雨合羽を羽織り、取りあえずピカデリー駅へ
向かう。この日の会場はマンチェスター・シティの本拠地Etihad Studiumだ。送られてきた
チケットに同封されていた会場案内によると、ピカデリー駅から徒歩20分となっている。
しかしどっちに向かえば良いのかイマイチで、駅の案内係から行き方を教わって歩き始める。
ご多分に漏れず、少し歩いていると同じような人達に遭遇するので、彼らの後について行き
会場へは無事に到達した。但し、30分以上と結構遠かったな。今日も昨日みたいに雨が
上がると良いのですが。それでなければ"Who'll Stop The Rain"やってもらわないとね(爆)。

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前日はフィールドで見ていたので、この日はスタンド1階席で座って見ようかと適当な空席に
腰を下ろす。椅子は雨で濡れているので、気持ち拭って座る。百円の雨合羽だがそれ以上の
価値はあるね。この日はビールも飲まずにいたが、考えてみると昼にカレーを食べてから
腹に詰め込んでいないが、空腹感はない。開演が近づくにつれ、不思議な事にこの日も雨は
上がった。残念ながら"Who'll Stop The Rain"は聴けないようだ。まあ、その方がベターだが。
19:20になるとメンバーが出てくる。すると、予想した事だがスタンドも総立ち。結局はこの日も
立見となるのだが、フラットなフィールドと違ってスタンドは段差があるので、昨日よりも視界は
良好。ステージ全体を見渡せるので、それもまた楽しです。スタートは昨日と同じ"Badlands"。
それでも次に前日にはやらなかった"No Surrender"を持ってくるあたりがファンを喜ばせる。
ここから前日以上に古くからのファンを泣かせる選曲が始まった。78ツアー・バージョンの
イントロを弾きまくる"Prove It All Night"には昇天した(笑)。ブートレグで聴いていたあれが
今目の前で行われていることに驚嘆する。これ聴けたので来て良かった感は早くもMAXです。
かと思うとSteveと1本のマイクでボーカルを分かち合う"Two Hearts""You Can Look"
"Darlington County"の3連発。まさかの「闇に吠える街」のOuttake"Save My Love"と
Bruceのピアノ・ソロで聴かせる"The Promise"と前日には聴けなかった素晴らしいナンバーに
何度もKOされた気がした。アンコールでも"Bobby Jean"が演奏されるなど、かっ飛んだR&R
ナンバーが多く、かってジョン・ランドーに「R&Rの未来を見た」という姿を垣間見た気もする。
今やルーツミュージックに新境地を見出し、今のサポート・メンバーもそれらを体現するため
と思われるが、この日は古くから愛されたBruceの真骨頂が爆発していたような気がする。
それだけに観衆も歓喜の声を上げ、Bruceも全身をもってそれに応える。送り手と受け手の
幸せの時はいつまでも続き、ラス曲の"Twist and Shout"は終わらないのではとさえ思えた。
怒涛の200分。前日を遥かに上回る高揚感を味あわせてくれた。心地良い疲労感が体を襲う。
ありがとうBruce、またいつかどこかで。


.....to be continued
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2012/6/21  22:00

欧州漂流  Part8  旅日記

夜に雨が降ったと見えて路面が濡れている。取りあえず上がっているが、どんよりとした
ある種ロンドンらしい空模様だ。ホテルをチェック・アウトし、ビクトリア・ラインに乗って
キングス・クロス駅まで行く。ここへも乗り換えは無く、つくづく悪くない宿だったと思う。
9時発の列車を予定していたが8:20にはキングス・クロス駅に着く。まずはお世話になった
オイスター・カードを払い戻す。昨年の渡英がウィリアム王子のご成婚の日だったので、
カードの絵柄がロイヤル・ウェディング記念みたいになっていたが、別にコレクターでも
ないので払い戻して数ポンドを受け取った。出発表示を見ると、まだ該当する列車は出ておらず
とりあえず売店にサンドウィッチと水を買いに行く。急げば8:30の列車にも間に合ったろうが
まあ急ぐ旅でもなし。表示が出たので該当するホームに行こうとするが、ゲートが自動改札に
なっている。手持ちのブリットレイル・パスだとそのまま入れない。このまま入れるはずだが
取りあえずチケット売り場で尋ねてみる。「このパスってチケットに替えないといけないのかな」。
「大丈夫このまま乗れるよ」。てな訳でゲートに戻ると、大きな荷物がある人が係員にゲートを
開けてもらって入っている。ああ、そうするのね。「パスなんだけど入れてくれるかな」と
パスを見せると、係の女性は自分のパスをタッチしてゲートを開けてくれた。時間になると
列車がホームに入ってくる。2等だが座席に予約の紙が随分と挟まっている。予約は無いので
空いている席を探し腰を下ろす。落ち着いたのでサンドウィッチを口に運び、ガイドブックの
ニューキャッスルのページに目を落とす。地方都市であり数ページしかなく、すぐ読み終えて
しまった。ニューキャッスル迄は3時間弱の旅だ。列車が止まるごとに人が乗り込み、ほぼ
満席状態。途中、ヨークで日本人学校の小学生連中がのって来て、少しやかましくなった。
ニューキャッスルに近づくにつれ、雨が窓を叩き始める。今日明日と屋外のLIVEと言う事を
思うと辛い天候だ。ここに来るまでは、傘をさす程の雨には遭遇していなかったのだが。
列車は30分程遅れた12:20にニューキャッスル駅に到着した。相変わらず雨は降り続いている。

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この駅は電子改札もあるが、開いたままのゲートもあるのでそこを抜ける。そぼ降る雨を
にらみながら、バックから傘を取り出す。チェックインの時間には早いが、取りあえず
宿を目指そうとガイドブックの頼りない地図を見ながら歩を進める。少しずつ雨脚が強まり
それと共に尿意がもよおしてくる。しかしあるべき方向へ進むも、一向に宿は見つからない。
「これはヤバイ。どこかで飯でも食いがてらトイレを借りないと」と思い、方向転換となった。
街の表示を頼りにチャイナタウンへ向かい、カフェ風の店に飛び込む。取りあえず席に着くが
オーダーの前にトイレを借り、まずは落ち着いたのでした。チャーシューメン、クリスピー
チキン、タイガービールと食しながら、あらためて地図に目を落とす。先ほど歩いた場所は
間違ってなさそうなので、もう一度行けば宿は見つかるだろう。約£15は少し高いような
気もしたが、緊急避難だったからしょうがないですね(笑)。相変わらず雨は止む気配はないが
再度歩き始め大通りから探してみると、この日の宿ホリデイ・インは難なく見つかった。
有難い事にフロントマンは何ら気にすることなく、アーリーチェックインさせてくれたのだ。
荷をほどきシャワーを浴びてさっぱりするが、まだ14時と言うのが嬉しい。部屋は身障者対応の
ようで、広々としている。LIVEの前に旅人らしく街を散策しようと、ウインドブレイカーを羽織り
部屋を出る。イングランド北部の大都市のはずだが、そんなに見るべきところはなさそうだ。
セント・ニコラス大聖堂を眺め、タイン川まで歩くと何本かの橋が架かっている。川の向こうは
ゲイツヘッドという新興都市であり、行ってみようと橋を進むが途中で風も雨も強まり、
身の危険を少し感じてきた。遠くには五輪マークを張り付けたミレニアム・ブリッジも見えるが
ここは戻った方が無難と、残念ながらUターンするしかなかった。街の途中まで来ると、
雨の勢いはますます強くなり、しかたなく1軒のドラッグストアに避難した。せっかくだからと
水を2本買い、しばし雨宿りをさせてもらったが一向に弱まる気配はない。ここは意を決して
宿へ早足で戻る事とした。頼りない折りたたみ傘では、上半身を守るのが精一杯で、宿へ
戻るともう下半身はずぶ濡れになっていた。これは困った。こうなるとロンドンでズボンを
捨てたまま新規購入しなかったことがあだとなる。取りあえずズボンを脱ぎ、まずは水滴を
絞り出す。次に部屋のタオルでさらに拭き取る。最後はドライヤーをあてて、ハンガーに
掛けておいた。まだBruceのLIVEまで時間はあるので、それまでに少しは乾いてくれる事を
願う次第。しかし、この雨が続けば雨合羽を着たまま見るは羽目になりそうで辛い。
気持ちは少しめげていた。

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16時になったので部屋を出る。一時の勢いは無くなったが、今だ雨は降り続いている。
少しはマシになったものの、湿り気を帯びたズボンをはき、靴下を履き替えた足を、やはり
湿り気を帯びた靴に入れる。傘を広げ駅まで歩く。知った道は来た時よりも近く感じる。
国鉄駅の下にメトロのCentral Stationがあり、ここから会場のStadium of Lightまでは
30分位の筈だ。チケット販売機でルートを見ていると、「大丈夫かい」と後ろで声がする。
どうやら駅員のようだ。「Stadium of Lightまで往復で買えるのかな」と聞くと、「今夜の
コンサートへ行くのかい。それならそこのブースでday Ticketsを買った方が安いよ」と親切に
教えてくれた。紙のリストバンド式のチケットを買い、すぐには乗らずに地上に出る。
この雨の中をスタジアムで食事を取るのも厳しい、駅にバーガー・キングがあったのを思い
出したのでした。ワッパーのセットを食べてから、メトロに乗る。結構、車内は混雑している。
駅に着けば大勢の人が降り、それらしい人の後について行けば会場へは間違えることなく
到達する。但し帰りの事を考えれば、曲がり角や方向を確認しておくことは、一人旅の鉄則だ。
何せ帰りはどこから出られるかは分からないし、日が暮れれば風景は違って見えるものだ。

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Box Officeでチケットをもらい、会場へ入る。時計を見ると17:30を指している。海外のLIVEでは
よほど前で見たい人以外は客足は遅い。チケットには開場16時と書かれているが、開演時間は
書かれていない。さて何時間待たされるのやら。そんな具合で立見であるフィールド内の
ステージ前方と自由席の1階の屋根のかかる席を除いては、客はまだ少ない。こんな気候でも
お客はビールを飲み続ける。まあ、ワタシも1杯は飲んだが、トイレの事を考えるとそれ以上は
杯は進まない。この日はスタンドではなくフィールドで見ると決め、まずは100円ショップで
購入してきた雨合羽に袖を通す。傘はささないのがLIVEの礼儀だからね。雨の日スペシャルで
"Who'll Stop The Rain"が聴けるんじゃないかと思ったが、開演前に雨はほぼ上がっていた。
雲混じりの空がまだ明るい19:10にバンド・メンバーと共にブルースが出てくる。大所帯なので
少しビックリする。E Street Bandの連中と同じ位の数のホーン隊やコーラス隊がいるじゃないか。
Bruceなりのルーツ・ミュージック探訪の旅には、これらの人々が必要なのだろう。スタートは
"Badlands"。音盤では物足りなく感じた新譜の曲も、Bandと一緒に演奏すると躍動感が加わり
新たなるきらめきを感じる。LIVEは生もの、お客やBandとのコール&レスポンスによって日々
変わるものだ。Bruce Springsteenはそれがもっとも顕著なアーチストだろう。ツアーの骨子と
なる曲はあるのだろうが、それ以外は日々曲を入れ替えて演奏する。ファンにはそれが多くの
魅力であり、何度でも見たくなるのである。この日も"Does This Bus Stop at 82nd Street?"を
歌うのを聴くにつれ「えっ、こんな曲やるの」と驚かされる。長い歴史を持つ家族的なBand
なればこそか。フロントに立つSteveやNilsは、場面場面で輝く時をBruceと共有するがボトムを
支えるMaxとGarry無くしてはフリー・フォームなLIVEは継続できない筈だ。特にMaxの替えは
効かないと思っており、彼がいなくなったらLIVEの面白みは激減すると見ている。
近年、DannyやClarenceを亡くしたが、この日も変わらぬステージを見せてくれた。
それであっても「Max、長生きしてくれ」と願うワタシがいる。時折、思い出したように雨が
顔を叩いたが、温まった体には気持ち良ささえ感じた。数々のBruce Classicsを奏で最後は
"Tenth Avenue Freeze-out"でClarenceに鎮魂の意を捧げた。この185分の間だけは、ここに
いる誰もが「希望と夢の国」へと誘われていたはずだ。暗闇の中、光を求め列車は明日へと
向けて再び走り始める。


.....to be continued
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2012/6/20  22:00

欧州漂流  Part7  旅日記

久しぶりに目覚ましの音に起こされる。連泊の気楽さが、目覚めを遅らせたのかもしれない。
ウクライナ、ポーランドとそれなりに気が張っていたのだろう。それでも7時は充分早いな。
昨日買っておいたパンと牛乳を腹に詰め込み、顔を洗ってさっぱりとして部屋を出る。
この日はストーンヘンジへのツアーに参加し、午後早々にロンドンへ戻ってくる予定だ。
てな訳でチューヴに乗ってヴィクトリア駅を目指す。ここへも乗り換えなく行ける事を考えると
宿のセレクションは当たりかもしれない。JTBから頂いた案内を頼りに、ツアー開催元の
Golden Toursのオフィスを探すが、これがどうしたものか見つからない。近辺を何度となく
うろうろするが、集合時間の8:30にあと10分と迫っており、近くにいたビルのセキュリティの
女性に尋ねてみた。しかし、彼女はけげんな顔をする。「あなたが探してるのは噴水ね」。
しまった、Fountainを焦ってFoundationと言っていたみたいだ。「そこを左に曲がった所よ」。
どうやら道路に面した歩道を歩いていると、そこは曲がれなかったようだ。とりあえずThanks。
噴水の所へ行くと幾つかの立札が立っているが、自分の行くべきツアーが見つからない。
しょうがないのでツアー・オフィスへ入って女性に尋ねてストーンヘンジのツアーの列に並ぶ。
日本人の観光客も何組かいるようだ。時間を15分位過ぎると列が動き始め、バウチャーを
見せてバスの中へと導かれる。席に座り動き出すと、もはや爆睡。目が覚めるともうすぐ
ストーンヘンジだった。90分の道のりをほとんど寝ており、車窓を味わうこともなかった。

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バスを降りるとゲートを通って中へ入り、説明用のヘッドセットを借りる。歩きながら
表示された番号を押すと説明が始まるシステムだ。有り難いことに日本語の案内もあるのだ。
ストーンヘンジは不思議だ。広大な緑の中に沢山の岩がたたずんでいる。時を刻んでいるとか
諸説あるようだが、だれがどのようにしてここに岩を運び、並べたかは謎である。半端じゃない
重さの岩だけに神秘的だ。近くでレッカーでモニュメントを設置しているのを見ると、
その思いは深まるばかりだ。まあ、そうでもなければ世界遺産にはならないか。
旅らしい時を2時間程過ごし、ロンドンへ向けてバスは戻ってゆく。再現フィルムのように
再び眠りにつくワタシでありました(爆)。

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ロンドン市内には幾つかのドロップ・ポイントがあるらしく、ケンジントンの街角で降りた。
時間は13:30を回ったあたりである。ケンジントンとは言っても、自分のいる場所がすぐには
分からないもの。少し歩いた所にある周辺図と手持ちのガイドブックの地図とを照らし合わせる。
「このまま歩いて行けばハイドパークにぶち当たり、右へ行けばロイヤル・アルバート・ホール」。
この日の夜はロイヤル・アルバート・ホールでTom PettyのLIVEであり、事前に下見をして
おくのも悪くない。チケットピック・アップできればなおさらだ。左に緑を覗きながら進むと、
Vauxhallの表示のダブル・デッカーが通り過ぎた。我が家の近くと結んでいるバスもあるようだ。
ホールはお馴染みのレンガ色のラウンド形状。伝統ある会場に足を踏み入れるが、前売りは
しているものの、当日チケットの引き渡しはまだ行っていないようだ。まあ予想の範囲です。
すぐ傍に博物館が幾つか軒を並べているのはチェック済みであり、自然史博物館、ビクトリア&
アルバート博物館とハシゴする。英国では美術館や博物館は無料の所が多く、こちらもご多分に
漏れずフリー。とっても良い響きです(笑)。いずれも初めて足を運ぶが、結構モダンな感じの
作りでなかなかよかった。大英博物館が有名だが、こちらも個人的にはお奨めしておきます。

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一回りして時計を見ると16時という半端な時間。「昼も食べてないし、チャイナタウンへでも
行きますか」。サウスケンジントンでチューヴに乗ってピカデリーサーカス迄行き、チャイナ
タウンの外れの店に入る。定番の牛肉の牡蠣油炒め、ワンタン・ヌードルにタイガービールで
しめて£12.7(約1,600円)。満腹で少し残す有様。まあ、昼夜兼用ですからこれ位食べないとね。
駅前のHMVにも入ってみたが、品揃えも価格もオックスフォードの店と変わり映え無し。
まあ、店が残っているだけましなのかもしれない。ヴォウクスホール駅の側でビールを2本買い
一度部屋へ戻った。シャワーを浴びて、Tom PettyのTシャツに着替え、「さあ、行きますか」。

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Box Officeでチケットを引き換えると開演時間が19:30となっている。「18:45じゃないのか」。
時間を持て余したので、せっかくだからハイド・パークを少し散歩してみた。いや、広い公園だ。
近くの湖まで歩き、ピクニック気分のグループや犬と散歩する人を見ると何とも和みます。
ロイヤル・アルバート・ホールへ戻ると開場したようで、中へ入る。食事の時も、風呂上りにも
一杯飲んでいたが、開演までまだ時間もありビールを買う。スポンサードしているのか、アサヒ
スーパードライの生を飲んで見たが、何か日本で飲むのと味が違う様に感じるのは気のせい?
会場は伝統のある建物で、ワタシが見たメザニアンは5席のコンパートメントとなっており
鍵を係りの人が開けてくれて入るものだった。別にVIPでもないのですか(爆)。

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定時になると客電が落ち、前座のJonathan Wilsonが出て来る。「良かったBANDだぜ」。
彼のCDを聴くと繊細さが妙に鼻についた気がしており、ソロでやられると厳しいと感じていた。
始まると彼の楽曲は、フォーク・ロックとして音盤で聴くよりもずっと生き生きとしていた。
もちろん繊細さは残していたが、新ローレル・キャニオン派と呼ばれる断片を見た思いだ。
ソロで演奏もしたが、Band演奏の方がずっと良かった。ワタシの指向性もあろうが、次の
アルバムではもっとバンド・アレンジでやってくれることを期待せずにはおれなかった。
前座としてはこの50分は期待以上に楽しかった。

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休憩を挟み21時を回るとTom Petty & The Heartbreakersが出てくる。ドラマーのSteveを
除き、皆がジャケット着用というのも大人のバンドらしい。渡欧は久しぶりのようだが、
こちらは一昨年にも米国で見ているので目新しさの無いセットが少し不満だ。
"Listen to Her Heart"に始まり、"American Girl"で終わる王道のステージ。そんな中だが
「友達が来ている」と言うMCと共にSteve Winwoodが出てきたのには胸が高鳴った。
昨年末のClaptonとの来日以来、半年での再会。Tom達とは以前にツアーを一緒に回っており
久しぶりの共演となった。"Can't Find My Way Home"、そしてオルガンをブイブイと
かき鳴らした"Gimme Some Lovin'"と盛り上がりました。6/18の同所には出てないから、
お得でした(喜)。競演があったのでこの日は135分と少し長めでしたね。良い曲沢山持ってる
のだから、もっとセット代えてツアーをすれば良いのにと思ってしまう。しかも"Breakdown"は
何でやらないのよ? 長いファンだから変な所が目につく。この日では、イギリスで演奏を
することで妙にメンバー紹介や終演後にハイな、イギリス人ドラマーのSteve、そしてラス曲
演奏後に倒れたギターを蹴飛ばすMikeのキレ方にドキっとした。まあ、何よりも嬉しかったのは
ロイヤル・アルバート・ホールでLIVEを見れたということ。何だかんだ行ってもTP'Sの演奏も
歌も悪い訳がない。但し1万円位払ってるのだから欲は膨らむってもの(爆)。

ロンドンとはこの日でサヨナラ。明日は列車に乗りニューキャッスルへ向かう。
待っててくれよ!Bruce。


.....to be continued
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2012/6/19  22:00

欧州漂流  Part6  旅日記

薄暗がりの中、体に重みを感じて目が覚める。隣の男の頭がワタシの肩にもたれていた。
「俺はお前の母ちゃんじゃないぜ」とばかり、頭を向こうへと押しやった。再び目が覚めた時は
夜も明け、ベルリンへ到着したようだ。「ベルリンなの?」とドライバーに確認してバスを降りるが、
はて?ここはどこ。ガイドブックのベルリンの項を持参していたが、バスターミナルの表記が
無いので、自分が今どこにいるのかが分からない。バスは予定より30分早い6時に到着しており
慌てる事はない。まずは一度外へ出てみると、UバーンMessと言う表示が地下道の入口にある。
バスターミナルへ戻り、待合室の椅子に座り手持ちのベルリン交通路線図に目を落とす。
「あった〜」。どうやらベルリンの西に位置しており、目指すアレキサンダー広場へ乗換なしで
行けそうだ。通りを左に歩くと地下鉄の入口はすぐに見つかった。表示がU2なのが
ロック・ファンとしてはニャっとする。「ベルリンでU2ならアクトン・ベイビーだろ」。

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駅表示はMESSではなくkaiserdammだが問題はない。チケット販売機の表示を英語に替え、
手持ち€の小額紙幣でチケットを購入するが、バリデイトを忘れて地下鉄に乗り込んだのは
ご愛嬌。20分程乗ったのだろうか、アレキサンダー駅に着いたので降りる。ホーム内にパンを
売る店が開いていたので、サラミのサンドウィッチを購入して地上に出る。目の前の広場には
トラムが走り、テレビ塔がノッポな姿を見せている。2006年のW杯で訪れて以来、6年ぶりの
再訪である。ベンチに腰を下ろし、パンを頬張りながら地図を見て位置確認を行う。
以前も歩いている筈だが、とりあえずブランデンブルク門までに名所も集まっており歩き始める。
早朝の散歩は心地良いものである。テレビ塔を左に眺めながら暫く行けば、運河の向こうに
大聖堂が見えてくる。ここの右手にはギャラリーが集まっているが、まだ開場の時間でもなく
残念ながら外観を見るに留まる。中州状態になったところは、中洲産業大学ではなく、名付けて
「博物館の島」と言う。ウンター・デン・リンデン通りに戻り、さらに進むと目的地である
フランデンブルク門に到達する。東西ドイツの象徴であるこの場所は自由の象徴でもある。
ベルリンの壁が取り除かれ、ドイツが統一されてからも20年以上の時を経ているのだ。
右に回りドイツ連邦議会議事堂まで行ってみる。見学できるようだが、待ち時間を考えると
少し辛い。門の回りはユーロのファンゾーンになっているらしい。夜には賑わっているのだろう。
ふと横を見ると遠くに戦勝記念塔が見える。「ベルリン天使の詩」で天使達が羽を休めていたね。
「まだ1時間位は大丈夫だからちょっと行ってみるか」と歩き始めたが、見えるものの遠かった。
これならポツダム広場まで行った方が良かったかと、後で思った次第。足もマメが潰れたのか
少し痛い。まあ、渡欧以来歩きすぎではあるのだ。おまけに欧州の古都は石畳で足にはキツイ。
公園内の通りを走るサイクリストを羨ましがりながら、往復1時間余り歩き、TXLのバスに乗って
テーゲル空港へ向かった。ベルリン再訪の旅は、短いながらも楽しいものであった。

30分程バスに揺られテーゲル空港に着く。当初は新しいブランデンブルク空港が開港されている
予定だったが、開港が遅れたようでテーゲル空港からの出発となった。英国航空のカウンターへ
行けば、長蛇の列。最後尾に並ぶが、チェックインを終えるまでは40分以上はかかっただろうか。
落ち着いたのでトイレへ行くと、頭が真っ白になったというか、顔面蒼白。何とケツから出血して
いたらしくパンツは血まみれ、ズボンにも血のりが付いている。こんんな恰好で歩き回って
いたのかと思うと恥ずかしくなる。痔持ちでもないし、クラクフでもそんな兆しもなかった。
どうしてこんな事に?内臓弱っているのか?それともやはり痔なのか(苦笑)。まあ、こっちに
来てからハードに暮らして、スタジアムでも列車やバスでも座る機会は多かったのだが。
取りあえずトイレで急遽、パンツとズボンを履き替えた。まだ旅も折り返しであり、変な状態に
ならないことを祈る次第。不安を持ちながら機はロンドンへと飛び立った。

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ヒースローでの入国はいつも時間がかかる。世界中から飛んでくるから仕方がないが、この日も
45分かかった。キエフやワルシャワと異なり、ここでは相変わらず入国カードを必要としている。
「ロンドンからどこへ行くの」と聞かれたので「ニューキャッスル、マンチェスター、そして
最終目的地はエジンバラだ」と応えたら、「エクセレント!」と返してきた。なんか恥ずかしいな。
チューヴに乗り、グリーン・パークで乗り換え、ヴォウクスホール迄。この日はハンプトン・コートへ
行って、遅く帰ってくることになりそうなのでテムズ川の南にあるこの場所に泊まる事としていた。
地下鉄を出ると国鉄駅があり、右手へ向かって歩き出す。少し行くとスーパーがあったので
お決まりのパン、スナック、牛乳、水などを購入して宿を目指す。ビールは6本パックでしか
売ってくれないようなのであきらめた。2泊するが、6本は飲めそうにない。歩くがちょっと
道が違う様で、左に曲がると目指す通りにぶち当たった。少し歩くとこの日の宿が見えてきた。
チェックインを済ませると、まずはシャワーを浴びる。今だ少し出血しているようで、パンツには
再び血のりが付き、ズボンも目立たないがわずかに染みている。手持ちのズボンは在庫もなく
いざとなったら購入するしかないだろう。これ以後、暫くはケツにはペーパーを挟み、その上に
ハンドタオルを敷いてズボンをはいていた。悪く言えば、タンポンにオムツなのである(爆)。
テーゲル空港で着替えたパンツとズボンはここで捨ててゆくことにした。血のりは付いているが
犯罪の香りはゼロの遺留品である。Comfort Innへの到着が16時と思いの外遅くなったが、
少し休んでから街へは繰り出した。ヴォウクスホール駅まではそんなに遠くなく、チューブの
ビクトリア・ラインでまずはオックスフォード・サーカスへ。相変わらずこの辺りは店も多く
華やかである。取りあえず何店か入って、ズボンを見てみるが購入には踏み切れず。まあ、
いざとなったら買えばよいと思ったので......ただ、後の天候を思うと買っておいた方が
良かったのだが、後の祭りだ。HMVもあったので、悲しい性だが吸い込まれるように入店する。
但し、安くて良いものは見つからず。Amazon.Ukの通販の方が安ければ、買う必要もなし。
時間もそうないので、MacでBig Macを腹に詰め込む。朝、ベルリンでサンドウィッチを
食べてから久しぶりの食事だ。ヒースロー駅でオイスターカードに£20加金したので、
現金が£50と少なくなってきたので、両替所で1万円換金。ワルシャワもそうだったが、
ここもレートが悪い感じ。これならATMで現金引き出した方がよかったかも。手持ちの£は
3月にマレーシアへ行った時に残ったリンギットを、渡英に備え替えたものでした。
「それではこの辺りでハンプトン・コートへ向かうとしようか」。この日はSqueezeのLIVEを
21:00から見る事としていた。チューブでヴォウクスホールへ戻るが、宿へは戻らずそのまま
国鉄の駅へ直行。オイスターカードは割引もあり、ほんとに便利なカードだ。19時過ぎの
列車に乗り、40分程度でハンプトン・コート駅へ着く。橋を渡り少し行けばハンプトン・コートだ。
普段は名所となっており、宮殿と共に庭園も素晴らしい。庭園では多くの人が開演前の
ピクニック・ディナーを楽しんでいる。ワタシも地ビールを飲んで庭園を散歩したり、
宮殿内を見て回ったりして時を過ごした。なかなか落ち着いた場所で、LIVEのついでに見れて
得した気分になったのでした。

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21時のオンタイムになるとSqueezeの連中が出てくる。Glennのソロは日本でも何度も見ているが
Squeeze名義ではホントに久しぶり。隣のおっさんに「Squeeze好きなの?」って聞かれたので
そんな事を話していた。仙人の様にあごひげを蓄えたGlennにはビックリしたが、隣にChrisが
いることが何とも嬉しいのです。後はベース、ドラムス、キーボードとメンバーは変われども
完璧な編成。ポップなロックを次々と披露する。"Take Me I'm Yours"に始まり、"Hourglass"
"Pulling Mussels From A Shell""Tempted"などのお馴染みの曲に混じり、Chrisの歌う
"Cool For Cats"とかを聴くとSqueezeだとあらためて感じる。同じ曲でもGlennのソロとは
一味違ったバンドサウンドを前から2列目真ん中の好位置で堪能しました。最初は静かに
座って聴いていたかっての少女達も、中盤からは総立ちで踊りまくっていた。アンコールラストは
"Black Coffee In Bed"で90分のLIVEを終えた。この組み合わせで日本に来ることは難しい
だろうから、見れてよかったね。帰りがけに見た、暗闇に浮かぶハンプトン・コートも美しかった。
ロンドンへの終電は23:24発と1時間近く待たなければならないが、いいさ、ヴォウクスホールへ
宿を取ったのはこの為なのだから。夜風が心地良く火照った体をクール・ダウンしてゆく。

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.....to be continued
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2012/6/18  22:00

欧州漂流  Part5  旅日記

目覚ましもモーニングコールも鳴らないうちに目を覚ます。旅立ちの朝は何時もこんなものだ。
顔を洗い、昨日買っておいたパンや牛乳で軽めの朝食を取るうちに電話のベルが鳴る。
6:05の列車に乗るべく、5:30にはホテルをチェックアウトして駅へと向かう。列車をホームで
待つが、人はそれ程多くはない。少し前に列車が滑り込んで来るが、自分の乗るべき車両が
分からず、そばに居た職員に尋ねると一番前の車両と言う。乗り込みむとそこは1等車両。
手持ちのEチケットを見ると、確かに1等とある。自分が2等と思いこんでいただけで、当初の
予約通り1等だったようだ。指定番号のコンパートメントへ行くと、該当番号の席に女性が
座っている。「あ、そこワタシの席ネ」と言うと、何もなかったように女性は隣の席に移動した。
さすがに1等は6人座席と2等に比べ若干ゆったりとしている。ポズナンまで7時間の道のりを
考えると、ゆったりとしているのは嬉しい。おまけに同室の2人はすぐに下車し、ポズナン迄は
ほとんど2人とのんびりしたもの。車窓を横目にスナックを食べたり、音楽聴きながら読書
したりして長い道のりを過ごしていた。こういう時に限って、あまり眠くならないのが残念だ。
列車は珍しく定刻の13時過ぎにポズナンへ着いた。

まずは荷物を預けて身軽になろう。最初、コインロッカーしか見つからず、空が無くて少し
焦るが、仮設の荷物預かり場所を見つけ事無きを得た。駅舎へ入ると、まずは張り出された
時刻表に目を通す。調べておいた3:50のベルリンへの夜行列車をメモし、インターナショナル
表記の窓口へ並ぶ。ここは英語で会話ができる筈だ。自分の番が来たので、メモを見せながら
「コイツで明日の朝、ベルリンへ行きたいんだ」と告げると、帰ってきた答えはショッキングな
事実。「これは寝台車だけで全車満室よ。明日ベルリンに行きたいのなら、早朝の便じゃないと
ダメよ。これとこれとこれ辺り」と時間を書いて見せてくれたが、これらに乗ったら明日の昼に
ベルリンのテーゲル空港からの飛行機に間に合わない事は調査済だ。「ちょっと考えてみるよ」と
列を離れた。これはマズイ。まずはファースト・チョイスは失敗だ。それではパスターミナルへ
行ってみようか。手持ちのガイドブックで位置を確認し、駅舎を出て大きな通りを右へ向かう。
5分程度歩いた先にバスターミナルを見つけるが、入り口が分からず一回りするありさま。
中に入ると壁に張り出された行き先別のタイムテーブルを見るが、ベルリンの文字はどこにも
見つけることはできない。かなり頭が混乱しており、チケット売り場で聴いてみるという考えは
浮かばなかった。それよりも頭に浮かんだのは、「シュチェチン経由で行くしかないな」と
いうものであった。これは日本に居る時から掴んでいたルートではあるが、ポーランド国鉄の
ネットではここで乗り換えてのベルリン行きは購入できなかったのである。もう一度駅へ戻り、
ユーロ杯に向けて新設されたような新しい駅舎の方へ入ってみた。ここのチケット窓口は
空いているが係りの人は英語を解せず、ボランティアの人の助けを借りてシュチェチン迄の
チケットを購入した。51ズウォティ(約1,200円)だが、先を考えて現金は残しクレジットにした。
但しこの先は現地で購入することとなり、結構、ギャンブルも感じる。「取りあえず街へ行こう」と
再び歩き、バスターミナルの前まで来ると、さっきとは違った入口が見える。胸騒ぎがしたので
入ってみるが表示は変わるはずもないが、違った角度で見ると見えなかったものが見えるもの。
ユーロラインの事務所らしきものが目に入った。行ってみると小さく張り出されたものには、
ベルリンの文字もある。中に入り順番を待ち、「今晩、ユーロ・サッカーが終わってから
ベルリンへ行きたいんだけれど、バスに乗れないかな」と話すと、対応する男性はPCを叩き
おもむろに画面をこちらに向けてきた。「ここら辺ならまだ席はあるよ」と言われた時、
何とも言えぬ脱力感に襲われた。東欧の国々は、ワタシにどれだけの修業を強いるのかと。
2:30のバスに乗れば、6:30にはベルリンに着くようだ。155ズウォティ(約3,700円)との事で
即決だ。「ロビーの右手のインターナショナル乗り場にTouringと言う表示のバスが来るから
それに乗れ」との指示。何とか最良の逃走ルートを見つけられたようだ。列車のチケットは
後でキャンセルできるか聞いてみよう。足取りも心なしか軽く街へと向かう。

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少し道を間違えたが中心部へ。安易にトラムに乗らない辺りがワタシらしい。少し空腹も感じ
街角のチャイニーズ・レストランへ入る。牛肉の牡蠣油炒めとビールを飲んで少し落ち着いた。
少し歩くとユーロのファンゾーンなどもあり、相変わらず賑わっている。しかし街中で
目立つのは圧倒的にアイルランド・ファンでイタリア・ファンは少数派。アイルランドは既に
2敗し、グループ・リーグ敗退が決まっていたが、相変わらずこの国の人の血は熱いな。
街の名所がどれ程あるのかはイマイチ理解していないが、手持ちの地図と表示に従い見て歩く。
ワルシャワのような高層建築が立ち並ぶ街ではなく、典型的なヨーロッパの地方都市のようだ。
一回りし、夕方に結局は歩いてポズナン駅まで戻ってきた。さあ、もう一仕事、チケットの
払い戻しをしよう。最初に行ったインターナショナルの窓口へ行けば、さっきのオバちゃんが
まだいる。ちょっとばつが悪いが、「このチケット払い戻しできるかな」と問えば、「手数料が10%
かかるけどいいの?」と答えてくる。120円程度は全然OKですよと、払い戻しの紙にサインし
終了。ここのスタジアムへは歩いて行けないのでトラムに乗るようだが、サッカー・チケットを
持っていればタダで乗車できる。駅前からは出ていないようなので、少し先の乗り場へ向かう。
歩く途中でピザ屋の看板があったので、まだ会場入りも早いので食べていくことにした。
空いた店内に座り、マルガリータ・ピザとビールを頼む。何気なくも英語が通じるのが嬉しい。
ビールをお代わりし、ほろ酔い加減になったところで退散。トラムの乗り場へ着けば、会場へ
向かうとおばしき人が沢山いる。こういった人について行けば、自然と会場へは到達するもの。
会場前は広く、露店なども多く出てお客が飲み食いしているが、こちらは既に一段落しており
セキュリティ・チェックを受けて会場へ入る。まだキックオフには1時間以上あり入りは少ない。

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この日は中段の席で、とても見易い。またキエフやワルシャワに比べて、少し小ぶりな所も
良い感じだ。飲んではきたが、とりあえずはビール1杯飲まないと落ち着きませんね(爆)。
しかし周りは緑の軍団(アイルランド)で一杯、おまけにけたたましく叫ぶ奴らで困りました。
アイルランドはロングボールをけり込む旧態依然のサッカーで、熱血は感じるが創造性は欠如。
イタリアはピルロのボール扱いがさすがに目を惹く。前半にCKからカッサーノのヘッド一発で
先制したが、回りが怖くて小さくガッツ・ポーズのワタシでした、トホホ。このまま1-0の
カテナチオかと思ったら、ロスタイムに交代出場のバロテッリがCKのボールをアクロバチックな
ボレーでゴール。ちょっとバイシクルっぽくて興奮させられました。やはりこの男は面白い選手だ。
と言う訳で2-0とイタリアの順当勝ち。イタリアを応援していたので溜飲を下げてスタジアムを
後にした。帰りに乗ったトラムが途中で曲がったので、慌てて降りて乗り換えた。暗くなると
さすがに降り場所が難しいが、乗った場所で上手く降りられ真夜中前には駅まで戻ってきた。

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荷物預かりの場所に戻ると、昼に来た時と比べると溢れんばかりの荷物が置いてある。
預かり札を係りの男性に渡すと「どの辺に置いたか分かる」と聞かれたが、困るよそれは。
なかなか見つからずにいると、ふと前を見るとすぐそこに我がデイバックが。「お〜い、
あったよ」と声をかけると、上から彼がおりて来て渡してくれた。真夜中の駅舎は、列車待ちの
人でそれなりに賑わっている。残りのズウォティでスナックと水を買い、もう使う事のない
ポーランド通貨を駅前の仮設両替所でユーロに替える。もう少しあるだろうと思う程の悪い
レートで€10と結構な残りのズウォティが差し出された。これで手持ちは€45であり、ベルリンで
過ごすには困る事はなさそうだ。しかしもはや残りのズウォティを使う必要もないのだ。
1時間程駅舎でベルリンの情報を整理していたが、まともな待合室もないので閉ざされた
チケット窓口の前に陣取っていた。1時も回ったので、バスターミナルへ移動する。
しかしバスターミナルの扉が閉ざされているじゃないか。ちょっと焦った。どこから入るの?
少しすると少し離れた所から人が出てくる。バスのホームに続く場所が夜間の入口のようだ。
そこからロビーに入ると数人の客が待っている。但し支持されたインターナショナルの入口は
閉ざされている。たまに来るバスもドメスティックのものばかりなので、心配はつきない。
2:30を少し過ぎるとバスがインターナショナルのホームへやって来て、扉が開かれる。
バスはユーロラインとなっているが、小さなTouringの表示がフロントガラスに提示されており
安心した。ドライバーに行き先を確認し、バスに乗り込む。既にどこかを経由して来たらしく
ほぼ満席状態。最後尾の窓際に空席を見つけ、体を埋める。チケットのチェックを済ませ、
暗闇の中にバスが走り出すと1日の慌ただしさを忘れ、すぐに意識は遠ざかってゆく。
「我、ポーランドより逃走完了す、明朝には国境を越えベルリンへ」。


.....to be continued
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2012/6/17  22:00

欧州漂流  Part4  旅日記

案の定ロクに眠れぬまま夜明けを迎え、列車は6:10頃にクラクフへ到着した。必要な物を残し
荷物を預け身軽となる。一度駅舎の外へ出で、自分の位置を確認する。今日の予定としては
バスに乗りアウシュビッツ強制収容所に行くことが第一、帰って来て時間があるようならば
近隣のヴィエリチカ岩塩採掘場へ行ってみたいと考えていた。共に世界遺産であり、世界遺産
大好き人間としては魅かれる場所である。思えば昨日のワルシャワ歴史地区とこの街クラクフの
歴史地区も世界遺産に認定されている。ポーランドの鉄道予約が早めに決まっていれば、
アウシュビッツへはツアーも考えていたが、何せ確定が前日と言う事で、路線バスで行くことを
余儀なくされていた。てな訳で市街とは線路を挟んで向こう側にあるバスターミナルへ、まずは
向かった。壁に張られたタイムテーブルを見れば、アウシュビッツのあるオシフィエンチムへの
始発は8:25となっている。まだ2時間近くあり、日曜の朝に眠っている街を見て歩く時間は
十分ありそうだ。駅舎へ戻る際に駅前の売店でパンを買い、駅の待合室で手持ちの水と共に
朝食とする。これでまたしばらくは持つことだろう。ガイドブックを広げ、まずはパルバカンを
見ながらフロリアンスカ門から旧市街へ入ってゆく。街並みを少し歩けば、中央市場広場へ出る。
本来ならば賑わっているのだろうが、日曜の朝と言う事で人の姿は見えない。聖マリア教会を
横目で見ながらさらに南へと歩を進める。ヴァヴエル城迄歩けば旧市街はほぼ終わりのようだ。
石畳を歩き、足も疲れつつある。左へ迂回し、緑地帯を休み休み歩きながら駅方向へ向かう。
駅近くで本日の宿であるAlexanderUの場所を確認し、バスターミナルへは8時前には戻った。

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オシフィエンチムへのバスチケットは車内でも買えるとのことであったが、切符売り場で往復
買っちまった方が面倒がないと思い、空いている窓口へ行く。しかし何故か窓口のオバサンは
片道しか売ってくれない。英語は分かる風だが、「Return」「Round Trip」「Two Way」等と
言っても頑なにOne Wayと主張される始末(笑)。片道1時間40分、300円弱ってとこですか。
G1乗り場で待っていると、少し遅れて中型のバスがやって来た。乗客を降ろし、ここからの
乗客が順次乗り込んで行く。チケットを運転手へ渡し、席に座ればじきにバスは発車した。
街並みを抜け市外に出ればまどろみ始め、気がつけばもうオシフィエンチムの側まで来ていた。
さすがに夜行列車でほとんど寝ていないことも有り、腰を落ち着ければすぐに眠たくなる。
10時過ぎにはアウシュビッツにバスは到着し、乗客は皆降りてゆく。帰りのバスの時間を
確認してから、博物館の入口へと向かう。自分勝手に見て回れると思っていたら大間違い、
どうやらツアーに参加しないと中へは入れないらしい。まあ、当たり前と言えば当たり前か。
数日前に申し込めば日本語ガイドもいるらしいが、英語のガイドツアーに参加する事とした。
40ズウオティ(約1,100円)を払いオーディオ・ガイドの貸し出しを受け、時間になると中へ入り
ガイドが付いて説明して回る。パンタの「クリスタル・ナハト」の音世界が耳にこだまする。
収容所の入り口を通り中へ入ると、有刺鉄線の鉄条網に囲まれた房が幾つも立ち並ぶ。
中へ入れば当時の姿が残され、古い写真や数々の遺留品、ガス缶等と共に歴史が語られる。
ユダヤ人大虐殺の歴史は、繰り返すことが無いように一般に公開されているのだろう。
ドイツのサッカー・チームもユーロの大会前にここを訪れたらしい。日本における広島の
原爆記念館と同様の空気を感じずにはおれない。昼過ぎまでで、こちらのツアーを終え
午後は少し離れたビルケナウの第二収容所へ向かうと言う事でオーディオ・ガイドを返却し、
バスの出る1時間弱の間に売店でホットドックとコーラを買って一休みする。5分程シャトルに乗り
着いたビルケナウは、アウシュビツツよりも広大な土地に沢山の収容所が建てられていた。
しかしここはアウシュビツツよりも貧弱な施設であり、ここに収容された人は厳しい生活を
強いられただろうことが偲ばれる。共同の洗面所や便所の後は悲惨なものである。シャトルで
再びアウシュビッツへ戻ればツアーは終了だ。遠くにクラクフへの帰りのバスの姿が見える。
必死に走り向かうが、あざ笑うかのようにバスは遠くへと走り去って行った。これで1時間は
待たなくてはならない。次のバスは15:05であり、これではヴィエリチカ行きは断念しないと
いけないかもしれない。帰りのバスでは爆睡し、もはや疲れ切った体でヴィエリチカへ向かう
気力は無くしていた。

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駅に隣接したショッピングセンターで、明日の朝食とすべくパンやスナック、水、ビール等を買い
ホテルへチェックイン。朝食は7時からなので、列車の時間を考えれば取れないのは予定通り。
風呂につかり着替えてやっと疲れが取れた気がした。明日は又夜行で国境を超える事になる。
もうひと山越えるまでは、気の張った日々が続く。そんな中でも今夜はのんびりできる一夜だ。

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夕食を食べがてら再び旧市街へ向かう。朝とは違い多くの人が出歩き、街角のレストランも
賑わいを見せている。たまにはガイドブックに載っている店でもと思い、リーズナブルなパルを
目指すが、本に記載されている名前とは違っている。おまけに外に出ているメニューは
ポーランド語で書かれている。「まあ何とかなるだろう」と中へ入って、「英語のメニューは
あるの」と聞くと、店の女の子は壁を指差した。カウンターにある惣菜系と壁のメニューから
オーダーすれば良いようだ。カウンターにあるサラダとメニューのパリ風カツレツを頼む。
ビールはタイスキと言うやつを頼み、ビールとサラダはその場で頂き、カツレツはできたら
持ってきてくれるとのこと。店の奥を抜けるとパティオになっており、開放感あふれる場所に
座りビールをあおる。歩き疲れた体にビールが心地良く染みる。サラダもカツレツも美味しいし
ビールをお代わりしても800円位と安くてうれしい。昨日のイタリアンは2千円位したからね。
レストランとパルの違いはあるけれど、満足感にそれ程の開きはない。パルなのでチップは
いいだろうと、そのまま出てきた。旧市街を歩き、ショッピングセンターを一回りしてホテルへ
戻ってきた。もちろん買い物はせず見てきただけです。ビールを開けてテレビでポルトガルと
オランダの試合を見ているうちに寝入ってしまった。気がついて起きれば1時過ぎ、あわてて
電気を消して再び寝入る。明日は5時にモーニング・コールを頼んでいるし、目覚ましも準備済。
戦士の休息は長くは続かない。

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.....to be continued
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2012/6/16  22:00

欧州漂流  Part3  旅日記

目覚ましの鳴る前の6:30に目を覚ます。慌ただしい1日を終えた後だが、疲労感はない。
足に消炎クリームを塗り、顔と腕に日焼け止めクリームを塗れば準備OK。少し早目の7:00には
部屋を出る。アパートのオーナーの言うように、鍵はカーペットの下に忍ばせた。地下鉄で
中央駅まで行き、売店でパンと水を買って朝食を終える。そこから空港バスに乗り、1時間程して
空港へ。車中はほとんど寝ていた。最近は移動の途中に良く寝るが、盗人には気をつけないと。
この空港は小さく待合の座席も少ない。1時間程チェックインを待ち、ミンスク迄のボーディング・
パスが渡された。ワルシャワ迄のボーディング・パスはミンクスでもらえるとの事だ。ベラルーシは
いまだにビザのいる国である。トランジットであり問題ないはずだが、乗換でのトラブルも
考慮し、日本にいる時に無料のトランジット・ビザは取っておいた。但し、トラブルがあって
旅程が変われば大事なのであるが。無駄に金も時間も費やしたくないものである。グリブナは
もはや必要ないので、ベルリン行の為に€に換金した。約€35ってことは、昨日今日で二千円位
しか使ってないってことですか。

定刻の11:30を少し遅れてキエフを飛び立つ。この国へは再び来ることはないような気がした。
ミンスクへは一っ飛びだったが、機を降りると緊張は高まった。まず乗り換え客は団体行動で
ターミナルを移動し、ロビーで行き先ごとにパスポートが集められた。そして場所を移動し
1人ずつ名前が呼ばれるとパスポートとボーディング・パスが渡される。全員が一度に呼ばれる
訳でなく、「ほんとに乗れるの?」とも思っただけに、名前が呼ばれた時は何ともホッとした。
機内に入り、飛び立つのを確認するとやっと安心して眠りに落ちたのでした。

ワルシャワに着けば入国審査が50分もかかる苦行にさらされた。ここでも書類無しのパスポート・
チェックだけなのに何でこんなに時間がかかるのか不思議です。預ける荷物もないので、
この関所をいかに抜けるかが勝負なのだが、今日は負けでしたね。ポーランドの通貨は
ズウォティであり、ここは「円」も両替できるので1万円両替したが、約360ズウォティと
レートが悪い。ユーロに合わせてか6月より電車で市内へ行けるようになり、車掌からから
チケットを買って乗り込むも20分待ちと苦行はは続いた。さらにCentral名義の駅は無く、
前後の駅と風景及びカンで降りるありさま。まあ、上手く降りられてよかったです(笑)。
地上に上がればお日様がまぶしい。すぐ前にはファン・フェスタが行われていて喧騒としている。
この日はポーランドも試合があり、さらに人で溢れかえるのだろう。とりあえず中央駅に行って
荷物を預けて身軽になろう。この日は試合後の夜行でクラクフへ向かうのである。荷物預けは
すぐに見つかったが、数人並んでいる。各種チケットやカメラ、ガイドブック等を小さなザックへ
詰め替え、デイ・パックは預けました。もう16時だが、観光へと出発。この街はキエフに比べ
大きい建物も多く、近代的だ。但し旧市街も残し、落ち着いた風情も見せる。歩いていると
ロシアのサポーターが目につく。経済的に見ればロシアがギリシャに大勝の番外戦ですもの。

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ガイドブックの地図を頼りに旧市街を目指すが、緑多い公園やオペラ劇場、大聖堂、パルバカンと
見るべきものは多い。思えば今日は土曜日ということで、人の出も多いのかもしれない。
試合が行われるナショナル・スタジアムは東側の橋を渡ったところにあり、歩いて行けるようだ。
試合は20:45のキック・オフだが、1時間位前には着いておきたいもの。この日も昼抜きなので
夜はちゃんとしたものが食べたいと思い、レストランに入り生ビールとサラダ、カルボナーラを
食した。1日に1回で良いからしっかりと食事はしたいと思うが、イベントを渡り歩いていると
必然的に現場で食べるイベントメシとビールの組み合わせが多くなる。だとすれば昼なのだが
移動をしているとままならない悪循環。落ち着いて食事をすることも大切ですよね。

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落ち着いたところで会場を目指そう。多くの人が歩いているが、昨日に比べチケットを売る人が
沢山いる。やはりこのカードは人気薄なのだろう。ワタシも好き好んで見たいカードではないもの。
但し、決勝トーナメント進出もかかっているので、凡戦には成らないはずだ。結局は30分程歩き
到着するが、セキュリティ・チェックを待つ人でごった返していた。余裕をもって来て正解です。
座席は昨日とは異なり、ずっと上の方。もう後ろに数列しかない。おまけに席間違えて開始
直前に移動する情けなさ。前日もそうだったが、試合前のセレモニーが楽しませてくれる。
試合はロシア優勢な展開だったが、ギリシャが前半ロスタイムの1点を守りきっての辛勝。
試合は分かりませんね。ギリシャの連中の一生懸命さには惹きつけられるものを感じました。
試合が終わるとギリシャの連中が異常に喜んでいるのを見て?でした。「勝ち点並んでも
得失点差でロシアだろ」と思っていたのですが......レギュレーションは、同勝ち点の場合
両者間の対戦成績が優先みたいですね。後で知りました(汗)。ギリシャの頑張りの意味は
そこにあったのか。試合が終わり外へ出ると、少し雨が降っている。傘をさすほどではなく
ウインドブレイカーを着て、フードをかぶって歩き出した。橋を渡り街に近づくにつれ、
向こう側から落胆したポーランド・サポーターがすれ違ってゆく。チェコに0-1と敗れ、
予選敗退となった彼らは意気消沈している。開催国は決勝トーナメント進出が目標だからね。

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荷物をピックアップし水を買って列車の乗り場へ向かう。00:30発の列車は少し遅れて到着した。
2等であっても指定なのだろうが、列車の番号もチケットの座席番号も上手く読み取れず、
適当に空いたコンパートメントに潜りこむ。満員の8人席で起動する音の大きさに眠れそうに
ないが、確実に前に進んでいるという事実だけが頼もしい。じきに車掌が検札に来た。
「クシェットから2等に変更になったので差額は返してくれることになってるのだが」と言うと
車掌はキーボードを叩き言葉もなくEチケットを返してきた(後日3,170円返却)。座っている席は
何にも言われないのでここにいることにしよう。所有者が来ればデッキに出ればよいだけだ。
目をつむり、列車の音が遠ざかってゆく。ミットナイト・トレインよ次の街へ早く連れて
行ってくれ。


.....to be continued
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2012/6/15  22:00

欧州漂流  Part2  旅日記

まどろみながら予定より少し早い3:50に、シャルル・ドゴール空港へはランディングした。
まだ暗い中、雨が降っているようだ。閑散とした空港内はまだ始動しておらず、乗り換えの
移動にターミナル間を走るトラムはまだ動いていない。せっかちなワタシは、「こんな時でも
なければ使わないな」とばかり、地下道を歩いてターミナルを移動してみた。こんなのあるの
さえ知らなかったもの。まあ、朝から小冒険である(笑)。しかし先へ行けばセキュリティの人が
おらず、6時まで待てと言われる。てな訳で、トイレに入りウェイティングエリアで、手持ちの
おにぎりと出国してから買っておいたポカリスウェットで朝食を取ることにした。1時間程前に
機内で朝食が出たので、それ程の空腹感はないが取れる時に取っておくのは悪くない。
実際、1日2食生活が多い旅になるのを、この段階では知る由もなかった。そのうちにトラムが
動き始めたらしく人が出入りするようになり、6時より前にセキュリティ・チェックを受けて
ゲートへ向かうことができた。搭乗が始まるまで音楽聴きながら本を読んで待つこととした。

出発は少し遅れたが、キエフのボリスピリ空港にはお昼頃には無事に到着した。有り難い事に
雨は降っていない。入国書類は何もなく、列に並んでパスポートにスタンプを押してもらう
だけで少し拍子抜け。どこへ行っても入国審査が一番緊張する瞬間だからね。ロビーに出て、
まずは両替をしないと。ウクライナの貨幣はグリブナと言い、表示されている交換貨幣には
案の定「円」はない。こんな時の為にいつもUS$は所有している。宿泊はイベント価格で高いが、
食事などの物価は安いと聞いており、明日には出国するのでUS$70を現金化した。宿泊代は
前払いしており、過剰な現金は必要ない。手元には約560グリブナ、日本円で1グリブナが
10円といったレートか。表示を頼りに空港バスの乗り場を目指す。外に出れは空港ビルに
大会のディスプレイがなされ、ここでユーロ本大会が行われることを実感した。少し歩くと
バスが止まっており、322の表示を確認し空席に座る。車掌が乗車料金を取りに来たので
25グリブナを払う。このまま中央駅まで連れて行ってくれるはずで、途中で居眠りしながら
1時間程度で駅前に到着した。タクシーの客引きに目もくれず、駅へ入り反対の出口を目指す。

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ここを出ると地下鉄の駅があるはずだったのだが.....見つからない。駅前は行ったことが無いが
トルコとか中近東風のバタ臭い感じがした。警備の人らしき人に尋ねるも、英語を解しておらず
らちがあかない。「まあ時間もタップリあるし、明るいうちは問題ないさ」と近辺をうろつく。
霧雨が少し顔を叩くが、気になるほどではない。マーケットのような所を抜け、トラムが走る
場所へ出たが、どうも目指すところではなさそうだ。近辺を歩き回り探すがどうにも見つからず、
「このまま歩いて行くか」とも思ったが、キエフの地図は宿の近辺図と地下鉄の路線図しか
持っていない。最後はタクシーだが、それもワタシらしくない。駅の構内でユーロの案内を
しているのを思い出し、今一度駅へ戻りボランティアの女性に尋ねてみた。幸いなことに
英語が通じ、「駅を出て左へ行くと大きなビルがあるから、そこが地下鉄の入口よ」と
教えられる。そこって何度も歩いてるはずなのだが?あらためて言われたとおりに行き、遠目に
じっくり見ると今まで気がつかなかった地下鉄の表示に気がついた。ほんとに小さな入口で、
その隣の大きな入口は鉄道のチケット売り場でそちらの方をワタシは歩いていたのだ。
やっちまったぜ。何と1時間も無駄に過ごしており、急に疲れた気がした。自販機があるが、
表示がウクライナ語でちんぷんかんぷん。ここは人の見よう見まねで紙幣を入れれば良いようで
10グリブナ入れると5枚のディトンというプラスチック・トークンが出てきた。1回20円とは
安い乗り物だ。これを入れれば乗れるという情報は持っていた。しかしこの国の地下鉄は深い。
数少ない資料の路線図を頼りに目的地を目指す。どうやら方向は誤っていないようで、3つ目の
フレシチャーチクで降りる。この辺りがメインらしくお店などもありにぎやかである。
地上に這い出て、手持ちの地図で位置を確認して歩き出す。方向や通りを確認して歩くが、
一向にそれらしい所は見つからない。何人かに尋ねるが何と最初の場所に戻ってしまった。
ヨーロッパの通りは、真っ直ぐに走らずに湾曲したり、レーンと名乗る小道があったりして、
意外に手強いのだ。今度は番地を確認して歩き、メインの通りから引っ込んだ場所に目的地の
キエフ・アパートメントを見つけた時の嬉しさよ。しかしここでまだ困難は残っていた。
ここはオフィスで実際に今夜借りられるアパートは15分程離れた場所らしい。地図を印刷して
もらい、対応する男性から「オーナーへ電話するからすぐに行ってね。どれ位で行ける」と
言うので、「この街は初めてだから地下鉄に乗って40分位はかかるよ」と言えば、「歩いても
15分位で行けるよ、ここの地下鉄と隣の地下鉄の駅は繋がってるから乗らずに歩いて行けよ。
20分位で行くって言っとくよ」と言う。ちょっとムリあるんじゃない。「何かあったら電話して」と
名刺を受取り、オーナーの住所と部屋番号を押して入るようにと支持されてオフィスを後にした。
もらった地図を頼りに指定の場所へ何とか到着。但し、指定の番号を何度押してもエラーとなる。
これには青ざめた(汗)。この国でどうやって電話するのかわからない。まずは公衆電話を探さ
ないといけないじゃない。すぐ近くにラディソン・ホテルがあったのを思い出し、そこまで戻る。
ホテルのレセプションにこう切り出した、「電話したいんだけどここに公衆電話はないかな」。
「いいですよここからかけますよ」と言われたので、「実はこのホテルの泊まり客じゃないんだ」と
返すと、「いいわよ、番号分かる」と言ってくれるので、お言葉に甘えてもらった名刺を見せると
彼女は相手にかけてくれた。「相手が出ましたよ」と電話を渡され、「支持された所へ行き、
番号をプッシュしたんだがエラーになるんだ」と悲壮な声で問うと、「ちょっと待ってくれ」と
暫く間が空いた。戻ってきた声は、「申し訳ない、こちらの間違いだったようだ。オーナーが
外で待っていてくれるからもう一度行ってくれ」と言う。頼むぜおい。レセプションの彼女に
礼を言い、その場を後にした。いまさら電話代を問うのも野暮であり異国での親切を覚えておく
ことにしよう。外に出て戻ろうとすると、人のよさそうなオバちゃんが手を振っている。
どうやらオーナーさん迎えに来てくれたようだ。嗚呼、安堵感で溢れました。案内された所は、
手前の違う場所。何だ場所自体が違う所をマーキングしていたのか。オバちゃんは親切で、
鍵の説明と部屋の案内をしてくれた。「表の鍵はこの磁石をポイントに当てると開くわよ。
中から出る時はこのボタンを押せばよいからね。明日出る時は、部屋の前のカーペットの下に
鍵を置いといてくれればいいから」と言われた。お子さんたちが日本と行き来しながら
商売をしてるようなことを言っていた。やっと落ち着いたので、近所の店に行きビール2本と
水を買って帰ってきた。シャワーを浴びてさっぱりし、着替えてビールを飲む。少し休んで
外に出るころには、17時になっていた。いやぁ、初日から苦労してます。15時位には観光に
出てるかと思っていたのだが大誤算。近辺を歩き、標識に従い近辺の教会やオペラハウス
などの名所を見て回る。ファン・フェスタでは地元のバンドが音楽を奏で、イングランドや
スウェーデンのファンがお祭り騒ぎ。やっと自分も解放された感じになった。

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つらつらと歩きながら、結局はオリンピック・スタジアムに着いてしまった。どこも酒を飲む
荒くれ者で溢れ、早めに会場の中へ入る事とした。昼も食べてないが、そんなに空腹感はない。
バーガーやビールを飲みながらキックオフを待つ。席は5列目のセンターサークル近くと
良い場所でした。近すぎてサイドラインが見えず、もうちょっと上の方がよかった気がしたね。
キックオフは20:45と思っていたが、時差の関係か21:45だった。おまけに少し遅れて22:00に
なっちまった。2時間半位待っていたが、試合は打ち合いの末3-2でイングランドがスウェーデンを
逆転で下すという楽しいものだった。ルーニーはこの試合まで出場停止で、この試合を落とすと
予選敗退の可能性もあっただけに、イングランドチームの友情も感じましたね。FWのキャロルは
大柄にチョンマゲ姿と相手のイブラヒモビッチのモノマネかと思ったが、ヘディングで先制点を
取り、ポスト・プレーもしっかりこなす好選手だった。しかしルーニーもランパードもいない
イングランドは少し小粒なチームだった。交代で入ったウォルコットが同点とした所で、風向きは
完全にイングランドだった。天才イブラヒモビッチがこれで大会を後にすることが決まり、
一抹の寂しさを感じた。まあ、これが勝負というものか。宴が終われば、観客は一斉に外へと
吐き出される。既に真夜中になろうとしており、地下鉄は封鎖され歩いて帰るより他にない。
こうなると来るときに歩いて来たことの価値がでるというもの。途中、公園の横を通ると
トラックの荷台からペプシコーラを配っているのに遭遇。有り難く1本頂き、力水を飲みながら
帰路に着いた。40分程して部屋に戻り、ビールを飲みながらこの日を振り返っていた。
キエフでも宿が足りないのだから、ウクライナの他の都市では推して知るべし。テント村は
あるが、この国で欧州選手権を開催する資格は本当にあるのだろうか。UEFAの思惑は何処に。
明日はワルシャワへ向かうが、ポーランドの生活がより良いものであることを願わずには
おれない。ふと見ると時計の針は1時を指していた。

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