
渋沢栄一の生家より車で5分のところ、伊勢崎市の島村にある田島弥平宅。大規模養蚕農家の集落が残っています。幕末ー明治時代に蚕種を欧州に輸出することで財をなした集落です。
今回の世界遺産にも富岡製糸場と絹産業遺産群ということで登録される予定です。
どのお宅も個人宅。お住まいですので、特別なイベント時のみお庭まで入れます。

田島弥平は明治12年にミラノまで蚕種の直輸出にでかけています。利根川沿いの村から横浜、そしてイタリアまで、その行動力に驚くばかり。その後、キリスト教の信者も増え、明治30年に建てられた教会もこの集落に残っています。

渋沢栄一と親戚の田島家は、皇居での御養蚕の指導員としても活躍しました。この集落の女性たちが皇居での養蚕をお手伝いにいった日記が残されています。この邸宅にも明治天皇の皇后さまが訪問されています。

明治時代にミラノから持ち帰った顕微鏡です。これで島村の蚕種も検査していました。
幕末から明治初期に欧州向けの蚕種はバブル景気をこの集落にもたらしました。年一度の3か月の蚕種つくりで、今のお金に換算して1億円近い収入になったといいます。
もと養蚕農家の集落ですが、養蚕はもうやめており、周りに桑の木はもはやありません。ネギ畑にかわっていきました。
地元の方たちがボランティアガイドとしてイベント時には案内してくださいます。

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