大相撲ぶつかり稽古

　とうとうこういう時代になったのか。幕内最高優勝、準優勝、三賞受賞者は全てモンゴル出身力士である。大阪府立体育会館前でオープンカーに乗った朝青龍と朝赤龍が手を振っているのを見て、相撲ファンとしてはとても複雑な心境になった。平成ひとケタ時代には、確かに巨漢ハワイアン力士が活躍したが、その数は限られていて、日本に珍しい重量級の黒船がやっていたという程度であった。しかし、今回のモンゴル勢の台頭は、完全に日本の大相撲を根底から大きく変える力になっている。会場ではモンゴルの国旗が揺れ、モンゴル語が飛び交い、民族衣装を着た人が往来。近い将来、優勝力士はモンゴル国歌を斉唱しかねない。まさに、ひさしを貸して母屋を取られた状態だ。旭鷲山が10年前に大相撲にやって来て今日のモンゴル出身力士達の隆盛の道筋を付けたが、まさかモンゴル出身力士が賞を総ナメにするとは思っていなかっただろう。

　朝青龍が横綱になってから、巨漢系の力士は駆逐され、相撲に速さと低さが求められるようになった。去年まで新しい形の相撲の世界を拓いた朝青龍の独壇場だった。ところが、今年に入ってから他の若手力士達がそれに対応できるようになり、皆が横綱と同じレベルの力と技を磨きつつある。横綱が優勝決定戦まで持ち込まれて苦戦を強いられながらやっと優勝する姿は、去年はあまり見られなかったものだ。となると、結局は体が大きく動ける力士が有利に勝負を決められるようになり、把瑠都や琴欧州のような大型力士が再び台頭するサイクルになってくるかもしれない。

　日本人力士に目を向けると、今場所最も頑張ったのは魁皇だっただろう。賜杯レースの先頭を行く白鵬との対戦は、誰の目にも不利で残酷な一番に見えたが、全盛期を思わせる寄りで先輩大関の意地を見せた。WBCの王JAPANの優勝に匹敵する感動を覚えた。負け越しで即引退の背水の陣で気持ちを切り替えて、終盤戦は4勝1敗。栃東、琴光喜、白鵬らに完勝して、またしてもカド番を脱出。

　栃東も横綱候補の地位を死守。上位以外にほとんど取りこぼしがなく、気が付くと10勝挙げていた雅山が、ひそかに大関復活を狙っている。露鵬と黒海の巻き返しに期待。

　大阪という土地は、地方場所の中でも何か特別の雰囲気を持っていると感じる。東京と比較すると、街全体が大きなうねりを持っているような、どこかアジアのにおいを感じるような、日本であって日本でないような気がしてしまう。それは商店の看板の色やデザインであったり、独特の言葉のイントネーションであったり、大阪人の積極性であったり、はたまたエスカレーターの左側を空けるといった些細なことが、１つ１つ集まり溶けて醸し出される独特のカラーなのだ。

　この大阪という土地のカラーが肌に合う外国人は多いようだ。大阪府立体育会館の会場では観戦している外国人の多さにも驚かされるが、一人で来てじっとカメラを構えている人や、自国語で星取表を作って書き込みをしている人、日本のスポーツ紙を読んでいる外国人までいて、東京の両国国技館で興味本位に相撲見物をしている観光客とは濃さが全く違っている。国技館では隣に座った外国人に英語で話しかけられるが、大阪では一度もそんなことはなく、必ず日本語（しかも流暢）で話しかけられる。

　そんな大阪の空気の中に、東京では感じることができない、アジアの力がわいてくるのを感じる力士がいても不思議はない。今場所のモンゴルを中心とした外国出身力士の星数を見ているとそんな気がしてくる。例えば、14日目まで頂点の朝青龍、白鵬の好調は言うに及ばず、旭鷲山も2番も取り直しの相撲を取って11勝、旭天鵬は10勝、朝赤龍、時天空らも勝ち越しを決めて元気だ。このまま行くと、大阪場所は外国出身力士達の活躍で終始してしまうかもしれない。

　北桜は長い相撲とファンサービスでお疲れ気味か、相撲にキレが無くなってきた。中盤戦7連勝となった雅山が安美錦に完勝。雅山は華はなくても通がうなる味のある力士になりつつある。白鵬は若の里を、朝青龍は琴欧州を、それぞれ問題にせず13勝で明日の千秋楽を迎える。十両の把瑠都は全勝なるか。

　おそらく琴光喜という力士は、歴史に残る名関脇となるだろう。名関脇であると同時に、どうしても大関になれなかった悲劇の力士としても人の記憶に残るのかもしれない――そんなことを考えながら今日の対白鵬戦を見ていた。

　場所前、白鵬がどのような形で大関に昇進するかどうかを占うために、朝青龍が関脇時代にどのような白星パターンを重ねて大関になったのかを調べてみた。すると驚くことに、朝青龍が西の関脇だった平成14年春場所も東の関脇は琴光喜なのである。西の関脇だった朝青龍はすぐに横綱まで駆け上がったが、その後も琴光喜は三役と平幕上位を行ったり来たり。自分より若い力士にどんどん追い抜かれて現在の“定位置”に至るというわけだ。忘れもしない、琴光喜が初優勝を飾ったのは平成13年9月場所である。その時は前頭二枚目の番付で、その後は大関昇進のチャンスが何度もめぐってきた。しかし、そのたびにプレッシャーに押しつぶされ、格下の力士の引き技にばったり土俵に這って星を落としたり、両ヒジのケガなどで再三の機会を逃してしまった。

　そんな琴光喜にとって、今日の大関昇進を確定的にしたい白鵬との勝負には並々ならぬ覚悟があったことだろう。上手をあっさりと許したものの、その後がっぷり四ツに渡り合い、白鵬の横綱をも投げつけた強烈な引きつけを何度も残し、白鵬のスタミナを120%使い切らせる相撲を取った。結果は負けとなってしまったが、現在の大関陣よりもはるかに善戦したように思われる。両国国技館内に飾られている優勝掲額は6年で1周する。よって、もうすぐ琴光喜の初優勝の額も取り外されてしまうが、その前に、もう一度、大関取りにもチャンスを見出してほしいと願っている。
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　失うものがないプレッシャーフリーの栃東にとって、相撲に勝つのはごく簡単なことなのだろう。千秋楽の横綱戦が楽しみだ。ベテランの玉春日が、やわらかい省エネ相撲で若の里を下す。十文字、時津海、北勝力の相撲は、病人が取っているようで、せっかく盛り上がった土俵に水をさす。3人ともどこか悪いのだろうか。

　大相撲人気が確実に着実に回復して来ている。これは誰しも実感することだろう。かつて大阪場所は満員御礼の連続記録が年6場所の中で最長だったが、3年前に途切れてしまった。しかし、今年の大阪は平日2日連続の満員御礼。当日券も「お１人様１枚限り」にする措置を取りながら、協会も嬉しい悲鳴を上げている。幕下・十両の土俵から熱い声援が飛び交い、正直トイレに立つ時間も惜しいくらいだ。

　大相撲が再び注目を浴びるようになったのには、いくつかの要があると思われるが、今場所最も大きいのが、十両、幕内下位から上位まで、それぞれの番付で見所・盛り上がり所があるということだろう。関取衆が登場する2:45から6:00までの3時間、観客の関心を引っ張るのは並大抵のことではない。十両では全勝を守る把瑠都の怒涛の相撲に拍手が沸き、片山の美しい四股を拝んで、里山の伝え反りに歓声が上がる。幕内前半では、高見盛という定番の人気力士に加え、北桜という34歳の“新鋭”人気力士も大いに土俵を盛り上げる。星勘定はともかく、懸命に相撲を取るチカラビト達に観客は心を動かされるのだ。館内の声援は他の力士にも心地よく、相撲内容もぐっと濃いものになっているから、相撲人気との相乗効果である。

　そして、幕内上位になると昇進・引退・カド番脱出・優勝争いといった人間模様が色濃い、目の離せない取り組みが目白押しである。（相撲内容については今日はあえて触れないでおく。）結びの一番が終わって土俵に目をやると、幕下6枚目で5勝目となった皇牙の美しい弓取り式。「関取になっても続けやー！」の声援に、もう大相撲でお腹一杯である。そして、明日もまた大相撲を頬張りたいと思ってしまうのだ。これがまさに、大阪人を熱狂させる相撲の魅力なのだろう。

　荒れる春場所――これはいつ出来たフレーズなのだろう。少なくとも、平成12年に貴闘力が幕尻優勝を果たした時以来、春場所は全て大関、横綱が賜杯を抱いていた。（魁皇、武蔵丸、千代大海、そして朝青龍が3連覇）それを考えると、もし今場所、関脇が優勝するとなると、久しぶりに荒れる春場所と言えるのかもしれない。「荒れる」というのは、千秋楽まで誰が優勝するか分からない、あるいは意外な番狂わせがあるということも意味している。しかし、今場所は見ている側にとっては少しも荒れた感じがしない、当然の結果が待っているかのような感覚さえも抱かせる。

　雨天の平日にもかかわらず、好取組に満員御礼になった大阪府立体育館。同じ相手に続けて絶対負けない横綱が、精神的にも経験的にも有利だと思われた。立ち合いも横綱が踏み込んで白鵬得意の右上手を封じ、左四つに組み止めた。ところが、不思議と白鵬と組む横綱の体が妙に小さく感じられたのだ。184cm、146kgの決して大柄ではない25歳の横綱が、192cm、152kgの体躯を誇る21歳の若武者を相手にしている姿は、どちらが横綱か分からないほどだった。両者のわずかな動きの中にもマワシを取る取らないの攻防があり、気が付くと懐の深さに負けた横綱が白鵬に左マワシを取られてしまった。体勢を立て直すこともできず、見た目には強烈には見えない秘めた力を帯びた上手出し投げを食らい、土俵の中央でばったりと腹から落ちてしまった。横綱は今年早くも5敗目。優勝に黄色信号である。一方、横綱を2場所連続で破って33勝とした白鵬は、技術的には横綱に引けを取らないほどに成長していることを証明した。たまたま横綱に勝っているのではない。確かな技術と大きく柔らかい体が、大関になってからも安定した白星を呼び込みそうだ。

　琴光喜と旭天鵬のマワシの引き付けあいの一番は力が入った。やはりここでも懐の深さが勝負の分かれ目になった。魁皇は栃東に完勝。たとえ負け越しても千秋楽まで相撲を取ると宣言したそうだ。あと2敗の崖っぷちだが、熱烈な魁皇ファンほどありがたいものはない。今場所を乗り切れば、悲喜こもごもの大関5人時代がやってくるだろう。

　そろそろ幕内では勝ち越しと負け越しの明暗が分かれ始めている。先場所三賞を受賞した北勝力と時津海は揃って1-9で既に負け越し、十文字は自己初めての10連敗。場所前好調が伝えられた岩木山も気が付けばもう負け越している。大負けする力士が多数出そうな気配を漂わせている。

　その中で、今場所特にぴりっとしないのが欧州勢。今までモンゴル勢に追いつき追い越す勢いで番付を駆け上がってきた力士達の成績は、手負いの琴欧州が7-3で奮闘しているものの、前頭12枚目の白露山が6-4、黒海は3-7、そして新小結の露鵬は2-8で負け越しが決まってしまった。モンゴル出身力士が優勝戦線を引っ張っているのとは対照的だ。

　相撲の型を見ていると、モンゴル勢や小兵の日本人力士達は腰からヒザを「く」の字のバネのように使って低い相撲を取るのに対し、欧州勢は頭の位置だけを下げ、腰は高いままの体勢で勝負をしている。例えて言うのなら、アジア系の力士は“和式便所型”の体勢で相撲を取れるが、欧州系は“稲刈り型”の体勢しか取ることしかできないとも言えるだろう。ヒザを曲げることで腰を引かずに体の高さを自由に調節できるのだが、腰高で稲刈りをするように前に覆いかぶさるような取り口では、相手のマワシは取ることができても、ハズを押したり、足技を仕掛けたりすることがままならない。欧州系力士が未だ賜杯に手が届かないのは、これが原因なのかもしれない。把瑠都も十両では勝負をさせてもらっているが、幕内に上がってきたら一度は相撲の型で壁に当たる日が来るだろう。

　魁皇は今日も立ち合いの呼吸が乱れ、6敗目。待ったをした日は必ず星を落としてしまう。栃東は出島を軽くあしらって2敗を守る。平幕勝ち越し第1号は若の里と豪風。白鵬と朝青龍は共に全勝。明日の直接対決が楽しみだ。

　大関という地位は、相撲人生の終着駅なのか、あるいは横綱へのステップなのか、はたまた強さの瞬間最大風速なのか。それによって全く相撲が異なってくる。明治時代に入るまで、横綱という番付は事実上はなく、大関が相撲界のトップとして君臨していた。横綱は単なる大相撲の象徴で、人を集めるために土俵入りだけをしていたとの記録もある。しかし、現代では横綱は絶対に負けてはいけない強さの象徴として、日々土俵を沸かせる役割がある。その役割を果たせる力士だけが締めることを許されるのが真っ白い綱なのだ。相撲史に残る横綱はわずか68人。いかに淘汰されているかが分かる。

　現役で相撲を取っている力士の中で、大関経験者は出島、雅山を含め、千代大海、魁皇、栃東、朝青龍、そして琴欧州の総勢７人。その中で綱を締めることができたのはわずか１人である。綱取りのチャンスは再三めぐっては消え、気が付くと大関止まりという力士がいかに多いのか痛感する。関脇から大関の壁も高いが、実は大関から横綱への壁の方が険しいのである。栃東はその壁の高さを実感しているのだろう。

　となると、ファンの目は自然と大関を横綱へのステップにしてくれる力士に注がれてしまう。今、最も熱視線を浴びているのが白鵬。もう関脇の地位という名の殻を破りつつある。下半身の張り具合は大鵬のそれと通じる風格さえ漂い、先場所栃東に負けて以来、不戦勝を含めて16連勝中。その中には、朝青龍、琴欧州、千代大海といった番付上位者から得た白星もある。「関脇までなら努力すれば上がれる。大関に上がれるかは才能の問題だ」とよく言われるが、白鵬はその先まで見据えた努力と才能を持ち合わせている力士に成長しつつある。今日の琴欧州戦でも、不利な体勢から自分の相撲を取り切る成長の証を披露した。
　
　若の里はようやく相撲に欲が出てきたのか、幕内上位を目指し虎視眈々と大勝ちを狙う。魁皇と千代大海のカド番対決は、千代大海に軍配。十両の把瑠都、ようやく相撲らしい流れが出てきて未だ土付かず。

　古くから相撲界では、血は不浄なものとみなされている。土俵に血痕が滴り落ちた場合は、呼び出しがその上に清めの塩を盛り、血を吸わせた上でホウキで土俵の砂と共に掃き取る。土俵上で出血した場合は行司が“流血待った”をして、傷の手当てをさせるために一旦勝負を止める。（一昨年の初場所で朝青龍と栃東の激しい一番が記憶に新しいところだろう。）出血が止まったところで勝負を再開するが、あまりにもダメージが大きすぎると判断されると、勝負は預かりとなる。これがいわゆる「痛み分け」である。

　今場所の相撲は、以前にも増して痛々しい流血が見られる取り組みが目立つ。魁皇、安馬、岩木山ら流血経験者。魁皇の鼻の傷は癒えたようだが、安馬と岩木山は、ずいぶん前にできた額の傷口が開いてしまい、ほぼ毎日出血してしまっている。流血はプロレスやボクシングの専売特許だと思っていたら、相撲でも連日の流血が見られ、痛々しさに目をそむけてしまう観客もいるのではないだろうか。額に傷ができるということは、きわどい勝負で投げを打たれても決して手をつかず頭から落ちていることを意味している。いわば、勝負魂に長けた力士の勲章である。しかし、その手当てを十分にせず、毎日神聖な土俵で古傷を開かせるようでは観客もハラハラしてしまい相撲内容に集中できないし、何よりも相手の力士の体が返り血で汚れる恐れがある。傷口に絆創膏を貼るなどのしかるべき処置をして土俵に上がるのも、礼儀作法の１つではないだろうか。

　昨日と今日の魁皇の相撲は目の覚めるような前に出る圧力が発揮されている。何よりも立ち合いに待ったをせず、気迫で立っているのが功を奏しているのだろう。始めからこの気合でのぞめば、引退の噂も立たなかっただろうが。

　白鵬はバネのように下半身を使っての磐石の相撲で嬉しいストレート勝ち越し。横綱は力相撲で勝ち越したが、やや勝負にこだわり過ぎて自分の相撲をつかめないままでいるように見受ける。若の里も徐々に調子を上げてきているだけに、後半戦の優勝争いが楽しみになってきた。十両の闘牙にようやく初日。

　現在、番付の上では大関は4人いるが、皆それぞれに課題を抱えて土俵に上がっている。言うまでもなく、栃東は綱取りという前向きな課題。それに対して魁皇と千代大海はまたしてもカド番という後が無いという切羽詰った課題。そして大関昇進2場所目にして早くも故障を抱えながらの土俵となっている琴欧州も勝ち越しを目指すという低いラインの課題に取り組んでいる。

　四者四様の課題を抱えながら、やはり今日が大きな正念場となったのは栃東と魁皇であろう。北の海理事長を始め、審判部も13勝が横綱昇進の目安であるという基準を常に示しているため、今日の痛い1敗で栃東は事実上の綱とり黄色信号が鮮やかに点灯したことになる。開き直って取ったカド番の先場所に比べ、栃東の相撲内容は日を追うごとに守りの姿勢になってしまっているようだ。先場所、黒星を喫している雅山が相手だっただけに、もっと積極的に勝負を仕掛けていくべきではなかったか。
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　文字通り相撲人生崖っぷちの魁皇は、ぶちかましの威力が強い岩木山を相手に、捨て身の投げを打ち、首の皮一枚で白星をもぎ取った。負け越したら即引退を決意しているため、勝ち名乗りを受けた時の「九死に一生」とも言える安堵の表情が、魁皇の心情を映し出す。相撲にこれほどまで未練があったのかと驚きながら、自分自身と対峙しているのだろう。これをあと8番取り続けることができるのか、日本中の魁皇ファンは見守っていることだろう。

　悲壮感漂う大関陣を尻目に、白鵬の相撲には感嘆させられる。正直、4人の大関よりもはるかに大関らしい強い相撲――すぐに横綱にまで上り詰めるであろう可能性を秘めて――で、7日目まで涼しい顔で土つかず。横綱戦が今から楽しみでならない。

　豊ノ島、豪風、安馬、安美錦らといった小兵力士が、見せ場のある相撲を取ると土俵がより盛り上がる。十両の闘牙の不振(0-7)がやや気がかりだ。

　魁皇はどこか体を痛めているのだろうか。ここ数日の相撲は、明らかに幕内下位の力士のそれである。腰が引けて、頭が高く、足がもつれて相手の動きについて行かれない。腰が引けた体勢で土俵中を逃げ回ったり、土俵に這うようなふがない負け方をする大関の姿は、ファンならずとも見るに忍びない。

　魁皇のここ1年の成績を見ると、昨年の3月場所と7月場所で10-5と2桁勝ちしたことはあれど、5月場所は5-1で途中休場（カド番）、9月場所は0-4で同じく途中休場（カド番）、そして記憶に新しい今年の1月場所でも3-6で9回目のカド番大関となってしまった。１年、90番でわずか38勝、勝率にして4割2分。これが果たして横綱に準じる大関の成績と言えるのだろうか。平幕長寿力士ならいざ知らず、やはり大関にまで上り詰めた力士がこのような成績でファンの期待を裏切り続けるのは、やや残念である。今場所、これ以上勝つ自信がないのなら、潔く進退を考えた方が良いのかもしれない。

　米国系の大型力士達が活躍した時代から相撲を取っている魁皇は、今となっては数少ない旧型の力士である。体の大きさや力の強さにモノを言わせる相撲で確実に勝てた時代は遠いものとなり、今は動きの速さや技のキレ、気迫のある相撲が白星を保証する時代に移行してしまった。魁皇のようなタイプの力士にとっては、たいそう取りにくい時代であろうことは容易に想像できる。おそらく今場所中であろうが、一体誰が魁皇に引導を渡すのか見守りたい。

　白鵬は、動きの速い安馬に合わせるように激しい突っ張り合いを演じたが、どんなに動いても腰の位置・高さが全く変わらない。精神面の落ち着きも手伝って、磐石の相撲を今日も見せた。

　十両の豊真将が大胆かつ丁寧な相撲の取り口で6戦全勝。体の柔らかさが加われば、更に上を目指せる相撲が取れるものと期待している。

　先場所、三賞を受賞した力士は誰だったか覚えているだろうか。殊勲賞は白鵬であるが、では敢闘賞と技能賞は？そう聞かれても、とっさに力士の名前が出て来ない。「該当者なしだったのでは？」と思うかもしれないが、敢闘賞は北勝力、そして技能賞は時津海であった。なぜ記憶の彼方に2人の名前が消えて行ってしまったのかは明らか――今場所の相撲に賞が全くつながっていないからなのだ。

　5日目を終わって、先場所敢闘賞の北勝力は5戦全敗。いくら大関や関脇との対戦が組まれていたとは言え、先場所は上位の力士をバッタバッタと突き倒していたことを思えば、今場所の相撲は全くもって物足りない。北勝力は「全ての取り組みに勝つつもりで土俵に上がっている」と口にしているらしいが、場所による星の浮き沈みの大きさを何とかしなければならないだろう。昨年の11月場所は3-12で大きく負け越し、その反動で初場所は12-3となったが、このパターンで行けば、今場所は2桁負けを覚悟しなくてはならないかもしれない。

　そして先場所技能賞の時津海は、今日を終わって1-4の負けが込んだ星である。先場所は十両から戻ってすぐの幕内下位で相撲を取っていたから12勝もの星が上がったとも言えるだろうが、マワシを取っての“技能”らしい技能がほとんど土俵で発揮されていないのが気がかりだ。中盤戦はここから巻き返し、先場所光っていた相撲を再び見せてほしい。

　安馬は、足元がおぼつかない琴欧州相手に足取りの思い切った技を仕掛けた。場所前好調が伝えられた普天王が本来の相撲を取れないのが気がかりだ。

　先場所のブログ記事で「力はあるのに観衆の心をつかめない白鵬」と書いた。しかし、今場所の白鵬はそれを撤回して余りある相撲を取り、がっちり大阪の相撲ファンの心をつかんでいる。

　がっちりつかむ、と言えば、今場所の白鵬は得意の左下手を立ち合いから一気に取り、そのまま自分の流れで勝負を決めることができるようになっている。ひと回り大きくなった下半身は、大鵬の全盛期をも思わせる肉の付き方だ。立ち合いで低く踏み込み、そのままにゅっと左手を下から伸ばし、相手の前褌を取る上手には、円熟味さえ漂う。（あまりの低さに、和式便所にかがんだ状態で、少々離れた場所にある便所紙を巧みにつかみに行くかのようである。）対戦相手は、土俵から手が生えてくるかのような感覚があるのかもしれない。白鵬の安定感や充実ぶりから見て、今場所はかなり大関に近づいているように思われる。

　栃東も、白鵬同様、左下からの上手を器用に取りに行き、玉乃島を料理した。低い位置から攻める力士は、相手の利き手を封じるためにまず左前褌を抑え、そして自分は利き手の右から攻める型があると勝機が見出せる。安美錦も、右からではあるが、食らい付いたら絶対に上手を離さず、しつこく出し投げを繰り出す相撲が冴える。

　今場所、記録や連勝のプレッシャーから解き放たれている朝青龍が岩木山相手に縦横無尽の相撲を取り、調子を上げてきた。ただ、格下の力士を土俵下に吹っ飛ばした後、横綱ともあろう者が手も差し伸べずに勝ち名乗りを受けるのはいかがなものか。流血の熱戦を制した安馬の礼儀正しさを見習ってほしいものだ。

　昨日の記事で指摘した潮丸のマワシは、今日は濃い紫色に代えて来た。

大相撲観戦をしている子供や外国人達は、土俵上の二者の取り組みをマワシの色で応援していることが多い。「青いマワシの方が勝つよ」「いや、緑の方が強いよ」などと、四股名や出身地よりも、まずはマワシの色で自分の気に入った力士を見つけ出す。

　ところが、最近の幕内上位の力士達の色は黒・紺・深緑といった、よく言えば落ち着いた、悪く言えばつまらない色のマワシばかりを締めている。ちなみに、関取に最も支持される黒マワシは、横綱を筆頭に、栃東、琴光喜、北勝力、黒海、安美錦、時津海、垣添、旭天鵬、豊ノ島、北桜ら。千代大会は濃紺、琴欧州は黒っぽい緑色。初日の協会ご挨拶のために土俵に上がった役力士を見て、白黒テレビを見ているかのような錯覚を覚えた。そもそも、力士のマワシの色がカラフルになったのは、昭和40年代のカラーテレビの普及が大きく影響しているそうだ。平成ひとケタの時代には、黄緑、桃色、橙色、赤、青、黄色、と土俵上は目にも鮮やかであった。

　昨年の大阪場所では、朝青龍が金マワシで登場して話題を呼んだが、横綱曰く「薄い色のマワシは汚れ易くて、伸びやすい」ということで、たった１場所の幻の金マワシとなってしまった。確かに薄い色のマワシは伸びやすいようだ。今日の取り組みでも、潮丸の藤色のマワシは、北桜に強く引き付けられ、ひどく伸びてしまった。見ている方は相撲内容よりも潮丸のマワシのはだけ具合にハラハラさせられたに違いない。安馬の銀ねず色のマワシも比較的伸びやすいようだし、同じ色の大先輩・武双山は“ゆるフン”の常連だった。
　マワシの色で勝負が決まることなどありえないし、暗い色の方が見た目も締めた感じも強く引き締まった感じがするのだろう。しかし、相撲はスポーツであると同時に、お客さんの目をも楽しませるものである。歌舞伎役者が皆、黒い衣装で登場したのではやはりつまらない。上位力士には、トレードマークとなるような色のマワシを締めて、個性を発揮してもらっても良いのではないだろうか。

　栃東は本来の相撲が戻って２勝目。魁皇は一傷息災で２連勝。白鵬は横綱相撲で露鵬を一蹴。朝赤龍は前さばきが上達したように思われる。今場所、ノーマークの横綱が場所を有利に展開させるか。

　ひと昔前の重量級の力士ばかりの時代には、とうてい考えられなかったことだろう。最近の大相撲は、より上位の取り組みになればなるほど、低さが鍵になる相撲が目立っているのだ。上背の高さはあまり関係ない。どんなに長身であっても、勝てる力士は必ずまわしの位置が常に一段低く、腰がよく割れている。ヨーロッパ出身の力士の体格は皆腰高であるが、レスリング経験者が多いため、背を丸めて低い位置で相撲を取ることができる。時天空や白鵬といったモンゴル出身の長身力士であっても、常に低い位置でも相撲が取れる。胸を合わせる四ツ相撲を取るには、やや厳しい時代の到来だ。

　そんな低さ隆盛の時代にあって、今日の栃東は、安美錦に低さで負けたように思われる。本人としては十分に低い攻めを試みたようだったが、右下手をがっちりつかんで再三の出し投げに来る安美錦に精神的に根負けしてしまい、最後は上体が起きてしまったのが最たる敗因だろう。星勘定をするのはもうやめて、もっと攻める力のある速い相撲を見せてほしい。

　それに対し、先場所負けている安馬を相手にした朝青龍の相撲は見事だった。安馬も低さと身のこなしの良さには定評があるが、横綱はその低さが発揮できないように常に安馬の上体が浮き上がるように攻め続けた。低さプラス即効力。これが幕内上位で勝ち続けるポイントの１つになるのだろう。

　稀勢の里は、目の覚めるような立ち合いで垣添のお株を奪う速攻相撲。対照的に、兄弟子の若の里は下位では下位レベルの相撲しか取れていない。ケガをしないか心配だ。豪風と豊ノ島の171cm対決は、立ち合い珍しく突っ張りを見せた豪風に軍配。

　楽しみな春場所が始まった。今場所の注目は何と言っても先場所優勝した大関・栃東が連続優勝（あるいは13勝以上のハイレベルな準優勝）となれば、久々に日本出身の力士が綱を締めることができるのかどうかである。体も以前より丸みを帯び、以前は臼のように四角張った体が、先場所あたりから雪だるまのような形になってきた。トレーニング方法を変えて柔らかくて重い“力士としての体作り”を目指しているというが、その成果が目に見えて上がってきているのだろう。土俵上の表情もいたって平静で、迷いがないように見受けられる。
　また、白鵬も大関取りがかかる今場所、どんな相撲を取るのか注目である。今日は問題なく北勝力のはたきをかいくぐり、あっと言う間に両回しを取って寄り切った。昇進にブレーキをかけてきた足首のケガも癒えて、精神面でのブレや欲が出なければ、今場所も２ケタ勝つことができると思われる。
　栃東も白鵬も、横綱戦前に星を取りこぼすことがないように土俵を引き締め、盛り上げてほしい。

　それにしても、今日が初日だと言うのに、体に白いものを目立たせる力士が多いことには驚かされた。大関２場所目の琴欧州の右ヒザのケガは言うに及ばず、同じく玉春日や栃栄、安美錦らもヒザに分厚いサポーターを巻き、安馬は右わき腹全体に痛々しいテーピングをしていて目を覆いたくなる。果たしてこのような状態で15日間、プロとして相撲が取れるのだろうか。

　初日早々のカド番・魁皇の鼻のケガ、そして強引な投げが災いした春日王の左胸の筋肉の負傷具合が気がかりだ。