8日の土曜日、神田での会合の前に、神保町の本屋さんで時間調整をしておりましたら、歌人馬場あき子の「はるかな父へ」という小さな本に惹かれた。サブタイトルが「うたの歳時記」とあり、帯には「ありがとうなんていえない」と赤く書かれていた。季節の移ろいにある程度の関心を持ち、子供(娘達)からありがとうと言ってもらえたりしたら大喜びをするに違いないLeafmanにとって、いずれの言葉も引力十分であった。
会合の帰り、電車の中で読み始めたが、思いもかけず、「笛の音」という項で、草笛への言及があり、驚き、かつ、喜んだ次第です。ちょっと長くなりますが、引用させていただきます。
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太陽が4時を少しまわるころ、森や原っぱの狩はおわりとなる。そんな時、子供の丈と等しい勢いで茂る草の道を行きながら、年かさの男の子がついと傍らの萱草(かやくさ)を抜いて唇に当てると思いがけぬ高音が鳴りひびいたりした。それはまるで手品をみるように面白く思われた。
やってみたくて真似をしても草笛が鳴ったことはない。そんな女の子を笑うように、男の子はまた、垣沿いの椿の葉や柿の葉、時には椎の葉までもちぎっては唇に当てて鳴らしてみせた。夏の夕ぐれの草いきれの香と少年の草笛のことを思うと、子供のころ男の子に抱いたやさしさやたのもしさの感情が甦(よみがえ)る。
現代の若い歌人はもう草笛をうたわない。草笛を吹く自然がなくなってしまったのだ。いま思うと、あの男の子の草笛は、やはり女の子へのアピールのためにあったように思われる。夕暮れの草笛は、どこか物がなしいひびきをもっていて、見知らぬ心にふれるようなおののきを秘めていた。
さにつらう風の少女を紫雲田(れんげだ)に置きてさびしき父の草笛 武下奈々子
まだ幼さの残る少女に草笛を吹いてみせる父の、中年の入口にある年齢を思うと、この草笛も物がなしい。少女は一生その草笛を幻聴に残すだろう。
草笛が物がなしいのはたぶん人間の息が草の葉や茎にふれて音色となり、ときに言葉より強い訴えをもつからだろう。「身のぬくみ移せば甦る音(ね)のありて堪えがたきとき笛は手慣らす」とうたったことがある。そのころ私は笛を習っていた。能管(のうかん)と呼ばれる能の笛である。草笛をなんとか鳴らそうとした少女の日から、笛の音の生まれる魅力にとりつかれていたのだ。
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さにつらう・・・少女にかかる枕詞。丹の色の意。
「はるかな父へ」馬場あき子・1999年・小学館PP65−67

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