Tさんからいただいた詩集の中のTさんご自身の詩をご紹介します。
様似町
山が急に海にせまるその小さな隙間に
ひっそりと海辺に線を引く町並は
冷夏の降りつづく雨にけぶっていた
日高郡、様似町は
日高の山裾が太平洋の青さに沈む町だった
街の中に入ると
活気が横切ったのは
アポイの火祭りが近づいていた故だろうか
日高山脈襟裳国定公園の中にある
この町は
黒い小石を一面敷きつめた浜辺に
漣のように昆布を干していた
標高800米のアポイの山頂には
高山植物が咲き乱れ
秋には定置網で鮭漁をする
人口8千人の星の美しい町だった
まだ賑やかさのとどかないこの季節の様似には
はるかな過ぎた日の記憶がにじんでいた
この町にたしかに父母は住んでいた
私も生まれた
そして秋も深い十月に
この町の片隅で若い母は亡くなった
粟粒のようにみじかい生涯だった
海も空も岩も渚も
その頃とおなじだと信じた
海の匂いが窓を開けなくとも
入り込んでくる小さな宿に
日暮れがきていた
親子岩が波とたわむれている
母の顔もぬくもりも知らないけれど
しっとりと雨にぬれていた様似町の
乳色の匂いを感じていた
母がいつまでも若く美しいのは
この風景の中の
波の彼方に沈んでしまったからだろうか

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