(「外国語の研究」その16)
(「博言学と地名」その3)
砂漠をアラビア語に読んで Sahara があり、
千島をマレー語に読んで Maldive がある。
川中島をギリシャ語に読んで Mesopotamia があり、米国土人の語に読んで Nashua がある。
日本に山城国があれば、スコットランドに Dumfries (ゲーリック語)があり、その Glasgow は、日本の黒谷と訳すべきものであるという。
日本の三河に対して、欧州に Trois Rivieres (三川)、米国に Three Rivers (同)がある。イギリスとスコットランドとを分つ Tweed (境)川があれば、摂津と播磨とを分つ境川がある。
Formosa フォルモサ(台湾)は、
美を意味して、イタリアの Piacenza ロシアの Balaklava と同意義であるという。
英国の Oxford を牛津と訳すことができるなら、ヨーロッパとアジアとを分ける海峡 Bosphorus もまた、同一の訳語を付すことができるものである。
種子島がアイヌ語の「タンネ」島で、
長島という意であるとすれば、これに対比するのに、米国に Long Island がある。
種子島の西方に屋久島がある。これが同じくアイヌ語で
鹿島という意であるなら、英国に Derham (鹿村) Derby(鹿町) Deerhurst (鹿森) 等があって、英人もまた、英国の名前に関して、大いにアイヌ人に負うところがあるかと怪しまれる。
地理的固有名詞、特に都市の名に宗教的名称が多い。世界の最も古い城市の一つは、ユーフラテス河辺のバビロンである。
Babylon は、Bab-ilu と綴るべきものであり、スメラニヤ語の KA DINGIRRA KI をアッシリヤ語に意訳したもので、
神の門という意味であるという。今から六千年前において、既に西方アジアの宗教的中心であった。
その北方アッシリヤの地において、壮大を極めたニネベ(Nineveh)の市は、ニナス(Ninus)の神を戴いたのでそのような名を付けられたのである。
ギリシャのアテネは、女神アセネの名によって建てられたものである。エジプト古代の城市でラメセス(Rameses)とか、タパイス(Ta-pais)(=Thebes)など、宗教的でないものは稀である。
しかし、近代に至って、最も多く宗教的名称を用いた者は、スペイン人であると思う。彼らが西半球に植民地を開いてから、国として、州として、島として、岬として、港として、都府として、その名称においてスペイン人種の宗教心を表さないものは少ない。
コロンブスが初めて大洋の西に陸地を見ると、これに San Salvador (聖救主)という名を奉って、彼の難航路が無事であったことを感謝した。
ニカラグァ国の東北端に「神に感謝」岬(Capo Gracios a Dios)がある。その南に尽きる所は、聖ヨハネ港(San Juan)である。コスタリカ国の首府を聖ヨセフ(San Jose)といい、聖救主国(San Salvador)があって、その首府に聖救主市がある。
メキシコ最大の港湾は、 Vera Cruz であり、
真の十字架という意味である。日本の対岸にあるサンフランシシコ港は聖フランシスコ港であって、これに接して聖ヨセフ市(San Jose)がある。
サンパウロ(San Pablo) は聖パウロであり、サクラメント(Sacramento)河は聖餐河である。もし西インド諸島に行けば、あたかも寺院国に行ったような感じがする。
キューバの南端には十字架岬(Capo de Curz)があり、その西端を聖アントニオ岬という。
ハイチ島には聖マリア岬があり、キリスト山(Monte Christi)があり、日曜島(Dominica)があり、聖母群島があり、キリスト教市(Christianstaed)があり、聖ルカ島があり、三位一体島(Trinidad)がある。また南米諸邦にこの種の地名が多い。
スペインの守護神とも称すべきものは、実に聖ヤコブである。伝説によれば、聖ヤコブはパレスティナの地において虐殺されて後、彼の遺骸は不思議にもスペイン国西北の地に移され、そこに彼の遺骸は葬られて、
その上に大寺院が建てられてから、彼はスペイン人の守護の聖者として尊崇され、スペイン人がカンポステラの聖ヤコブ(Sant Jago de Campostella)を仰ぐこと、あたかも日本における善光寺の如来、成田の不動尊が、民衆の特別な崇敬を惹いているのと同様である。
ゆえにスペイン人は、至る所にこの聖者を祭り、聖ヤコブ(Santiago=Sant Jago 英語の Saint Jacob または Saint Jamesである)の名を留めたのである。
その著名なものを挙げれば、キューバ島のサンチャゴは、米西戦争の際その付近における海陸の激戦で有名である。チリのサンチャゴは、その首府であり、南米第一の都市であると称せられる。
その他、サンチャゴ州があり、サンチャゴ島があり、スペイン人の愛国心と宗教心とが、この名に込められている。
このように、地名には歴史がある。詩歌がある。宗教がある。愛国心がある。地名は丁重に攻究すべきものであり、みだりに変更すべきものではない。
洛北の厳獄比良をアイヌ語のピラ(山)と読めば、これを望んで幾多の感慨が私たちの心中に湧き起こらざるをえないであろう。
憐れむべきアイヌ人種、今は大和(シャモ)人種によって追われ、苦しめられて、わずかに北辺に人種的余命を保っているが、一時は琵琶湖の八景は彼らのものであり、堅田に猟を行い、勢田に漁をし、はるかに北嶺が白冠を戴くのを望んで、彼らは悲痛を慰めたのであろう。
いや、さらに南方に進んで、肥後鹿児島の地を領土とし、南海の三島を命名するのに、その長方形なるものをタンネ(種子島)と称し、その鹿林が茂るものをヤツク(屋久島)と呼び、その火山質で硫黄を産したものをユーラップ(永良部)と名づけた頃は、実に彼らの最盛の時代であったのであろう。
その時は未だ、肥後人はこの楽土に侵入しておらず、阿蘇は火煙を噴出していたが、巧言を吐く者はおらず、薩摩には誠実な民が住んでいて、虚偽の新華族はその浄土を汚していなかった。
地名をその原語に読んで、私たちは太古老白の時代にさかのぼり、今を憤ると共に、私たちの悲憤を過去の清閑に癒すことができるであろう。
ところが、政治家という者がいる。卑俗でまた無学である。彼らは自国の地理に暗い。まして世界地理についてはなおさらである。
文を尊ばずに銭を尊び、神を拝せずに魔に仕え、詩歌の美を知らず、愛国心が何物であるかを解しない。
ゆえに彼らが、地名を見ても、その意を解しないことは、あたかも野蛮人が聖賢の書を開いた時のようである。
新地名を作ろうとするに当たって、ラテン民族が、彼らの新設の城市を Romae (ローマ、強健を意味する)と命名して、彼らの遠大な志望を後世に伝えたとか、またはユダヤ人が彼らの首都をエルサレム(平和のある所)と号して、黄金時代の到来を予期したというような、
勇壮でまたサブライムな思念が、政治家というこれら凡骨の頭脳に湧いてきたことはなく、豊島郡と多摩郡とを合して、豊多摩という新名を作り、
標葉(しねは)、楢葉(ならは)の二郡を合したものに、双葉という平凡な新称を与え、森山、徳江、粟野の三村を合併して
森江野という奇名ができ、三村各々はその旧名が消滅することを惜しんで、それが保存されることを争うと、睦合村という弥縫(びほう)的名称を付して、その不満を宥める。
これら政治家という者が、過去を軽んじて国史を毀損することは、実にこのようである。彼らは実に、この美国(うましくに)を委ねるに足る人ではない。
私たちは彼らにならうことなく、広く言語の学に精通するように努め、地名に古人の希望を読み、万国の民を解し、敬虔で該博な思想を養成すべきである。
参考書:
ウェブスター氏大字典、マイケルジョン氏比較地理、セイス氏アッシリヤ学、バッジ氏バビロン史、ローリンソン氏太古七帝国史、ヘール氏スペイン史、ラゴージン氏インド史、チェンバーレン氏アイヌ語と地名等。
(以下次回に続く)
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