全集第21巻P365〜
(「聴講録(二)」No.2)
3.教会と聖書 朝鮮人に聖書研究を勧める言葉
(5月30日夜、東京朝鮮基督教青年会における講演大要)
諸君が今歌われた讃美歌も、読まれた聖書の語も、私には少しも解らないが、しかしながら、その精神はよく解る。それは、同じくキリストを信じ、生命の根源を同じくするからである。
先頃米国の一新聞記者で、日米政治関係を調査するために日本に来て、朝野の名士を歴訪するという人が来て、私にもまた日米平和持続の方法についての意見を聞きたいとのことであった。
元来そのような関係の人は、私には用事がないはずであり、また私に問う必要もないのである。
彼が先に訪れた大隈伯やその他の政治家においては、種々の意見もあろうが、私には三十余年来、私が研究に従事している聖書を提供する他には道は無いと答えた。
日米両国共に軍人なる者がいる。彼等の目的とするところは戦争であって、あたかも私達が平和について考え、また聖書について究めているように、彼等は常に戦争について議しつつあるので、職業柄戦争を主張するのは当然の事であり、両国に軍人がいる間は、必ず開戦論はあるのであろう。
そして
日米両国間の平和維持の唯一の道は、米人が今の浅薄なキリスト教の信仰から進んで、さらに善いキリスト者となり、日本人もまた善いキリスト者となる事である。その他の方法によっては、あるいは一時の平和は成るかも知れないが、事あれば、またたちまち破れるのである。
困難な日米問題解決の道は、両国民が善良なキリスト者となるというたった一つがあるだけである。そして問題は、単に日米人の間の事に止まらず、我国においては、同胞間に同一問題でさらに困難な問題がある。
それは日本人と朝鮮人の真の合同融和である。
今や朝鮮は、政治的には日本に併合されて、同一治下にあるが、これはただ外面だけであり、心中においては、少しも従前と異なる所はないのである。
実にこれは、大きな難問題であって、その解決法はまた、日米問題の解決と同一方法であり、日鮮人双方が、共に善いキリスト者となる事の一つがあるだけである。
この事は、総理大臣や外務大臣や総督が如何に大きな勢力を擁(よう)して為そうとしても出来る事ではなく、これが出来る者は、主キリストだけである。
ここに居る金君が、しばしば私の宅に来られ、君の不完全な半解の日本語で語られても、私はよくその心の最も深いところが解るが、これは私達二人が、同じキリストにおいて在るからである。
日本人も朝鮮人も、共にこのキリストとの深い関係に入って、真の合同は成るのである。
この道によらずには、たとえ同じ国旗の下に在って、同じ貨幣を用い、同じ郵便切手を使用し、そこにもここにも合併を祝する大宴会が盛んに催されて、酒杯が交換されても、これはただ外面の合併であるに止まって、真の合併は永久に成らないのである。
実にこの単純な福音によってキリストに至る事は、多くの難問題を解決する最良唯一の道であるのである。
およそキリスト教は、これを二つの方面から観ることが出来る。その一つは教会であって、他の一つは聖書である。
実際上キリスト教は、この二つを離しては、説くことが出来ないのであって、教会がなければ聖書はなく、聖書がなければ教会はないのである。
キリスト教の歴史を見れば、たいていこの両者は並行せずに、ある時は教会の勢力が盛んで聖書は疎んじられ、ある時は聖書が重んじられて教会が衰えるという有様で、両者共に弊害を免れない。
この間に、聖書が埋(うず)もれて教会の勢力が盛んであった時の方が長く、その時は、異教の文明が入って来て、キリスト教は教会となった時であった。中世時代の終りまでは、教会だけがキリスト教を代表していたのである。
そのような時に、キリスト教は必ず堕落するのである。ただ名だけがキリストの教会であって、その実はギリシャ教会であり、またローマ教会であったのである。これは教会だけが重んじられて、聖書が軽んじられた結果である。
16世紀半ばに至り、時代はルーテルを起して、教会は聖書によって立つべきだと主張し、その結果として全欧州を震撼させる戦争が起きたのであるが、要は聖書を取るか、教会を取るかの二つであったのである。
英国やドイツなどは聖書を選び、フランス、イタリア、ポルトガル、スペインなどは教会を選んだのであって、ここに新教と旧教の別が生じたのである。
新教中にもまた教会を重んじるものがあり、聖書を重んじるものがあって、その程度を異にした。英国の国教派即ち聖公会などは教会を重んじ、非国教派は聖書を重んじるのである。
聖書と教会、問題は極めて簡単であるが、実際は大問題であって、キリスト教のある所には、どこにでも必ずこの問題は起り、諸君もまたいつかは、これに遭遇するのである。
そしてその可否論は別として、私自身は、もちろん聖書を取るものである。教会を絶対に無用とは言わないが、聖書をよく学べば、教会は自ずから盛んになるのであって、聖書を学ぶことが衰えれば、教会は骸骨であるに過ぎないのである。
そのような意見に対しては、多くの賛成者があるが、外国から我国に派遣された宣教師の中には賛成する者は少ない。彼等には、教会なしにキリスト教が伝播され、聖書が行きわたる事などは、理解できないのである。
しかし事実は、教会はなくても、聖書によってキリスト教は伝播され、国は改められるのである。私達東洋人は、この事を理解するための特殊の便宜を有するのであり、それは感謝すべきことである。
私の家などは、元来儒教の家であって、父は儒者であり、私もまた幼い時から孔孟の書を学び、今もなお暗誦し得る章句があるのである。
こうして、孔子の会堂を建てることはしなかったが、その書を学ぶことによって、その精神はよく私達を支配し、私達は孔子の善い弟子であったのである。
今は孔子が去って、キリストがこれに代ったのである。日本における儒教の感化は偉大なものであり、これがなければ、あるいは国は既に亡びたことであろう。
日本だけでなく、支那や朝鮮は、元より儒教国であったのである。讃美歌はなく、会堂もなく、ただ経書について学ぶことによって、そのような偉大な感化力を得たのである。
ここにおいて、私達は西洋人に言う、支那の経書はこのようにして多くの人を支配し、国を支配したのに、何故に生命の書である聖書によって、主が私達を支配されるに至らないのかと。
既に書籍によって儒教に養われて来た私達が、聖書を学ぶことによって、何故に善いキリスト者と成り得ないかは、この経験を有しない欧米人には解らないのである。
真にこれは、東洋人特有の道であって、私達は聖書を学ぶことによって、善いキリスト者と成り得る確信を有(も)つ者である。支那も日本も進んでは聖書国となることが出来る。
世界の中の聖書国は、スコットランドである。同地の田舎では教師が説教をなし、もしその引用の聖句に違いがあれば、老媼(ろうおん)は聴衆の中から立って、これを正すのである。そしてかの国は、古来最も多くの偉人を出したのである。
私は及ばずながら、聖書国建設に志してからここに三十余年になり、今日においては多数の聖書信者を生じた事を知るのである。既に経書によって儒者と成り得た私達が、生命の書である聖書によって、キリスト者と成り得ないわけがない。
もしも朝鮮人が、かつて孔孟の書に接したように、聖書に接するようになるならば、朝鮮は恐るべき国となるであろう。日本もまたそのようになれれば、実に偉大な国となるであろう。
もしそうではなくて、聖書はただ教会へ行って、時々見るに止まり、いたずらに洗礼式に列し、聖餐式に与かることで良いと考え、単に社会事業家であり慈善家であるに止まるならば、あるいはキリスト者であるという名は保ち得ても、その実はないのである。
私は切に、諸君に対して聖書の研究を勧めるのである。これには広い学問を要し、深い経験を要するであろうが、また誰にでもその精神を解するのは難しくない。
実に聖書が深い事は、経書の比ではない。もちろんまた、西洋哲学のオイケンやベルグソンの比ではない。
諸君、願わくはこれを浅薄に考えることなく、深い研究を志して、自身の信仰を養うと同時に、この生命の泉によって朝鮮を救い、日本を救い、世界を救うという大志を抱いて下さい。
これに勝る大事業はない。一身の運命、家庭の運命、国家人類の運命は、悉く懸ってこの中に在るのである。
どのようにして朝鮮を救うべきか。元より種々の道はあるであろうが、これを根本から救う道は、聖書に頼る以外にはない。
世上一切万事の根本は、聖書の深い研究の上に立つべきである。
先頃宣教師某が、日本と朝鮮とにおけるキリスト教の状態を比較して記したものの中に、朝鮮のキリスト教は聖書的であって、日本のキリスト教は社会的であるとの指摘があったが、これは朝鮮のためには賀すべく、日本のためには悲しむべき事である。
日本の信者は、実によく社会を知り、政治を知り、慈善事業を知るが、しかし聖書を知らない。平信徒だけでなく、按手礼を受けた教師の中にも、驚くほど聖書に冷淡な者がいるのを見るのである。
これは実に、日本のキリスト教の弱点である。私は朝鮮のキリスト教が、聖書的であるということを聞いて、これに多大の望みを嘱するのである。諸君は、願わくは飽くまで聖書的であることを望む。
4.伝道の書第1章
6月5日、故今井樟太郎氏の第9回記念日に、芝区白金猿町にある
同家にての親睦会において
開巻第一に「
空の空、すべて空なり」と言う伝道者の言葉は、甚だしく厭世的であって、現世の富に頼り、知識に憧(あこが)れつつある今の人が聞くのを好まないところであろうが、しかし、常に耳に響く言葉である。
これは、古代においては栄華の極みに在ったソロモン王といえども、近く日本において成功の権化と歌われた故伊藤公といえども、言わざるを得ない言葉であって、誰もが一度は発する言葉であって、また最後に発する言葉である。
それでは人は結局、生れなかったことを良しとし、既に生れた者は、早く死ぬ事を良しとすべきかと言うと、そうではなくて、この世における富も地位も、事業も知識も、いずれもみな、遂に空ではあるが、
唯一つ空ならざるものがあって、人はこのために生き、このために働くのである。
そしてこの事はこの書には述べられておらず、聖書の他の所で補われている。この書が書かれた理由は、このことを示すためである。
先頃日光に、東照公の三百年祭を観、かの陽明門の前に立って、神々しい杉並木の下で神輿(みこし)の通るのを待ちつつ友人と語ったのであるが、初代徳川家においてこれを建てた時は、徳川家始め誰もが、徳川家の栄華は、永久に続き、万代に栄えることと思ったであろう。
しかし、三百年後の今日においてはどうか。幸いにして徳川家は亡びなかったが、当時の栄華は跡もなく去って、今や霊廟(れいびょう)の維持は、徳川家一門の耐え難い負担であって、
維持のために世間に広く、資を募る等、種々の方法が講じられているが、それでもなお修理は行きとどかずに、昔日の美観は大いに損なわれている。
思うに四百年祭を挙行する頃は、さらに落莫(らくばく)として、今日芝増上寺に二代将軍
(徳川秀忠) の霊廟(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%9D%E5%A2%97%E4%B8%8A%E5%AF%BA )を見るようになるのであろう。
当時、栄華の中に在っては、世事は決して空ではなくて、ひたすらにその栄華の永続を思い、先祖の墓の維持に苦しむ日が来ようとは、誰も思わなかったであろう。
徳川家がそうである。その他の一般社会においても、興る家があり、倒れる家がある。昨日は栄え、今日は衰えるという栄枯盛衰の実物を、お互いに毎日目撃するのである。
知識もまたそうである。新知識として盛んに迎えはやされるものは、直ちにまた古くなって、嘲り捨てられるのである。
ヘロデ王の神殿は、日光廟に数倍勝(まさ)る、広壮華麗なものであったろうが、キリストは「
此処に一の石も石の上にくずれずしては遺(のこ)らじ」と言われた。
実にこの世の事は、一つとして空でないものはない。実にその通りである。しかしながら、
空でないものが一つある。ヘロデ王の神殿は崩れ、徳川家の栄華は失せたが、永久に失せないものが一つある。これを忘れてはならない。
この世の事はすべて空であるが、私達はこれを捨てずに、それぞれの職務に力を致すが、しかしその事自体のためではない。他の
空でないもののためである。
この世に千種万様の事が営まれつつあって、その最も大切とされるところが、いずれも空なる事である。
学生の語るところは、いわゆる成功である。また実業家はひたすらに産をなす事だけに熱中して、他を思う暇(いとま)なく、世を挙げて、滔々(とうとう)として空の事にだけ奔走している。
しかし私達は、空の事もしているが、
空でない事を為すところがなくてはならない。私達にこれがなければ、ただ人に忘れられるだけでなく、神に忘れられる悲惨な日が、来るのである。
教師の地位に在る私がこれを言えば、私がしていることを貴いとするようで、我田引水の観があるが、これは
私の仕事ではなくて、私が選んだ仕事である。
諸君がもし、万事が消えても消えないただ一つの事に最上の興味を持たなければ、諸君各自が消えてしまうのである。
この今井家は、幾多の患難の中に在ったが、恵みの下に今日在ることが出来て、世に多少の善事をもし、空ではない事のために尽すところがあったのは、私が深く神に感謝するところである。
ソロモンが亡び、徳川家も衰え、幾多の豪家も倒れる世に在って、この家の繁栄は長く続くであろうと言う予言は、誰も出来ないが、空でない方面の事は、永久に残るのである。これが大切な事である。
もしそうではなくて、世のいわゆる成功に憧れたならば、如何に成功しても、知れたものであって、たとえ日本の富を悉く得ても、量り知れるほどである。
願わくは、この家は、消えない事のために永く存する事を祈る。この事のために尽せば、家もまた亡びる事はないのであるが、たとえ亡びても、花が果実を残して散るように、消えない事のために残すところがあれば、恨みはないのである。
諸君もまたこの事に心を留めて、ソロモンは亡び徳川家の栄華は夢と消え、明治の文明は滅び失せても、永遠に亡びないもののために尽される事を望む。
完